韓国でもOTT(Over the Top)市場が活況を呈している。KCC(放送通信委員会)が13歳以上の6,029人を対象に実施した調査によると、2020年は新型コロナウイルスによるパンデミックの影響もあって、OTTサービス利用者は全体の66.3%に上った。前年の52%から大幅増加である。また、OTTの市場規模も拡大を続けており、20年は7,800億ウォンと、2014年の1,920億ウォンから6年で約4倍となっている。
韓国の主なOTT事業者は放送事業者系・大手通信事業者系・グローバルコンテンツプロバイダーに分類できる。韓国でも最有力メディアとして地上波テレビが挙げられるが、2007年にインターネット・マルチメディア放送事業法(IPTV法)が制定されたことをきっかけに、OTT事業への参入が始まり、放送番組を中心に海外コンテンツも配信している。また大手新聞社によるケーブルテレビ事業「総合編成チャンネル」、大手通信事業者によるサービスも提供されている。16年のNetflixの進出は国内OTT事業者に大きな脅威として受け止められ、通信事業者によるケーブルテレビ事業者や衛星放送事業者の買収などM&Aによる再編の動きを招いた。19年以降は、コンテンツ事業者との連携や放送・通信の垣根を超えた合従連合の誕生など、規模拡大の動きが加速している。今後、5Gへの対応などの課題も控える中、国内OTT事業者は政府の支援策を活用しつつ、スタジオ設立によるコンテンツ投資の拡大などで引き続き競争力の強化を図っている。
グローバルコンテンツプロバイダーと国内OTTの競争が激化する中、最も人気のあるサービスはNetflixの40%、次いでwavveの21%、TVING14%となっている。Netflixは20年末時点で契約者は全世帯の20%に当たる380万件にまで増加と急成長をみせている。今年1月には、韓国ソウル近郊に位置する京畿道の坡州市と漣川郡に2つのプロダクション施設を設立する計画を公表するなど、韓国発のコンテンツ制作に一層力を入れる方針を示している。Netflixによれば、15~20年の韓国コンテンツへの投資額は7億ドルに上り、80作品以上を韓国で制作している。
一方で、このNetflixの快進撃に水を差す事態が進行中だ。Netflixの韓国法人と、大手通信会社SKテレコム(SKT)の子会社でインターネットサービスを提供するSKブロードバンド(SKB)の間で、ネットワーク使用料(以下、使用料)の支払いをめぐる法廷闘争が繰り広げられているのだ。
<韓国の主なOTT事業者>
この争いは、19年にSKBがデータトラフィックの多いNetflixにネットワーク使用料を支払うよう求めたことに起因するものだ。状況が進展しないことに業を煮やしたSKBは同年11月、通信委員会(KCC)に、Netflix韓国法人およびNetflix(以下、Netflixと総称)はSKBと交渉し、使用料を支払う必要があると主張、裁定を申し立てた。これに対してNetflix側は、20年4月、ソウル中央地方裁判所にSKBを提訴、NetflixにSKBと使用料について交渉する義務はなく、支払い義務もないことを確認するよう求めていた。
Netflixは「世界中のISPのいずれにも使用料やそれに相当するものを支払っていない」、「政府機関や裁判所がコンテンツプロバイダー(CP)に使用料の支払いを強制した前例はない。使用料には法的根拠がなく、インターネットのガバナンスの原則に反する」などとネットの中立性を盾に支払い拒否の論陣を張っている。SKB側は、Netflixは米国や日本では使用料を支払っており、韓国でも同様に支払う必要があると主張していた。*
韓国のソウル中央地方裁判所は6月25日、Netflixは「有償で提供されるサービス」を受けており、その対価を支払うことは「合理的」であるとする判決を下した。ただし、具体的な解決方法については、「サービスの対価を何らかの形で支払うのかについては、契約自由の原則に基づき、当事者間で交渉、合意することが必要」としている。韓国では20年5月、電気通信事業法が改正され、CPはユーザーに安定的なサービスを提供するための措置を講じることが義務付けられた。この改正電気通信事業法はNetflix法とも称され、CPのただ乗り批判に対応したものである。今回の判決は、裁判所がCPの使用料負担を初めて認めたものとして、国内外から注目されている。また同時に、当事者間で解決することが多く残されているという問題も浮き彫りとなった。Netflixは7月15日、地裁判決を不服として控訴した。
9月30日、今度はSKBがNetflixに対して、過去3年間の使用料の支払いを求める反訴を提起した。この反訴はNetflixの人気ドラマ『イカゲーム』がきっかけとも言われている。『イカゲーム』は、456億ウォンの賞金を懸けて、命がけのゲームに挑む人々の姿を描くサバイバルドラマで、世界83カ国で視聴回数1位を記録するなどNetflix史上最大のヒットとなっている。SKBによれば、『イカゲーム』や『D.P. ―脱走兵追跡官』などの人気ドラマの影響で、20年9月時点のNetflixのトラフィックは、18年5月比で24倍に急増。20年10―12月期にはYouTubeの25.9%に次ぐ、全トラフィックの4.8%を占めていた。
