NHKの協力を放送法改正案に明記 二元体制の意義考える契機に

小塚 荘一郎
NHKの協力を放送法改正案に明記 二元体制の意義考える契機に

今国会には、受信料引き下げを意図した還元目的積立金の創設などNHK改革に関する放送法改正案が提出されている。民放事業者としては、この法案の中に、放送対象地域内においてあまねく受信できるようにする責務にのっとって講ずる措置の円滑な実施について、NHKが「必要な協力をするよう努めなければならない」という規定(改正法案20条6項)が含まれている点が気になるところであろう。総務省で開催されていた「放送を巡る諸課題に関する検討会」の「公共放送の在り方に関する検討分科会」に民放連から提出した意見がきっかけとなり、放送法の制定後初めて、放送受信料を、間接的ながら民放のために使う道が開かれようとしている。

実は、民放連が、受信料は民放のためにも使われるべきだと主張したのは、今回が初めてではない。1964年に「臨時放送関係法制調査会」に対して民放連が提出した意見は、受信料は全額をNHKの運営のために支出するのではなく、「わが国の放送全体の向上発展に資するためにも」使用されるべきであると主張していた。民放としては、60年近い歳月を経てようやく念願を達成した形である。

設備の共用と費用負担

NHKの民放に対する協力の対象としては、さしあたり、中継設備の共用などが考えられるであろう。64年当時も、民放連は「難視聴地域救済に必要と認められる中継施設」や「中継回線の整備」に要する費用を例示として掲げていた。

放送設備の利用に関してNHKによる民放への協力が開始されると、意見の相違や対立が発生する可能性もある。すぐに想定されることは、設備の利用に関する費用負担の問題である。設備を利用する割合に応じて費用を完全に案分するのであれば、それは設備の共用ではなく共建であって、NHKが「協力」したことにはならないであろう。費用負担をめぐってNHKと民放の意見に隔たりが生じた場合、県域単位で存在する民放各社はNHKという全国規模の組織と向き合うことになるから、民放連も関与して、費用負担のあり方を客観的・総合的に議論するしくみがあると有益なのではないか。

設備の更新や維持管理が問題となる時期を迎えると、今度は、設備の水準が問題となるかもしれない。民放事業者はこれまで、NHKが受信料を効率的に使っていないと主張し、その「ぜいたく」を批判してきた。民放がNHKと設備を共用するようになれば、設備の水準を抑えてでも費用負担を軽減したいという動機が生まれ、ぜいたくな放送設備に対する批判が一層厳しくなることも考えられる。もっとも、費用負担が小さく抑えられるのであれば(つまりNHKが費用の大部分を負担することになれば)、むしろぜいたくな設備にフリーライドしたいという思いが民放に生まれるかもしれない。それは、二元体制の健全な姿と言えるであろうか。

もちろん、放送設備についてNHKが民放に協力することがあるとしても、さしあたりは、ミニサテ局などの周辺的な部分にとどまるであろう。しかし部分的にであっても、またNHKからの「協力」を介した間接的な形であるにしても、民放が受信料から受益する以上は、民放もまた、受信料の負担者に対して説明責任を負う立場になることを覚悟しなければならない。

民放に問われる公共性

民放とNHKが併存する二元体制の意義について、放送制度の研究をリードしてこられた塩野宏・東京大名誉教授は、組織形態の異なる放送事業者が経済上の競争ではなく、ジャーナリズムの競争を行うことを通じて放送番組の質を向上させることにあると指摘された(有斐閣『放送法制の課題』355ページ参照)。広告主や株主による影響を構造的に受けやすい民放に対して、特定の集団による影響力を受けにくいNHKが、放送番組の内容に関する競争を働かせるバランサーとして機能するということである。このように考えるならば、放送事業におけるソフト(ジャーナリズムを中心としたコンテンツ)の部分が二元体制における競争領域となる。裏から言えば、ハードの部分は協調領域であり、受信料を共通の財源として使用することも許されると言えそうである。

ところが、これまで地上波民放事業者は、ハードとソフトの一致(一体的提供)にこだわってきた。そこには業界のさまざまな事情もあるが、大きく見れば、インターネットを通じた通信事業者によるコンテンツ提供に対して放送事業の存在意義を探そうとすると、無線による同時一斉送信という伝送路(ハード)の特性を強調せざるを得ないということであろう。しかし、通信事業者との関係ではハードの特性に放送の存在意義を見いだしつつ、放送事業者同士はソフトの面で競争するという議論には、どことなく御都合主義が感じられる。結局のところ、事業者として経営資源を投入し、発展させていく部分は放送のハードなのかソフトなのかが、不明確になるからである。

放送業界、とりわけ民放事業者が現在置かれている状況を考えると、NHKと民放の協力が放送法に明記されることは有意義であろう。しかし、ひとたび制度化されると、そこには、なぜ「わが国の放送全体」(のハード面)を受信料によって支えるのかという問いが生まれる。この問いは、実は、受信料からの受益と放送番組(というソフト面)の独立性をどのように両立させるかという問題と表裏一体である。従来、「公共放送」と言えばNHKのことであったが、民放もまた「公共性を持った放送」の担い手として自覚し、そこにいう公共性の意義を真摯に問い続けることが求められるように思われる。


(機関紙「民間放送」6月1日号からの転載)

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