取材・報道の現場で何が起きていたのか、何に悩んでいたのかを知りたい――「コロナ時代の民放報道研究 Ⅱ.民放テレビ・ラジオ実態調査」のうち、テレビ社の報道デスクへのインタビュー調査は、そんな動機から思い立ったものだ。アンケートでは分からない本当の声を残したいと、なるべく言葉を端折らないよう腐心し、それゆえ大部となってしまった(と、とりまとめの稚拙さの言い訳をした次第である)。
インタビューは、前回紹介したアンケートで回答のあった民放テレビ社のうち、当該エリアの感染状況などを勘案したうえで12社を選び、オンライン上で行った。実施したのは2021年10月5日から11月26日にかけてで、感染者数が減り、緊急事態宣言も解除され、政府「新型コロナウイルス感染症対策分科会」も感染状況を評価する新しい指標を決めた時期だった。
まず、取材活動に関して悩んだこと、次に報道に関して悩んだことを尋ねた。この中では感染者数を伝え続けるのか、あるいはその他の指標に変えていくのかや、コロナ禍における政策批判と報道とのバランスの難しさ、取材ネタが減少する中でのニュース構成の実態、デマの解消に向けて行ったことなども聞いた。最後にはウィズコロナ時代の取材・報道への提言を語ってもらった。
これらをすべて紹介したいが紙幅が足りなくなりそうだ。そこで特に印象に残ったことだけを記してみたい。その他の発言はぜひ、報告書をお読みいただければと思う。
報道のあり方問う 心強い声
取材に関して印象的だったのは、感染拡大が始まった初期の段階での不安や葛藤に関する意見が多く聞かれたこと。例えば家庭の事情もあり取材を拒む記者や臆病になる記者がいたという。また、取材班が感染の媒介になることへの不安も多く語られた。中には取材班に対し、「来ないでほしい」と言われたなどの事例も。そうした中、記者の不安を共有するように心がけたといった意見があった。そして、取材時の映像が画面にどう映るか、視聴者への見え方に関する懸念が多く聞かれたことに、正直驚いた。
報道をめぐっては、地元自治体が発表する感染者数を報じることについて、感染拡大の抑止力になったとの意見や、一番の指標になり、増えれば警鐘につながったなど、伝えることの意味を強調する意見が目立ったが、伝えることのジレンマを吐露する声もあった。今後も感染者数を伝え続けるかどうかをめぐっては、感染の収束時期であったせいか、検討を始めている、あるいは迷っているとの声があった半面、「いろいろな所に波及するデータなので当面は出さざるを得ない」といった意見も根強かった。
何よりも心強かったのは、ウィズコロナ時代の取材・報道で必要なことや求められること、展望などを尋ねた際、視聴者に向けて世の中が明るく、前向きになるような報道に取り組みたい、といったポジティブなメッセージが聞けたことだ。また、「何のために放送するのか、自分自身の中で明確な理論を」「正しい情報を出し、信頼関係を作る」「本当に大事な取材は何かを見つめ直す」など、報道のあり方を問う声が多かったのも忘れ難い。こうした声を聞き、あらためてテレビに対する批判に「憶測で物を言うなあ!」と心の中でつぶやいてしまった。
スタッフや出演者を思いやる人たちで
つくられるラジオ
テレビ社と同様のことをラジオ社でも調べてみよう、と実施したのが、ラジオ社の編成制作責任者へのインタビュー調査である。最初はアンケート調査を模索した。しかし、報道セクションのない社も多いなど、テレビ社とは事情が異なるため一律にアンケートを行うことは難しいと考え、放送エリアの感染状況なども踏まえて中波・FM22社を選び出したうえでインタビューを行う形をとった。調査は2021年8月27日から10月14日の期間にオンライン上で実施。その結果、
感染対策:例えば、グループ分けは、少人数などを理由にできなかった社が多かったこと、テレワークなどは半数近くの社が何らかの形で取り入れているが、内容には濃淡があったこと。
番組制作:リモートの活用が進展したこと。スタジオ使用の工夫に関する意見が多かったこと。リモート収録において、音質面の工夫を凝らしたこと。
編成・放送:編成面では普段どおりの番組編成を心がけた旨の意見が多かったこと。
――などを聞くことができた。
このほか、新型コロナへの知識・理解向上のために行ったこと、局内やスタッフに陽性者が出た時の対応、コロナ禍における悩み、最も苦労したことなどを尋ねたが、やはりすべてをここで紹介するのは難しそうだ。そこで筆者が感銘を受けた発言を挙げてみたい。
