パリオリンピック放送制作現場から~JC民放統括編~ 時代にあったやり方で

編集広報部
パリオリンピック放送制作現場から~JC民放統括編~ 時代にあったやり方で

7月26日(日本時間では27日)から8月11日(同12日)まで開催されたパリオリンピック。日本勢は金メダル20個、銀12個、銅13個の合計45個のメダルを獲得しました。

オリンピックの放送は、民放とNHKが1984年のロサンゼルス大会から共同で放送権を獲得し、JC(ジャパン・コンソーシアム、92年バルセロナ大会まではジャパン・プール)を組織して、共同で取り組んでいます。各ベニュー(競技会場)ではホスト放送機関であるOBS(Olympic Broadcasting Services)が国際信号(映像・音声素材)を制作し、IBC(国際放送センター)に拠点を構える各国のライツホルダーへ国際信号を伝送しています。

東京大会では東京ビッグサイトに設置されたIBC。今大会はパリ近郊のル・ブルジェ・コンベンションセンターに設置されました。大会期間中にその放送制作現場を取材した模様をリポートします。今回は、JC民放統括編です。JCは、OBSが制作する国際信号に独自の映像や解説・実況の音声を付ける「JCオペレーション」業務を行います。またJCメンバーであるNHKおよび民放在京5社は、競技の取材を各局個別に行います(ユニ活動)。今大会、JCオペレーションについてはNHKおよび民放各社から人員を拠出し、解説者なども含め約250人の規模で制作活動を行いました。そのJCで制作・技術・ロジの取りまとめ役である統括を務めた、民放の担当者に話を聞きました。

冒頭写真は左から、木村太郎・制作統括(テレビ朝日)、三浦宏一・技術統括(テレビ東京)、小宮隆司・ロジ統括兼渉外補佐(フジテレビジョン)。


木村制作統括
JCとしての新たな取り組み

制作統括を担当した木村太郎氏(テレビ朝日)は、今大会が9回目のオリンピック業務。2008年の北京大会は現地からの映像素材を東京で受ける役割で、以降の大会はユニ(各局個別の活動)やJCでロジや制作を経験してきた。「世界一の大会への敬意を忘れずに、海外勢の活躍も届けるバランスが重要」と語る。

夏季大会として初めての屋外開催で、セーヌ川を使った開会式は、従来の開会式とは異なるオペレーションで対応した。そのなかでも、JCとしての特筆すべき取り組みが、日本選手団が乗るボートにJC独自のカメラを入れたこと。パリ大会の2年前から、OBSや組織委員会と交渉し、実現に至った。ボート上で撮影された映像は、OBSが新たに提供したサービスを使い、船上からIBCまで5Gでワイヤレス伝送された。木村制作統括は、「映像はNHKの生中継や民放の録画放送(今大会はテレビ朝日)で使用され、日本選手団に密着した今までにないものを届けることができた」と振り返る。

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<セーヌ川 写真右奥はグラン・パレ>

東京大会、北京大会は、新型コロナウイルスによって制限のあるなかで行われたが、今大会は久しぶりの有観客開催となった。制作面では観客の盛り上がりによって、OBSを含めてカット割りに変化があったことや、観客席からのフランス選手に対する大声援が放送で違和感なく聞こえるようにケアしていたという。

また、シャン・ド・マルス・アリーナで行われた柔道とレスリングの制作は、JCとして初めてIBCのサブ(副調整室)から行った。これまでは、ベニュー近くにキャビンを設置し、カメラや音声、スイッチングなどの機材を持ち込んで作業していたが、今回、現場の技術担当者はカメラマンのみに。木村制作統括は、「クオリティを落とすことなく映像制作をすることに挑戦し、時代にあった費用対効果の高いリモートプロダクションを新たに構築することができた」と手応えを語った。

南太平洋上のタヒチで行われたサーフィンは、時差が日本と19時間、パリと12時間と、競技会場(タヒチ)とIBC(パリ)および放送局(東京)で3つのタイムゾーンをまたぐ特殊な環境での制作となった。そのタヒチには、JCからディレクターを1人派遣。ベニューマネージャー(ライツホルダーのブッキングや要望に対する試合会場側の調整役)からの情報集約や日本人選手へのインタビュー対応などを行った。

三浦技術統括
5月から現地入りして準備を担う

三浦宏一・技術統括(テレビ東京)は、ユニで2回、JCで1回オリンピック業務を経験し、今回が4大会目。5月20日に渡仏し、翌21日からIBCで準備を行ってきた。「これまでの海外出張は長くても1カ月半程度で、今回は社会人人生で最長だ」と話す。米国でオリンピック放送を行うNBCはゴールデンウイーク明けからIBCに来ていたそうで、JCはライツホルダーの中で2番目に早い現地入りだった。

