未知の事態に悩み、苦労した姿"見えた"~「コロナ時代の民放報道研究」①

本間 謙介
未知の事態に悩み、苦労した姿"見えた"~「コロナ時代の民放報道研究」①

吉田戦車のマンガ「伝染るんです。」に印象的なネタがある。メインキャラクターの一人、「かわうそ君」――某新聞社の広告キャラクターなのが示唆的だ――が、「約束」に代わり「憶測」を売る、というおはなしだ。おじさんが代金を払うと、根も葉もない「憶測」を吹き込むかわうそ君。これを聞いたおじさんが「憶測で物を言うなあ!」と怒り心頭......というもの。

この「憶測で物を言うなあ!」は、今回の研究を思い立った際に、特に抱いた問題意識であり、こと、コロナ禍の民放報道に向けた他のメディアの指摘に対し「個人的に」感じていたことである。

このほど取りまとめた「コロナ時代の民放報道研究」報告書は、民放連研究所(ちなみに今年で発足60周年である)の研究の一環で、民放各局の今後の取材・報道、番組制作の参考に、さらには報道・ジャーナリズム研究の一助になればとまとめたものであるが、ここでは一人の民放の応援団員として、論文では書き切れなかった想いたっぷりに、報告書のうち「Ⅱ.民放テレビ・ラジオ実態調査」を紹介したいと思う。

報道人の「声」を残す

この2年あまりのSNSや雑誌など他のメディアから民放テレビへの批判には、"コロナ禍をあおっている"過度にウイルスを恐れるコロナ脳を生み出している"など辛辣なものが見られた。確かに感染を恐れ、親元を離れた娘に会うことをためらい、電話口でテレビの内容をそらんじるかのように感染の怖さを語る知り合いがいたのも事実である。しかし、民放各局の現場にも悩みや葛藤があったはずだ。それを知らないままテレビを批判することに「憶測で物を言うなあ!」と思ったのだ。

こうした思いを抱いたのにはわけがある。筆者は2005年4月から12年3月まで民放連・報道委員会の担当だった。その間に東日本大震災が発生。津波を目の当たりにした記者や、3.11以降、被災地を取材した人々の声を収集する作業に携わり、その苦労や葛藤、後悔の念に数多く触れたのだ。

新型コロナウイルスによって、国民・視聴者の日常生活にさまざまな制限が生じたが、報道する側もスタッフの感染を防ぐためや、緊急事態宣言等の発令によってできなかったこと、取材から番組制作における変化などがあったはずである。また、放送に対する視聴者の視線が厳しくなる中、伝えるうえでの判断やその難しさ、有識者やコメンテーターの出演・発言に関する判断・配慮等もあっただろう。さらには現場のデスクや情報番組の担当者の取材・報道活動にそれぞれ困難や苦労があったはずだが、こと民放に関してはあまり明らかにされていない。報道内容を考えるうえでも、伝える側の状況を把握することが重要だと考えた。また、コロナ禍における民放テレビ・ラジオの報道現場の実態を記録することは今後の取材・報道活動にとって大きな財産となるだろう。そして東日本大震災後の取り組みと同様、このコロナ禍においても、報道人の「声」を残すことは大切だと考えたのだ。

テレビ社へのアンケート調査から

この問題意識のもと、①テレビ社へのアンケート調査を2021年8月~9月に、②テレビ社の報道デスクへのインタビュー調査を同年10月~11月に、③ラジオ社の編成制作責任者へのインタビュー調査を同年8月~10月にそれぞれ実施した。今回はこの①について、印象的だった事例を中心に紹介したいと思う。なお①のアンケートは、民放地上テレビ127社を対象にオンライン上に作ったアンケートフォームを使って行い、報道責任者101社、報道デスク89社、情報番組担当者9091番組から回答をいただいた。調査項目は、コロナ禍における報道セクションの体制感染対策スタッフのコロナに対する知識・理解への評価取材・編集・収録の変化取材範囲・対象コロナ関連の専門家の出演――などで、各調査対象に対し同一の質問を用意し、比較できるようにした。

まずお伝えしたいのは、取材や報道を担う現場の「不安」「悩み」が想像以上に深かったこと。特に、取材への「不安」が大きかったことだ。報道デスクへのアンケート(89社が回答)で、報道番組において「コロナ患者を収容した病院内の取材」は89社中60社(67.4%)が実施する一方、59.6%が「不安があった」と回答。「クラスターの発生した病院や学校、施設の取材」も同65社(73.0%)が行っていたが、52.8%の社が「不安があった」と答えている。

