英国におけるスポーツ放映権に関する制度と環境変化(後編)

佐野 泰裕
英国におけるスポーツ放映権に関する制度と環境変化(後編)

本稿は、BBC3の初代チャンネルエグゼクティブを務めたキャサリン・パーソンズ氏に民放連研究所が依頼して執筆していただいた論考("Live Sports Broadcasting - How UK Rights Are Negotiated")を、筆者(佐野泰裕)が翻訳し、必要な情報を補ったものです。

前編は、英国でのスポーツ放映権の権利取得・交渉に影響を与える法制度を紹介しました。後編は、この制度外となっているイベントで発生していることを、配信環境やアスリート市場、視聴者動向の変化とともに見ていきたいと思います。


放映権料の高騰により沸き起こる論争

スポーツ中継に関係が深い有料テレビやストリーミングサービスには、Sky、BT(British Telecom)、Amazon、DAZNなどがある。これらのグローバルなサービスでは、競技連盟などの各スポーツの権利者に支払う資金が潤沢に用意されている。放映権料を値上げし、多額の金銭を競技連盟が獲得することには、しばしば論争が起こっている。

この具体例はクリケットだ。近年、英国でのクリケットのテレビ放送の環境が変化している。クリケットの試合はグループA(前編参照)のリストには掲載されていない。The Ashesと呼ばれる、起源を1882年までさかのぼるイングランド対オーストラリアの国際試合もその一つである。クリケットファンにとって大変重要な位置づけの試合だ。また、郡単位で構成されるチームで争われるカウンティクリケットも、英国ではアイデンティティとも言えるスポーツだが、これもグループAに入っていない。

これらのクリケットの試合は、以前はChannel4で無料放送されていたが、その後Skyに放映権が売却された。Skyでの放映に移行して以来、視聴者数は大幅に減少している。2005年にChannel4が無料放送したThe Ashesはピーク時の視聴者数が740万人だったが、09年にThe Oval(クリケットの競技場。クリケットシーズンの最後の国際試合が伝統的にここで開かれる)で行われた国際試合はSky Sportsで独占中継され、視聴者数は192万人と言われている。

関係者はThe Ashesやクリケットの試合をグループAリストに入れるよう、政府へのロビー活動を進めているが、実現できていない。21年にはThe Ashesの放映権をBT Sportが購入したが、引き続き有料放送になっている。無料放送でクリケットの重要試合が視聴できないことに対して批判があるが、一方でイングランド・ウェールズ クリケット協会は、そうした試合が(無料放送であるため、高額な権利料を払えない事業者で構成される)グループAリストに加えられれば、クリケット選手の高額な給料を支払うことができなくなり、多くの選手を解雇せざるを得なくなると主張している。しかし、草の根レベルではクリケットへの関心が低下し、競技する子どもたちが減ったために選手のレベルが上がらないという事態になっているようだ。クリケットは「緩やかな死を迎えている」と懸念する人もいる。

F1も一つの具体例である。F1は、一つのレースを除いてライブ中継の権利をSkyに独占的に売却したが、これによって19年には英国国内で860万人の視聴者を失ったと言われている。Skyの年間契約料はそれまでの2倍となる約1億2,000万ポンドとなり、F1の経営的には大きな成果をつかんだが、多くのファンを遠ざけることにもなってしまったようだ。

消費者の嗜好の変化

前述した例は、ライブ中継の無料放送取りやめで、視聴者数の大幅な減少を招いたものであるが、ライブ中継だけがスポーツの人気を左右するわけではない。特に近年の配信環境の整備や視聴者の嗜好の変化が、状況を変えているようだ。

Netflixは、F1、ゴルフ、ラグビーのシックスネイションズに関するシリーズ番組を制作した。F1番組の『Drive To Survive』は、アメリカ人のF1への関心を高める重要な役割を果たし、5シーズンにわたって制作が続けられている。この番組は、ドキュメンタリー的なアプローチでF1に迫り、Netflixでは、ゴルフのPGAツアーを記録した『Full Swing』やラグビーのシックスネイションズに対しても同様の手法で番組作りが行われている。また、Amazonはサッカー・プレミアリーグのチームであるマンチェスター・シティなどと連携し、『All or Nothing』シリーズを配信している。これらの番組はすべて、ロンドンの制作会社Box To Boxが制作を担当している。

