業界地図を塗り替えるOTTサービスとコード・カッティング~「21世紀メディアはどこへ向かう?」 ③

津山 恵子
業界地図を塗り替えるOTTサービスとコード・カッティング~「21世紀メディアはどこへ向かう?」 ③

オーバー・ザ・トップ(OTT)サービス最大手、米ネットフリックス(Netflix)の勢いは、米国から世界に飛び出て、とどまるところを知らない(冒頭の画像はニューヨークのタイムズ・スクエア。かつては、テレビドラマや映画のビルボードが目立ったが、今や地下鉄駅広告まで、OTTによるドラマシリーズの広告が席巻している)。

米国ハロウィーンが賑やかに開かれた10月31日、最も人気の仮装は、Netflixの「イカ・ゲーム」でお馴染みの緑の上下ジャージだった。孤島に集められた456人が、喉から手が出るほど欲しい巨額の賞金をめぐり、死闘を繰り返す韓国ドラマ。9月17日からの配信1カ月で94カ国でトップランクドラマとなり、世界1億4,200万人が見た。同社の過去最大のヒットだ。

「唖然とする数字だ」
Netflixは、株主へのメールに驚きを隠さず書いた。

同社が10月19日発表した第3四半期決算(7―9月)によると、売上高は前年同期比16%増の74億8300万ドル(約8,605億円)、純利益は2倍弱の14億4900万ドルとなった。さらに、新規会員数は「イカ・ゲーム」人気で底上げされ、同社予想を25%上回る440万人で、世界の会員数は約2億1,400万人となった。

「イカ・ゲーム」配信開始の9月17日に589ドルだった株価は、10月19日には689ドルに上昇した。

Netflixは同時に、作品へのエンゲージメントを測る指標を現在の会員アカウント数から、総視聴時間に切り替えると発表した。視聴時間を指標とすれば、会員の「2度見」をも把握し、テレビの視聴率のように、リアルタイムで作品へのエンゲージメントを評価することができる。

株主へのレターにも以下の記載があった。

「視聴時間に基づいたエンゲージメントは、作品の完成度と視聴者の満足度の高さを示すのにより優れた指標だと思う。また、他サービスであるテレビ視聴の測定方法とも一致しており、『もう一度見る』を適正に表示することができる

として、今後は「今日のトップ10」として表示する作品も、総視聴時間に基づいて測定する。テレビ視聴率が、タイムシフトを測定するようになった経緯と似ている。

私はNetflixのオリジナル作品のヒット作は、ほとんど見てきた。以下に過去1年に視聴したものを上げる。

・ブリジャートン家(2020年12月公開。イカ・ゲームに次ぐヒット。公開から1カ月で8,500万人。19世紀初頭貴族の娘の婚活ドラマ)

・ルパン(2021年1月公開。黒人人気俳優オマール・シーによるルパンの現代版。仏ドラマ)

・愛の不時着(2019年12月公開。韓国と北朝鮮にまたがる韓国の恋愛コメディドラマ)

・クィーンズ・ギャンビット(2020年10月公開。1カ月で6,200万人が視聴。女性チェスプレーヤーがいなかった冷戦期、コンテストを勝ちまくる天才少女のドラマ)

・イカ・ゲーム

・ヴィンチェンツォ(2020年2月から、韓国での放送をNetflixが世界同時配信。イタリア系韓国人弁護士が、世界をまたぐマフィア抗争のために、手段を選ばず人を利用し、悪事に立ち向かう)

・ペーパーハウス(2017年にスペインで放送されたドラマをNetflixが2019年から製作・配信し、世界的ヒットとなった。スペイン造幣局で人質を盾に閉じこもり、刷りまくった紙幣を強盗する8人組のドラマ)

これらは、ニュースで話題になっているものを半ば仕事を兼ねて見たリストで、個人的な好みで選んだものではない。しかし、7本のうち3本が「愛の不時着」を含む韓国製だ。「イカ・ゲーム」は、Netflixが配信している190カ国のうち半分の94カ国でトップランク入りした。これは、OTT動向だけでなく、日本のエンターテインメント業界にはインパクトがある事実だろう。