「直接会えないことによる不具合が大きく、出演者もゲストもリモート、スタジオ内に誰もいない、構成作家もリモートとなると、スタジオ内はミキサーのみとなることも。どうしても本来生まれるであろうグルーブ感が生まれなかったりした」
「自分自身は、極力テレワークをしないようしている。部下が物理的にテレワークできるようにするにはベストと考えた。ただし、ほかの人がこうならないように、できるなら回せるようにしたい」
「コミュニケーションがとりたくても取れないのが難しい。ADが毎日がんばっているが、その疲弊に対して慰労会をやりたいができない」
――こうしたスタッフや出演者を思いやる方々でつくられているのがラジオなのだ。
パーソナリティ・出演者への対応をめぐっては「ワクチンを接種して副反応があった場合は休みを取り、理由は言わずに代わりの人間を、となっている。ただし、この曜日のこの時間にこの人の声が聞こえるということで、ある意味で時計代わりになっているので、しんどくても休む人はいないと思う」といった声も。
そして、リスナーを大切にし、ラジオの力を信じる人の声は力強い。
「コロナで気持ちが沈みがちの人がいる。そうした人に寄り添う番組や、コミュニケーションを高めることにつながる番組を作りたい。また、コロナで心身が痛めつけられている人に対する働きかけをしていきたい」
「ラジオの役割として、辛い気持ちに共感し、寄り添いたい。ただし、その情報だけではつまらないので、違う側面の明るい話題やいいことも共有し、担えるようにしたい。ウソや不正確な情報は伝えてはならないというスタンスは変えずに、人と寄り添いバカ騒ぎもできる、その両軸を持ちながら、ラジオの役割を果たしていきたい」
――短いインタビューの中で自然に出た、こうした声を大切に捉えたいと思う。
進展したことと課題
さて、ここであらためて本調査で得られたことを記しておく。
まず、コロナ禍に進展したこととして、
① オンラインの活用
② 感染対策
③ 地域に根差した報道・番組制作
④ 視聴者/リスナーを意識した取材・報道・番組制作
が挙げられる。
一方、現場の課題として、各社において、より一層のコロナに関する知識・理解の向上が必要との認識にあることがわかった。そして、テレビ、ラジオに共通して課題となっているのが、スタッフの感染対策および感染した後の対策だ。さらに、スタッフ間のコミュニケーションもコロナ禍で直接会うことができず難しくなる中、課題だと言える。このこととも関連するが、コロナ禍では、オンラインの活用が進んだ半面、直接取材、あるいは人と人が直接会って番組を作る機会が減っている実態も明らかになった。その弊害も見えており、すなわち「リアルへの回帰」をどうするか......緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発令状況や、感染対策にもよるところはあるものの、この2年余りに失われてしまったものをどう取り戻すかは、今後の課題になるだろう。
報告書では、本研究で残された課題として、「調査の継続」と「放送人の思いを外部にどう伝えるか」を掲げた。ここでは特に「放送人の思いを外部にどう伝えるか」について記したい。今回の調査を通し、この困難にあっても「前を向いてもらえるような報道をしたい」「辛い気持ちに共感し、寄り添いたい」といった、放送を通じて届けたいメッセージがあることがひしひしと伝わってきた。もしかしたら、そうした志のある人に偶然出会えたのかもしれない。でも、こうした声がひとつでも放送界の"外"にも伝われば、民放への批判や不審も変わるのではないかと思えるのだ。放送人のメッセージが視聴者・リスナーをはじめ、多くの人に伝わることを願ってやまない。
最後にどうしても伝えなければならないこと――それは、こんな面倒な調査に協力してくださった民放連会員社の皆さんへの感謝である。あらためてお礼申しあげる。調査以外にも、とりまとめに行き詰まった時などにアドバイスをくださった多くの方々がいた。皆さんの叱咤激励によってこの研究を形にすることができた。民放連研究所だからこそできた調査だと考えている。その裏には、民放連を信頼してくださる皆さんがいる。この仕事で出会った大切な人々の力になれるよう、今後も励みたいと思う。