スポーツコンテンツへの関わり方は年齢層によってもさまざまで、若い世代は試合全体よりもハイライトを視聴することが多い傾向になっている。こうした視聴者の習慣は、今後の放映権の市場にも影響を与えると考えられている。例えば、世界中の多くの人がプレミアリーグの試合をバーで観戦したり、手元のさまざまなデバイスで視聴することを考えると、報告されているよりも多くの人が試合を見ていると予想される。Sky Go(Skyのインターネット配信サービス)などでの視聴状況は考慮されておらず、こうした視聴者の動向を反映すると、Skyが今後も権利内容を維持するためには現在の45%増しで放映権料の支払が必要になると、シティ(Citi)のアナリストなどは考えているという。ニールセンの調査によると、2018―19シーズンは、全世界で32億人がプレミアリーグを視聴している。前のシーズンに比べて6%増加しているが、これも標準的な家庭内視聴のみを集計しており、家庭外視聴やモバイルデバイスでの視聴は含まれていない。

Twitter、Amazon、Facebook、Google、DAZNなどが主要なスポーツイベントの放映権を購入したり、購入を開始したりしている。この傾向は今後も続いていくと考えられる。

AmazonやNetflixなどの比較的新しいコンテンツ提供サービスは、新規顧客を獲得し、既存顧客との関係性を強める取り組みを進めている。その中でサッカーコンテンツは重要課題に位置づけられる。国際的な放映権取引は、将来的に入札プロセスの透明性とアクセスのしやすさを低下させる可能性を持っている。その結果、グループA、Bのリストに掲載されたスポーツイベントを含めて、国内放送局が入札する力が弱まっていくことも考えられる。

選手たちがこれまで以上に高額な給料を求めることが、スポーツ放映権高騰の原動力になっている。国際レベルで活躍する日本のスポーツ選手も多いが、もし、給料を理由に海外に流出するようなことが続けば、日本のスポーツ団体も高額な放映権料収入が必要となり、グローバルな配信サービスに権利を売ることを考えざるを得なくなっていくかもしれない。

【付録】
ロンドンのAmpere Analysis社が、23年には全スポーツライツ支出の5分の1を、配信事業者が占めるとのリポートを発表した。

Ampere Analysisのリポートによると、AmazonやYouTubeが米NFL(National Football League)の試合を放映するために結んだ大規模な契約により、23年には世界のスポーツライツへの支出が85億ドル(前年比64%増)に達するとのことだ。

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<定額制OTTサービスによるスポーツ放映権への支出

実際にこのとおりになれば、配信プラットフォーマーのスポーツライツ支出のシェアは、22年の13%から、23年には21%に達することになる。

この調査では、配信プラットフォーマーが権利所有者の収益拡大に貢献している事例を紹介している。また定額制OTTサービスによるスポーツ放映権への支出は、オリジナル番組や映画への投資と比較して遅れていることも指摘している。22年には、オリジナルコンテンツへの支出の28%がNetflix、Disney+、Amazon Prime Video、Apple TV+などの配信プラットフォーマーによるものになると試算している。

配信技術が向上し、ファンが自分の好きなスポーツを配信で視聴できるようになることを希望するようになってきた。これにより、スポーツの配信モデルが軌道に乗ったことも述べられている。さらに、Ampereは有料チャンネル、広告収入で運営される民間放送局、公共放送など、これまでスポーツを放送してきた事業者の経営見通しが厳しいことも、権利者が配信プラットフォーマーに放映権をアピールする動機になっていると指摘している。

特にヨーロッパにおいては、配信プラットフォーマーがスポーツ放映権への投資を拡大しており、その先頭を走っているのがDAZNであると記している。


前編、後編と2回にわたり、英国におけるスポーツ放映権に関する制度と環境変化について見てきました。7月20日に開幕したFIFA女子ワールドカップの日本国内の放映権は、開幕直前まで交渉が難航したと伝えられています。結果的には、NHKが日本戦を含む複数の試合を放送することとなりました。「放映権料が高騰した」ことも理由のひとつと報道されています。前編記事の冒頭では男子のFIFAワールドカップについて記載しましたが、日本の放送局や日本のスポーツイベントの周りでも、こういったことが起こり始めています。

配信市場やスポーツ市場を取り巻く環境を考えると、今後も放映権料の増額傾向は続くことが予想されます。一方で、クリケットの事例のように、そのことで競技自体が衰退していくことがあれば、当事者としては悩ましいものでしょう。課題を踏まえながら、本稿で紹介された、NetflixやAmazonなどが行うスポーツの新しい魅力の見せ方の事例についても、メディアと権利者、スポーツ関係者が連携して、取り組みが進んでいくものと思われます。

(執筆:Katherine Parsons, 翻訳・監修:佐野泰裕)

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