英調査会社アンペア・アナリシスによると、米国のSVOD(有料OTT)視聴者は、平均で3.4サービスを契約しており、さらに他のサービスを契約する余裕もあるという。私の周囲では、Netflixのほか、アマゾン・プライム・ビデオ、Disney+(ディズニー・プラス)を契約している友人が多い。

ミレニアル、Z世代は、Netflixなどが一つの会員アカウントで数人が見られるようになっているため、数人でアカウントをシェアし、会員費を折半している。仮に、3つのOTTを一人で契約したとしても、月額の負担は30ドル程度。これを3人でシェアすれば10ドル前後となる。後述するCATVの月額と比較してもらいたい。

米統計サービスのスタティスタによると、2020年のSVODの利用者数(推計)は米国で1億4,300万人で、普及率が43・3%と人口の半分に迫る勢いだ。2025年には、それぞれ1億6400万人、48・4%になる見込みという。同様に、米SVOD業界の売上高は、20年が271億ドル(推計)で、25年に457億ドルに達すると予想される。

この普及速度は、テレビ業界やCATVなどMVPD(プロバイダー)事業者には脅威である。従来のCATVや衛星放送、光ファイバーによるテレビ配信といったMVPDにかかる支出は、有料チャンネルを契約しなくても月に200ドルはする。OTTが30ドルで済むのであれば、当然「コード・カッティング(解約)」となる。

私も2020年1月、コード・カッティングを決断した。共同通信に勤務していた時のように、自宅でもCATVでCNNなどのチャンネルをつけっぱなしにして、速報などを得ていた。それでもコード・カッティングしたのは以下の理由だ。

・CATV契約料が月200ドル近かった
・ドラマは2013年ごろからNetflixあるいはAmazon Primeで、テレビでは見なくなった
・ニュースチャンネルで見ていた速報ビデオは、リアルタイムでTwitterで見つかる。原稿を書いたり、ラジオで話すためにCATVでニュースを見ているのはコストがかかりすぎる

つまり、CATVでなければ見られない、あるいは私が見たいと思うコンテンツがなくなったことを認識したためだ。契約しているOTTは、NetflixとAmazon Primeである。

【サイズ変更済み】2021年9月米視聴時間をめぐる競争(NetFlix決算資料より).jpg

<2021年9月米視聴時間をめぐる競争(Netflix決算資料より)>

米ストリーミングメディア・ブログがまとめたところによると、2020年1~6月までに、主要ペイTV事業者が失った契約者数は、計341万人に上る。衛星放送と光ファイバー配信のAT&Tは178万人減、バイアコムは88万人減、衛星放送のディッシュが41万人減、光ファイバー配信のベライゾンが16万人減となっている。

このためMVPDを含むメディア大手は、こぞってOTT事業に参入した。

ネットワークテレビ局ABCやケーブルチャンネルを傘下にするウォルト・ディズニーがDisney+を開始、すでに1億1,600万人超の契約者を得た(2021年9月末)。同じくネットワーク局NBCの親会社でMVPD大手コムキャストは、Peacockを立ち上げ、巨額の投資をつぎ込んでいる。

米国のメディアの発展を振り返ると、ここに至り、コンテンツに急速に集約されてきた。

メディア先進国として、マスメディアであるテレビは巨大なシステムを作り上げた。さらに、米国は国土が広いので、CATVや衛星放送などコンテンツを消費者に送り届ける「土管」であるプロバイダーが発達した。あまりに発達したため、月額契約料が高騰し、私を含めて消費者にそっぽを向かれた。消費者が選んだのは、MVPDに支払わされていた再送信料とコンテンツ送信コストが必要とされないOTTサービスだ。

Netflixももともとビデオレンタル事業者だったが、OTT市場を開拓。今や、伝統的メディアがOTTを手がけ、OTTは業界地図を塗り替えている。

「コンテンツ・イズ・キング」は、メディア業界では長年言われてきた。が、送信コストが大幅に安価なインターネットは、さらにその傾向を強めた。

テレビを点けることもなく、スマホで「イカ・ゲーム」「ヴィンツェンツォ」のワンシーズンを8~9時間釘付けになって見る。こうしたOTTのビジネスモデルを見ていると、数分数秒で一定の収入を紡ぎだそうというテレビのビジネスモデルが、危ういものだと思わざるを得ない。

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