米国ローカルテレビ篇part1:放送エリアのはなし②~「データが語る放送のはなし」⑩

木村 幹夫
米国ローカルテレビ篇part1:放送エリアのはなし②~「データが語る放送のはなし」⑩

放送エリアのはなし②では、エリア内のテレビ局の構成や所有・オペレーションの構造、実態についてご紹介します。日本と似ているところもあれば、かなり様相が異なるところもあります。

放送免許と放送局所有会社の関係は?

なお、前回の最後の部分でも少し触れましたが、DMAはケーブルテレビ、衛星放送での地上波再送信でも適用されます。米国ではケーブルテレビはもちろん、衛星放送でも、ローカル局の放送は、(原則として)地上波と同じエリアに制限されます。放送事業者の同意を得ないエリア制限を無視したサービスは、過去いくつかありましたが、訴訟で負けて現在は市場からなくなっています。以下ご紹介するエリアごとの地上波テレビ局の構成は、直接受信、ケーブル・IPTV、衛星とも同じとお考え下さい。

あと、前置きが長くなってしまい恐縮ですが......米国ではテレビ、ラジオともそれぞれの放送局自体は、日本の放送局と違って、独立した法人格を有していません。会社ではなく、日本語で言えば"事業所"あるいは"事業部"にあたるような存在です。各局レベルの最高責任者はCEOPresidentではなくGeneral Managerであり、(法人ではないので当たり前ですが)放送局ごとの取締役も存在しません。放送ライセンス(免許)は局にひもづいたものですが、それを所有し、放送事業を運営しているのはネクスタ―やグレイといった放送局所有会社です(直営局の場合はネットワーク会社)。放送局所有会社には、地元でテレビ、ラジオ合わせて数局程度を所有する小規模な企業や非営利の組織体もあれば、ネクスタ―やグレイ、シンクレアのように、全米規模で100局以上のテレビ放送免許を所有する大規模な企業もあります。日本の放送局所有構造とは根本的に異なりますのでご注意ください。

同一エリアで20局を超えるフルパワー局とは?

さて、フルパワー局だけで1,700を超えるわけですから、エリア当たりの局数も日本に比べてかなり多いのは当然ですね。ニューヨーク、ロサンゼルス、フィラデルフィア、サンフランシスコ・サンノゼといったトップ・マーケットを例にとれば、20局を超えるフルパワー局がエリア内にひしめき合っています。とはいえ米国で"ネットワーク"と呼ばれるものは4つ、CW(もともとはパラマウントとワーナーの合弁企業。現在はテレビ局所有会社ネクスタ―が75%を所有)を入れても5つ、非営利のPBS(寄付、補助金で運営する非営利放送の全国ネットワーク)を加えて6つ程度です(PBSはエリア内に複数ある場合もあります)。残りは、スペイン語ネットワーク(TelemundoUnivisionなど)やシンジケーション系のネットワーク(MyNetworkTVMeTVionなど)等ですが、大都市圏のエリアには、複数のニュース専門局、テレショップ専門局などもあります。

しかし、チャンネル数で言えばこれだけではありません。商業局を中心に多くの局はサブチャンネルを運営しています。少なくて1つ、多い局では4つ程度ものサブチャンネルを運営し、シンジケーションやネットワークが配信する各種チャンネルやテレショップチャンネル、姉妹局(Sister stations: 同じエリア内で同じ所有会社が所有する局、あるいは同じ会社によって業務が運営されている局)をはじめとする同一エリア内他局のサイマルなどを放送しています。視聴可能な総チャンネル数はローパワー局(Class A, LPTV)の分まで含めれば、これらトップ・マーケットでは地上波だけで100を超えると思われます。もっとも、ラインナップには重なりも少なからずありますし、そもそも、実質的に同じ土俵で戦っているのは、5大ネットワークの直営・加盟局5局のそれもメインチャンネルだけといってよいようです。

日本に比べると結構複雑な局の構成

次に、前回ご紹介したランキングの真ん中の2エリアについて、少し詳しく見てみましょう。105位のLincoln & Hastings-Kearneyのフルパワー局だけのリストを図表1に示しました。