IBCのJC全体のスペースは、JCオペレーションとユニ分も含めて約2,750㎡。JC業務のためのスペースには、マスターコントロールルームと3つのサブ、主に音声MIXを実施するコムが5つ、アナウンサーが遠隔で実況音声を付与するオフチューブブース2つなどを備える。

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<マスターコントロールルーム>

JCから各局へは5つの回線で映像を送っていた。三浦技術統括は、「回線もサブもギリギリのオペレーションとなるが、これ以上増やすと費用がさらにかかるので、やりくりはとても大変だ」と日頃の苦労を語った。回線が限られることで、リアルタイムで日本へ伝送できない競技がどうしても出てしまうため、そのような競技は収録しておき、回線が空いた時間に送っていた。

OBSからIBC内で分配されていた国際信号については、基本となる50回線に加えて、マルチクリップフィード(基本回線とは別アングル映像など)を含む10回線を選択して受信するシステムを構築した。OBSの国際信号は4K制作で、JCもすべて4Kで制作し、東京に伝送。BS4Kはそれを放送した。一方、地上波放送は2Kのため、東京でダウンコンバートして使用していた。

技術の流れとして耳にする「IP化」は、オリンピック放送の制作現場でも。今回JCでは新しい試みとして上述の10回線については、従来のSDIではなくIPで受け取った。IPで受けた映像は実際の放送でも使用されたという。「JCは各局に映像を送る重要な立場にあるため、現状はクラウドの本格的な利用にまでは至っていない」と三浦技術統括。「国際信号受信におけるIP技術の導入は初めてのことなので最初は心配したが、うまくいっている」と話した。

小宮ロジ統括兼渉外補佐
これまでの経験を活かして

ロジ統括兼渉外補佐を務めた小宮隆司氏(フジテレビジョン)は、今回が初めてのオリンピック業務。入社から10年以上イベントを手がける部署に在籍し、シルク・ドゥ・ソレイユ(シルク)のロジを担当。団員が宿泊するホテルの手配などを交渉から行っていた。5年前からコンテンツ販売を担当する部署に異動。オリンピック業務に関わりたい強い思いがあり、ロジ統括兼渉外補佐のポジションがフジテレビの担当になることから、上層部に直談判して22年からスポーツ局を兼務してJCの仕事を行ってきた。

各ホテルとのやり取りで使用したルーミングリストはシルク時代に使っていたものをベースにして1日単位で管理。組織委員会が手配するホテルは、各局ユニも含めてJCがまとめて調整を担当したため、宿泊数も間違いがないように管理して、大会前に各局ユニに引き継いだ。請求についても1円の間違いもなく各局に行くように調整。組織委員会からの請求は、0.1ユーロのずれがあったが突き詰めて、正しい額に着地させた。

小宮ロジ統括兼渉外補佐は大会開幕の1カ月前に現地入り。「到着して早々に各ホテルを回り、担当者と直接会って打ち合わせを行い、信頼関係を築きあげた。シルクのロジ担当時代に日本でやっていたことを、今回、海外でも行った。当時の経験が活きている」と語った。

また、準備期間を含めてオリンピック業務として、フランス国内で働くことになるため、事前に専門家と相談して、海外就労で必要となる書類をJCオペレーションメンバー全員分取得する対応も行った。

今大会は、「持続可能性」が掲げられたことで、各ベニューへの移動には公共交通機関とTC(シャトルバス)を併用することが求められているが、「TCが時間通りにはまったく来ない」と思わぬ苦労も。

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<TC(IBCはル・ブルジェ航空宇宙博物館に隣接しているため背景には飛行機やロケット)>

また、そのTCをめぐっては当初、組織委員会が提供するシャルル・ド・ゴール空港エリアのホテルとIBCを結ぶ便はないとされていた。各国のライツホルダーも宿泊することが予想され、JCロジチームが粘り強く交渉を行い、最終的に直通便が出ることとなったという。

JCロジ担当の経験者でもある木村制作統括は、「資料が出てしまったら変えられない」として、「その前に情報集約をして、必要なものは要求する。今回は制作的には開会式のカメラで、ロジはIBCと空港ホテルを結ぶTCだった。水面下の作業が重要だ」と明かした。

次回大会以降の担当者に向けて3人の統括は、「人もお金も限りがあるが、JCプログラムの制作に不可欠なものが必ずある。時代にあったやり方で、どれだけギリギリを攻められるかだ。過去の実績は参考にしても、そこにとらわれ過ぎてはいけない」とアドバイスを送った。

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<サブ(副調整室)>

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<コム(主に音声MIXを行う)>

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<オフチューブブース(アナウンサーが遠隔で実況音声を付与)>

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