同時配信・ウクライナ報道 テレビの強みをどう発揮するか~塚田祐之の「続・メディアウォッチ」⑥

塚田 祐之
同時配信・ウクライナ報道 テレビの強みをどう発揮するか~塚田祐之の「続・メディアウォッチ」⑥

戦闘が続くロシアのウクライナ侵攻。そして、3年目に入った新型コロナウイルスの感染拡大。出口が見えない2つの困難を前に、やりきれなさが続く中で、新年度が始まった。それから1カ月が過ぎ、春の番組改編も出そろった。

民放は今回、多くの局でネット視聴を意識したドラマやバラエティなどの番組改編を試みている。民放の共同運営サイト「TVer」のタイムシフト視聴でニーズが高いドラマを新設したり、配信でも見やすい30分枠のバラエティ番組を深夜帯に集中して並べたり、SNSでBUZZ(話題沸騰)りそうな話題をテーマにしたトーク番組を展開するなど、視聴スタイルの変化を見据えた取組みを強化している。

4月11日には、キー局5局がそろって、放送と同時にインターネットでも番組を流す「同時配信」を開始。テレビのネット活用は新たな段階に入った

一方のNHKは、前田晃伸会長が「今年は『NHKは変わった』と実感していただけるよう、一連の改革の成果を視聴者の皆さまの目に見える形でお示しする『改革実感の年』」と強調。番組改定は、その象徴と位置づけられた。

NHKもネット視聴を意識した15分の連続ドラマ『夜ドラ』の編成や、土曜夜間のニュース番組などを新設。総合テレビとEテレをあわせた番組改定率は42%と、2003年の地上デジタル放送開始以来、最大の規模となった。

しかし、多くは放送波や放送時間の変更など入れ替えが目立つ。これは、これまで行われてきた「放送波別の編成」を変え、重複する内容の番組を整理、削減。番組ジャンルごとに視聴者ニーズを分析し、ヒト、モノ、カネの資源配分を行う「ジャンル管理」の徹底に伴うものだという。

「放送」から「メディア」へ。NHKでは4月に大幅な組織改正も行われ、これまでの「放送総局」が「メディア総局」となった。「編成局」の名称もなくなり、ヘッドクォーター機能を担う「メディア戦略本部」などに再編された。

今年の春は、テレビとネットとの関わりにとって、大きな節目を迎えた。同時配信とウクライナ報道。2つのキーワードをもとに、テレビのネット活用と、テレビとネット情報について考えてみたい。

そこから浮かび上がるのは、テレビ放送の強み、役割は何かという原点の問いだ。

同時配信開始 テレビの強みは何?

「全国放送っぽくふるまっていた件に関してのお詫び」。テレビ東京は、同時配信開始前日の4月10日、新聞に全面広告を掲載した。「しかし! ついに! このたびインターネットを通じて全国どこからでもテレビ東京をリアルタイムで視聴いただくことが可能になりました。」

民放キー局5局がそろって「TVer」を通じた同時配信を開始し、放送波とは別にインターネットでもリアルタイム視聴が実現した。地域別の免許である放送波と違った新たな視聴環境が生まれたことになる。

これにより、2年前にはじまった「NHK+(プラス)」とあわせて、NHKと民放キー局5局はいずれも、インターネットを通じたリアルタイム配信から、1週間程度の見逃し(タイムシフト)配信、さらに有料のオンデマンド配信まで、シームレスな番組視聴環境が整った。

これまで7年に及ぶ紆余曲折があった。放送の常時同時配信をめぐって2015年、自民党の「放送法の改正に関する小委員会」のメンバーがヨーロッパの放送事情を視察。海外では日常的に行われている放送の同時配信が、なぜ日本では実施されていないのかという議論が本格化したと記憶している。

その後、総務省の検討会等でさまざまな角度からの議論が続いた。著作権や肖像権の問題、民放での事業性やローカル局の問題、NHKへの「民業圧迫論」や「肥大化」批判、さらには受信料制度との課題など、多くの論点が指摘されてきた。

その間にスマートフォンの普及が急速に進み、視聴者が日常的に動画を見る環境やニーズが激変した。すでに、YouTubeNetflixをはじめ、さまざまな動画配信サービスと、視聴時間を奪い合う競争が激しくなっている。

では、テレビのこれからの役割は何か。始まったばかりの民放のリアルタイム配信は、各局ともゴールデンやプライムといった一部の時間に限って行われている。ネットを通じて「番組に触れてもらう機会が増えれば......」という、いわば放送の補完という段階だ。