Lincoln & Hastings-Kearneyは中西部ネブラスカ州の州都リンカーンに加え、隣接するいくつもの自治体を含むかなり広大なエリアです。このDMAには7つのフルパワー局があり、うち5局が商業局です。ABCの加盟局が2局(KLKN, KHGI)ありますが、この2局は所有会社が異なりますし、免許自治体(Community of LicenseFCCからライセンスを交付された自治体。米国の地上波放送局はテレビ、ラジオとも特定の自治体を指定されて免許を受け、その自治体が含まれるエリアで放送サービスを提供します。以前はこの自治体の圏内にメイン・スタジオを置き、ローカルコンテンツをそこで制作する義務がありましたが、2017年に撤廃)も異なりますね。どうもこの2局は、この広いDMA内の東西ですみ分けているようです。PBSも同様に2局あり、うち1局は大学の運営です。大学が運営する非営利のテレビ、ラジオ局は全米の多くの地域にあります。

連載10 図表1改.jpg

<図表1. DMAランキング105位エリア(Lincoln & Hastings-Kearney)

オーナーについて見ると、全米規模の大手テレビ局所有会社であるシンクレアが所有する局が2つあります。同じく大手のグレイも(サイマルではない)フルパワー局を2つ持ってますね。FCCの所有規制(オーナーシップ・ルールズ)では、同一DMA内で、互いのサービスエリアに重なりがある場合、視聴シェア上位4位内(通常は、CBS, NBC, ABC, FOXの系列)のテレビ局を2つ以上所有することは、エリアの規模を問わず原則としてできません。シンクレアはABC系とFOX系、グレイはNBC系とCBS系ですのでどちらもそれに該当します。

ただ、このエリアの場合は、シンクレアの2局、グレイの2局とも免許自治体が異なることに加え、シンクレアの場合、ABCの加盟局はほかにもう1局あるので容認されているものと推測されます。また、グレイが所有するNBC系の局は、買収時はシンジケーション系ネットワーク加盟局だったものが、買収後にNBC加盟局に移ったようです(米国では加盟するネットワークが変わることは珍しくありません)。このように"Top-Four Prohibition"と呼ばれる、同一エリア内での上位4ネットワーク系列局間の複数局所有規制は、FCCによってケース・バイ・ケースで適用されており、例外が多いようです。

シンクレアが所有するKHGIKFXLはスタジオ(メイン、サブとも)を共有していますし、グレイが所有するKSNBKOLN/KGINもマスターやその他の設備を共有しているようです。米国では同じオーナーが持つ同一エリア内の局(Sister stations)は、多くの場合、スタジオやマスター、送信所・タワーなどの設備を共有します。

連載10 図表2改.jpg

<図表2. DMAランキング106位エリア(Evansville)

SSAとは??

次に図表2でランキング106位のEvansvilleを見ましょう。ここはインディアナ州ですが、隣接するケンタッキー州、イリノイ州の一部を含む、ここもまた広いエリアのようです。とはいえ12歳以上人口は約64万人ですから、日本で言えば最も小さい県域エリア並みです。ここには7つのフルパワー局がありますが、うち3局がPBSですから商業局は4局です。なお、またまた余談ですが、米国の放送局のコールサインの頭のアルファベットは、(原則として)ミシシッピ川より東がWで西がKです。このエリアは東側ですのでWになります。

このエリアで特にご紹介したいのは、表中のWTVW(Mission Broadcasting所有)WEHTNexstar Media Group所有)が広範囲の業務を共同で実施していることです。これは所有会社であるMission Broadcastingとネクスタ―がサービス共有協定(Shared Services Agreement : SSA)を締結しているためです。SSAは所有会社間で対象となる放送局を互いに何局か指定して締結されます。公開されているこの2社間の契約書では、マスター、送信所などの設備だけでなく、局のプロモーションやニュース制作、経理、番組の考査まで含む広範囲のSSAになっています。もちろん、該当業務のスタッフもシェアされます。このSSAでシェアされないのは、編成と営業および経営のトップ・マネジメントだけのようです。ただし、営業については別途の合意があり、協力関係にあるようです。