SKBはNetflixの使用料を20年だけでも272億ウォンと見積もっている。進出後3年間の未払い分は、総額700~1,000億ウォンとの推計もある。SKBによれば、NetflixとYouTubeを除き、国内外を問わずすべてのCPは使用料を支払っている。
これに対してNetflixは、同社の進出によって16,000人の雇用創出と5兆6,000ウォンの経済効果をもたらしているなど、韓国社会への貢献を強調することで批判をかわそうとしている。また、すでに契約者が個人または法人でインターネットサービスプロバイダ(ISP)に対して使用料を支払っているにも関わらず、Netflixにも支払いを求めるのは"二重請求"だと批判している。訴訟手続きは12月に開始される予定。
年内の韓国市場進出を目指しているDisney+、Apple TV、HBO Maxなど他のグローバルCPも、事態を注視している。中でもDisney+は、9月に予定していたサービス開始を11月12日に延期し、LGグループ傘下のLGユープラスを通じてユーザーに提供することとなった。LGユープラスは近く、料金や専用リモコンなどを公表するとしている。科学技術情報通信部(MSIT)によると20年末時点でIPTVの加入者は、Korea Telecom(KT)が787万人で1位、2位のSKBが554万人、LGユープラスは483万人の3位だったが、Disney+との提携により、LGユープラスは500万人を突破し、IPTV市場の勢力図を塗り替える可能性がある。
政府、議会も国内OTT事業者支援の姿勢を鮮明にしている。Netflix法に加え、20年6月には、政府がデジタルメディア・エコシステム開発計画を発表、放送局に対する所有規制などを緩和し、M&Aによる競争力強化と24年までに1兆ウォン以上の支援により海外進出を後押しすることを決めている。今年10月にはキム・サンヒ議員(共に民主党)が、海外CPに正当な使用料を支払わせるため、電気通信事業法のさらなる改正案を提出するとしており、これを受けた科学技術情報通信部のイム・ヘスク長官も、法改正に前向きな発言をしている。
今後、韓国でNetflixの視聴料金引き上げが予想されるが、当面はDisney+進出の影響を見定めてからの動きになるとみられる。ただ、成長が頭打ちになりつつあるNetflixはゲーム事業への参入を画策しており、譲れない闘いであることは間違いない。
*Netflixは2014年、Comcast、AT&T、Verizon、Time Warner Cableに使用料を支払ったとされる。金額は非公開。日本では使用料としてではなく、「オープンコネクト・アプライアンスの導入を通して大容量のデータをローカルで処理する費用」として支払われているものとみられる。
主な参考資料
・Netflix広報資料「Netflix、韓国へさらに進出: 新年に2つの新プロダクション施設を追加」(2021年1月6日)
・Korea: In dispute over network usage charges to high-traffic content providers, court rejects Netflix challenge to usage fee demands by network provider SK Broadband, finds Netflix obligated to pay consideration for network usage(Lexology 2021.6.30)
・Netflix handed loss in South Korea network usage fee court case(Fierce Video 2021.6.29)
・安昌鉉「Netflixに対抗を~韓国放送市場の再編加速」(海外調査情報Vol.24, 2020.3.)
・ネットフリックスによるネットワーク使用料の支払い義務を法制化、林恵淑長官「法整備に積極参与」=韓国(WoW! Korea 2021.10.2)
・『イカゲーム』スマッシュヒットのNetflix、ネット使用料は「出せない」...韓国で訴訟戦(中央日報日本語版2021.10.1)
・Netflix loses first court case over network usage fee(Korea Economic Daily 2021.6.25)
・ネットフリックス敗訴でディズニープラス韓国発売延期(Korea Economic Daily日本語版 2021.)
・SK Broadband insists Netflix pay up like others(Korea Joongang Daily 2020.4.29)
・ISPs claim that Netflix, which accounts for the majority of Internet traffic, should pay for network usage(Gigazine 2021.6.29)
・Korean Government Rolls up Its Sleeves to Foster Local OTT Platforms(BUSINESS KOREA 2020.6.23)
・Netflix's refusal to pay Korean operators' network fees is not only for network neutrality(min.news/ 2021.10.5)