しかし民放5系列は今回、これまでの地上波、BSの2Kと4K、独自のCSチャンネル等に加え、ネットでもリアルタイムからオンデマンドまでシームレスな映像サービスの提供手段を実現したことになる。ハードは拡大し整ったが、ソフトの中身はいささか心もとない。情報や番組、コンテンツは視聴者の期待に応えられているのか。

まずは、視聴者や利用者のニーズを把握し、今後の利用状況の変化や事業性を見据えて、「映像メディアとしての総合的な戦略」を描くことが必要ではないか。どんな番組やコンテンツ、映像サービスをどのツールを使って届けていくのか。

その中で、基幹である地上波テレビは何を伝えるべきなのか。テレビの強みと役割は何か。いま、原点を見つめ直すことが求められているのではないか。私は、何にも増して「放送の公共性」への意識を高め、番組やコンテンツの内容の充実に注力していくことが不可欠だと思う。

ウクライナ報道 テレビの強みは何?

現場映像の主役はテレビから、インターネットのSNSへ。ロシアのウクライナ侵攻は、これまでの戦争報道を一変させた。湾岸戦争、イラク戦争などでは、テレビ取材が現場映像をとらえ世界に発信してきた。その中で、アメリカのCNNテレビや中東のテレビ局アルジャジーラが頭角を現した。

ウクライナでは、市民によるSNSへの多数の投稿動画が、各地の悲惨な戦闘の実態や被害の状況を事細かに伝えている。ゼレンスキー大統領も、インターネットを駆使し、動画を通じて素早く自らの言葉で発信を続け、国民の結束力を高めるとともに、世界のウクライナへの共感を呼んでいる。一方のロシアは、プーチン大統領が厳しい情報統制を行い、国営放送や国営メディアの情報発信以外は認めない姿勢を堅持。対照的な対応をみせている。

こうした中で、日本のテレビ局は日々の戦闘状況の「まとめサイト」的な報道姿勢が目立っている。ウクライナでの現場取材の安全確保が難しい中で、大量に発信されるSNS動画は、現場の実態を伝えるために貴重な映像だ。しかし、中には戦局を有利に導こうとする目的などで流された偽情報も含まれている。

"情報戦"に巻き込まれず、真実に迫るためには、映像や動画の真偽の確認、ファクトチェックを行うプロの眼が不可欠だ。各局はそれぞれの責任のもとでファクトチェックを行い、戦闘や被害、避難する人々の動きなどをまとめた映像を軸に、ウクライナの全体状況を俯瞰的に示したパネルや専門家の解説などを交えて、わかりやすく伝えようとしている。 

テレビは、ネットの「まとめサイト」とは違い、ファクトチェックを行った主体と責任が明確だ。真偽が入り交じった大量の情報があふれる中、視聴者が正確な情報を知るうえで、テレビが果たすべき重要な役割の一つだと思う。

ただ、戦闘が長期化するにつれ、定型的な伝え方になりがちな報道は、視聴者には"各局とも同じような情報ばかりで毎日変わらない"と受け止められてしまう恐れがある。その間にウクライナの事態はさらに深刻化し、犠牲者が増え続けている。

「プーチンの戦争」と言われる。プーチン大統領は何を考えているのか。今から30年前の1992年、NHKで『エリツィン大統領 ここが聞きたい』という特別番組を放送した経験がある。北方領土の返還機運が高まっている中、訪日直前のロシアのエリツィン大統領と、北海道の根室、新潟の市民とを衛星中継で結び、直接対話する番組だった。根室の北方領土の旧島民から島の返還を求める声が相次いだ時、エリツィン大統領の表情がみるみる硬くなっていったことをいまでも鮮明に覚えている。

こうした試みが、いまの状況では極めて難しいことは十分承知している。そうであれば、ロシアやウクライナ、近隣諸国、そして欧米、中国、インドなど各国の首脳や側近、専門家等を直接インタビュー。事態の解決に向けた生の声をじっくり伝えることにより、視聴者がグローバルな視点で考えるために多様な情報を提供する試みがあっても良いのではないか。

情報をわかりやすく整理して伝えるだけでは、実相はなかなか伝わらない。公共のメディアであるテレビのもう一つの大きな役割は、映像を通じて当事者や一次情報に迫り、事実の深層を伝えようとすることではないか。

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