こうした不安は対面取材でより顕著で、報道番組は、緊急事態宣言等が発令された期間に9割以上の社が屋外などでの対面取材を実施していたが、回答のあった89社のうち75.3%の社が「不安があった」と答え、情報番組も同様に回答のあった91番組中8割以上の番組が対面取材を実施する一方で、80.2%の番組が「不安があった」としていた。すなわち、いずれも対面取材はおよそ8割が「不安があった」としているのだ。

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<コロナ禍における対面取材>

アンケートでは、スタッフの知識・理解向上が課題になったことも浮き彫りとなった。回答は以下の表のとおり、報道責任者、報道デスク、情報番組担当者の各立場で、自身のスタッフの知識・理解を尋ねたが、いずれも不安がある/ないが相半ばしていた。

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<部員(スタッフ)のコロナの知識・理解について>

さらに、報道責任者からは今後必要になるものとして「部内のコロナに関する知識の共有」が9割近く上がっていることからも、このことが課題であるとの認識にあると考えられる。こうした中、報道デスクへのアンケートで、コロナの取材・報道内容に関する社内での議論は、「比較的自由に議論できた」社が最も多く(51.7%)、「とても自由に議論できた」(29.2%)と合わせ、8割以上が「議論できた」となったのは、明るい材料といえよう。

コロナ禍の取材や編集、番組送出および収録をめぐる「変化」を尋ねた結果も印象的だった。報道セクションにおいて、最も変化があったのは取材で、回答のあった101社のうち、67.3%の社が「変化があった」としている。その具体例として、取材相手との距離を保つ工夫に関する記述が目立っていた。なお、他の設問の回答をみても、56.4%の社が緊急事態宣言発令期間には「自社の放送エリアのみ取材」、他社との共同取材は84.2%が実施、さらに報道セクション内で起きたこととして、7割近い(68.3%)社が「現場からリスクのある取材は避けるべきだとの意見が出たことがあった」と答えており、これらからも取材に変化があったことがうかがえた。

情報番組(9091番組から回答)は、取材は90.1%、編集は65.9%、番組送出および収録は74.7%の番組が「変化があった」と答えており、いずれも報道番組よりも変化が多かった。さらに番組制作上、苦労したことは「出演者の番組出演が困難になった」が最も多かった(87.9%)のも象徴的だ。いずれも現場の困難さがあらためて明らかになったと思う。

スタッフへの言及目立つ

アンケートでは、報道責任者、報道デスク、情報番組担当者にそれぞれ、「コロナ禍の取材・報道における悩み・苦労したこと」を自由記述で答えてもらった。報道責任者と情報番組担当者からは、スタッフをめぐる記述が多く寄せられた。報道責任者の回答からはスタッフが感染しないように腐心する様子がうかがえたほか、「テレワークを報道部内で実施することに難しさを感じた」「昼食のとり方などまでルールを作ったために、社員・スタッフ間のストレスは高まっていると感じた」などその悩み、苦労は多岐にわたっていた。情報番組担当者からも「出演者やスタッフが感染した場合、その周辺も濃厚接触者に該当し自宅待機となってしまうため、少数で番組を制作するローカル局にとって人(出演者・スタッフ)の確保が一番の問題。取材時の移動も車内の密を避けるためロケ車を1台から2台することによってコスト面でも負担が大きい」など感染対策をめぐる苦労のほか、「ソーシャルディスタンスやマスクの着用ルールなど、放っておくとゆるくなっていきがちな中で、スタッフ出演者が感染防止を最優先し取材する意識作り」「スタッフの健康管理と士気の低下」といった意見もみられた。

報道デスクの回答で目立ったのは、報道内容に関する記述だ。「生活で自粛が求められる中で、コロナ以外のニュース(食べ物 観光地系の話題)をどう伝えるか。自粛に敏感な視聴者から批判を受けることある」「コロナのニュースでは客観的に多角的に伝えることを重要視しているが、どうしても不安をあおるような内容になってしまうことも多い。そのバランスをどう取るか毎回考えながらニュースを送り出している」「コロナ感染が『悪いこと』のように扱われる風潮が続いていることに対し、危機感を持っている」などの悩みが寄せられた。

アンケートによって、各社がさまざまな形で感染対策に取り組んだこと、オンラインの活用が進んだこと、報道番組を中心に地元エリアの感染状況を連日伝えていたこと、視聴者の不安解消に取り組んでいたことなど、現場の努力を明らかにできた。そのうえで、コロナ禍という未知の事態に、現場が悩み、何よりもスタッフの安全確保のために苦労した姿が"見えた"のは、何よりも今回の調査で得られた大切なことだったと思う。

(「②」につづく)

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