"放送"のデータというと皆さんは何を思い浮かべますか? まずはテレビの視聴率でしょうか? 以前はもっぱら、誰が見ていたかはとりあえずは置いといて、どれだけの世帯が見ていたかを示す世帯視聴率が中心でしたが、現在では誰(と言っても基本的に性年齢までですが)が見ていたかを単位とする個人視聴率が主に用いられるようになってきました。これはテレビ広告取引(主にスポットですが)の‟通貨"が世帯視聴率から個人視聴率(正確には個人全体視聴率)に代わってきているためです。え? 「そんなこと誰でも知ってるよ!」って。た、たしかに......
普段、放送、特にテレビに関するデータでは、視聴率はよく見聞きしますが、それ以外のデータについては、少なくとも一般のメディアでは、あまり取りあげられることがありません。せいぜい、決算期に放送会社の売り上げの増減が話題になる程度でしょうか。この連載では、(業界向け以外の)新聞や雑誌あるいはウェブメディアではあまり取り上げられることがない放送に関わるデータを、さらにちょっと違う視点で分析して"見てみる"ことにしたいと思います。"見てみる"というからには、データはできるだけ図表などで可視化して、気軽に読めるようにお示ししていきたいと思います。
民放の基本=エリア
さて前置きが長くなりましたが、連載の記念すべき(?)第一回は「民放のエリア」です。
全国を放送対象エリアとする"全国放送"であるNHKや衛星放送とは異なり、地上波の民放は、テレビもラジオも基本的に、短波放送を除いて全て、都道府県等を放送対象エリアとする"ローカル放送"です。キー局は自分の放送対象エリアでは国から免許を受けたローカル放送局ですが、自分の放送対象エリア以外では、制度上特に規定のない番組供給事業者です。しかし、自分が制作し、自分のエリアでは自ら放送している番組を全国に供給するのですから、事実上の全国放送局として機能しています。
と、当たり前のことを書きましたが、実は日本の放送制度がそのお手本というか原型として参考にした米国の制度ではちょっと事情が異なり、欧州では放送エリアの基本は地上波でも全国だったりするのですが、それについては、今後、海外の放送を取り上げる際にお話しすることにします。
東阪名だけでシェア6割
図表1は、テレビについて、広域圏内の県域エリア(東京都や神奈川県、千葉県など)を除く全国32のエリアを2019年度の人口(年央値)順に並べたものです。ラジオのエリアはテレビとは若干異なるのですが、大体一致するので、ここではテレビのエリアを示しています。棒が人口(外国人を含む総人口)を示し、オレンジ色の曲線は、各エリアの人口が日本の総人口に占めるシェアを1位から順に累積していったものです。1位の関東広域圏だけでシェアは34%、以下、近畿16%、中京9%とほぼ半減していきます。ここまでで累積シェアは約60%。これに北海道、福岡、静岡まで加えると70%を超えます。
ここで、勘の良い方はお気づきになると思いますが、全国で商品・サービスを展開する広告主やその広告宣伝を企画する広告会社の立場から見れば、全国対象のスポット・キャンペーンの場合でも、東阪名まで出稿すれば全人口の6割、基幹地区といわれる北海道、福岡まで出せば約7割、確実に8割カバーしたい場合でも5地区に加えて静岡、岡山・香川、広島、宮城、新潟、長野まで出稿すれば良いということになります。予算が潤沢なら全国で出稿するのでしょうが、最近のように限られた広告予算からさらにネット広告にも出稿することを求められる状況では、どこかで地区の線引きをせざるを得ないことになる場合が増えているのではないでしょうか。エリアによる人口規模の大きな格差は、業界で良く話題になる "スポットの地区選別"の主要な要因です(もちろん、要因はこれだけではありませんが)。
<図表1. 民放のエリア別人口と累積シェア>
エリア別人口は"べき乗則"に従う
ところで、勘の良い方はお気づきになられたかも知れませんが(またかい!)、このグラフ、どこか全然違う分野でも見た記憶がありませんか? 放送のエリア別人口は "ベキ分布"と呼ばれる確率分布に従っています。ベキ分布はある変数のべき乗で説明変数を表す"べき乗則"に従っており、「ベキ分布とは、極端な値をとるサンプルの数が正規分布より多く、そのため大きな値の方向に向かって曲線は長くなだらかに裾野を伸ばしていきます。裾野は正規分布よりも広い(ファット・テール)」(ニュートン・コンサルティングのサイトより)、という特徴があります。要するに、少数の非常に大きな値をとる変数と大多数の小さな値をとる変数で構成されるということです。
べき乗則に従うデータは両辺を対数に変換してプロットすると直線上に並びます。図表1のエリア別人口数と順位を対数(常用対数)変換したグラフが図表2です。間違いなくベキ分布ですね。
<図表2. エリア別人口数と順位の対数(常用対数)変換>
ベキ分布は釣り鐘型の正規分布を基本とする伝統的な統計学では特殊な分布とされますが、世の中あるいは自然界では、ごくというか驚くほどありふれた分布です。都市別の人口はいうに及ばず、有名なところで地震のマグニチュードや戦争の死者数と発生回数の関係、所得の分布、火星と木星の間の小惑星帯にある小惑星の個数と直径の関係、細胞内の代謝ネットワークなど枚挙にいとまがありません。「歴史は『べき乗則』で動く」(マーク・ブキャナン、ハヤカワ文庫)という本までありますので、興味のある方はどうぞ。
平均値は意味なし
さて、ベキ分布の特徴のひとつに「平均という概念が意味を持たない」というものがあります。そこで図表3では東阪名の3大広域圏を除いて北海道以下のエリアだけを示しました。図表1から縦軸のスケールがちょうど10分の1になったことにご注意ください。3地区外すだけで10分の1スケールになります。しかし、ここでもまだベキ分布に特徴的な形状が見て取れますね。北海道以下29エリアの平均人口は約175万人ですが、平均を超えているのは福島までの9エリアのみです。29エリアのちょうど真ん中にある中央値は長崎で約133万人。このあたりがローカルエリアの人口の平均的な水準と言えるのかもしれません。
<図表3. 東阪名の3大広域圏を除いた北海道以下29エリア>
これまで見てきたように、民放のエリア別人口には大きな差異があります。これは民放テレビを導入する放送制度の制定時に、行政区分を基本として放送対象エリアを定義した結果です。また、ただでさえ人口が突出して大きい3大都市を、周辺の地域まで統合して広域圏としたのは、3大都市圏を起点として放送事業を全国に広げる、テレビ受信機を全国に普及させる、という意図があったとされています。その結果、広域圏社(もっぱら在京社ではありますが)はローカル放送局に加えてネットワーク会社としての機能を持ち、番組供給機能を担うことで事実上の全国放送局になりました。
今回は"人口"に着目して民放のエリアを見ましたが、次回は引き続きエリアを"収入"との関連で見てみたいと思います。エリア別の収入水準は"人口"だけで決まっているのでしょうか?