表向き、全米最大手のテレビ局所有会社であるネクスタ―が、(その水準は公開されていませんが)対価を取って、小規模なMission Broadcastingのオペレーション業務のほとんどを請け負ってあげているという形式なのですが、実は、FCCによる全米レベルでのテレビ局所有制限(所有するテレビ局のリーチの総合計が、全米のテレビ保有世帯の39%を超えてはならないとの規制)超過を回避して、少しでも多くの局を経営するために、ネクスタ―自身がライセンスを所有し、経営している百数十局に加えて、Mission Broadcastingがライセンスを所有する20局のうち19局(2022年時点)を事実上経営する目的でSSAを利用しているというのが実態のようです。こうしたケースでは、まず、自分が以前から所有していた局、あるいは最初からライセンスだけを売却する目的で購入した局の放送ライセンスを小規模な所有会社に売却することで所有規制をクリアし、その後、継続して所有している当該局の局舎や設備を使ってその局の放送事業を運営するために、ライセンスだけを所有する所有会社と(形式的に)協定を結ぶというやり方もあるらしいのですが、このネクスタ―とMission Broadcastingのケースではどうなのかは確認できていません。

LMAJSA??

ちなみに、SSALMA(Local Marketing Agreement)と呼ばれる同一ローカル・マーケット内放送局間の協業関係の一形態です。SSAに類似した協定としてJSA(Joint Sales Agreement)と呼ばれる、営業活動をほぼ丸ごと統合してしまうような協定もあります。JSA2010年ごろから特に問題視され始め、14年6月より、FCCによって、事実上の局の所有だとして、オーナーシップ・ルールズの適用対象とされましたが、全米放送事業者連盟(NAB)などが強硬に反対して訴訟に持ち込んだ結果、裁判所はFCCの当該決定を支持せず、その後、JSAをオーナーシップの加算対象とするルールはなくなりました。なお、SSAについては、従前から、協定の内容を文書でオンライン公開すれば可能です。

米国において、近年、テレビ局所有の集中化や異なるテレビ局所有会社間での協業や提携(LMA)が加速している背景には、経営上のコスト削減効果やFCCの所有規制回避だけでなく、全米レベルあるいはエリア内で経営・営業を統合することにより、ケーブルや衛星放送との再送信同意料(Retransmission Consent Fee)の交渉において、有利な交渉力を得られることも大きいのですが、このあたりの事情については、次回、より詳しくお話します。

全米最小エリアの商業テレビ局!

生き馬の目を抜くような米国放送ビジネスの世知辛い話題からやや離れて、最後にご紹介するのは、全米最小のDMAGlendiveです。カナダと国境を接するモンタナ州の東部に位置し、モンタナ州の中でも人口密度が低いエリアです。人口はGlendive市(人口約4,900人)の周辺を含めても1万人に満たない程度でしょうか。このエリアのフルパワー局はKXGNTV5)1局のみです。近隣マーケットのローパワー中継局も現在はないようです。メインチャンネルでCBS、サブチャンネルでNBCの番組を放送しています。所有会社Glendive Broadcasting Corp.のもと、テレビと同じコールサインのAM/FM兼営局とKDZNというカントリー・フォーマットのFM局もあります。ほかには宗教団体が運営するキリスト教のラジオ局が1局ありますが、このエリアの放送局はこれが全てのようです。KXGN2015年までは、毎日午前中に自社制作の短いローカルニュースを放送していたようですが、現在はなくなり、自社制作番組は、日曜朝7時の Let's Talk About Itという地域の話題やニュースに関する30分のトーク番組だけになったようです。

特筆すべきことに、KXGNは9局もの中継局を運営しています。これはGlendiveマーケットが余りに小規模なため、近隣の他のDMAまでカバーしようとするためです。モンタナのような中西部の人口密度が希薄な地域では、隣接する他のDMAに中継局(トランスレーター)を作るのは、珍しくないことのようです(もちろん、海賊局ではなく、FCCが認めています)。

Station-Facade-300x217.png

<KXGN局舎(同局ウェブサイトより)

意外に立派な社屋ですね(失礼!)。画像のパラボラは、(何かのモニュメントでないとすれば)ネットワークからのフィードを受けるためのものです。米国では番組供給は全て衛星を使用するようです。地元ニュースはほぼなくなったとはいえ、このように小さなエリアにまでローカル局、それも商業局が存在しているのは、ローカル局が放送の基本である米国ならではですね。

さて、米国の放送エリアのはなしは、ここまでです。次回は、今回もかなり取り上げた放送局所有会社についてお話します。日本にはない形態の企業ですので、どこまでうまく伝わるか自信がないのですが......かなりエグい話になりそうな気も......。

最新記事