総務省の歩き方 放送行政を所管する「放送ジマ」

氷室 興一
総務省の歩き方 放送行政を所管する「放送ジマ」

放送行政を所管する総務省。放送関係の方はよく耳にする官庁ですが、具体的にどんな部局があって、どんな業務を担当しているのか、皆さんも意外と知らないのではないでしょうか。今回、日本テレビ政治部で総務省を担当する氷室興一記者に、総務省を解説いただくとともに、最近の気になる動きについてリポートしてもらいます。(編集広報部)


旧3省庁で4系統の人事

官庁街「霞が関」は皇居の桜田門から南下する「桜田通り」の両側に役所が並んでいます。井伊直弼大老が大雪の日に斬られた現場の目の前に警視庁が立ち、総務省、外務省、財務省、文部科学省の順で並んでいます。総務省の向かい側は東京地裁、背中合わせに国土交通省が建っています。私も通路を歩いていき国交省地階にある書店や蕎麦屋をよく利用しています。

自治省・郵政省・総務庁が統合して総務省が誕生したのは2001年のこと。その直後は交流人事も行われましたが、いまはほとんど元どおりとなりました。若い頃に他系統の職場・職務を経験するのは役に立つそうですが、幹部ポストの交流人事では「お客さん扱い」されたり、逆に「シロウト指揮」による混乱が生じたりとデメリットが大きかったようです。旧3省庁のタテワリが残っているうえに、旧郵政省は「事務官」と「技官」に分かれているため、総務省では「4系統での人事」が行われています。行政改革・省庁再編の青図をひいた橋本龍太郎首相(故人)が聞いたら「とんでもない」と怒りだすかもしれません。

ただ、旧3省庁の担当業務は全く異なります。2014年に内閣人事局、21年にデジタル庁が発足しました。この時にも旧総務庁や旧自治省から、ごっそりと100人前後が移管されました。行政経験と法律知識を体に染み込ませたノンキャリ官僚も含まれています。「4系統での人事」をしていないと、こうした再編に対応できなかったはず、と私には感じられました。

総務省が入る「合同庁舎2号館」は21階建て。上層階には警察庁と、国交省の北海道局や国際担当部局、観光庁があります。総務省は11階から下で、7~8階は大臣官房。6階から下は自治財政局や選挙部などの旧自治省系と、行政管理局・行政評価局といった旧総務庁系が陣取ります。そして、旧郵政省の流れを汲む部局は総務省の9~11階に入ります。放送政策をみる「情報流通行政局」は11階、通信政策を担当する「総合通信基盤局」は10階、また、9階には国際部門やサイバーセキュリティの部局があります。

放送ジマの8人衆

放送行政を担当する幹部は、情報流通行政局の8人。略称「情流局長」と、ナンバー2の「審議官」の下に放送担当(放送ジマ)の6人の課長です。

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最初にご紹介するのは民放局を担当する「地上放送課長」。放送免許の総元締めですし、わが日テレ本社の、報道局以外の幹部が、ネクタイをきっちり締めて挨拶に来ることもあります。5年に一度の再免許の時季には、普段よりも慌ただしく見えるので、課の前の廊下にもあまり近寄らないようにしています。

「衛星・地域放送課長」はBS局、CS局とケーブルテレビ局を所管する2つの課が2009年ごろにくっついて誕生したポスト。ナカポツ(「・」)はその痕跡です。総務省に限らず、役所では課長の数は厳しく制限されています。役所ではこれを「ざぶとん」と呼び、「新しい課を作りたいけど、空いている『ざぶとん』がないので、A課とB課を統合しなくてはならない」というように使います。ケーブルテレビ局担当は「地域放送推進室長」が置かれ、部署は「イキホウシツ」と呼ばれています。

「情報通信作品」ってナンだ......?

「コンテンツ振興課長」は放送・通信融合時代の著作権問題に取り組むポストです。法律解釈や法改正事務に詳しい官僚、他省庁や関係事業者とのヤヤコシイ調整に根気よく取り組める官僚が多く就きます。正式名称は「情報通信作品振興課長」。内閣法制局から「コンテンツ」という言葉の使用が認められず、「情報通信作品」と言い換えたそうです。政令「総務省組織令」をひくと、「情報通信作品」とは「放送番組、(または)その他の電磁的方式により流通させることを目的とした音響・影像等の情報により構成される作品」と説明されています。また、同課の所掌(担当する仕事)については「情報通信作品に係る情報の電磁的流通の円滑化のための制度の整備」などと定められています。文化庁とともに著作権法を改正したり、TVer等の取り組みをヒアリングしたりするお役目です。一方、課内に「放送コンテンツ海外流通推進室長」がいます。こちらは地方局番組の国外展開の支援を担当し、フランス・カンヌで開催のMIPCOMに出張する室長もいて、なんとなく華やかです。

「放送政策課長」は放送部門の「筆頭課長」と呼ばれ、通信部門の総合通信基盤局「事業政策課長」と並ぶ重要ポストです。かつてはNHKとの向き合いに労力をとられ、課長が自嘲ぎみに「これじゃNHK担当課長だよ」とつぶやく姿を目撃したことも。確かに放送法の条文の大半はNHKのあり方を規定しているし、毎年3月末に行われるNHK予算案審議に忙殺されるので、「NHK担当課長」というのも一面の真理をついています。一方で、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」や「放送を巡る諸課題に関する検討会」の議論の下支え役でもあります。民放の地上波・衛星波・ケーブル局まで含めた放送業界全体の、将来の方向性を模索していくからこそ、「筆頭課長」と呼ばれるわけです。

技官、その独自の生態系

「放送技術課長」は、放送ジマ唯一の技官ポストです。プラチナバンドとか、左旋とか、SFNとか、とにかく電波にかかわる専門用語を使って原稿を書かなくてはならない時に、取材の問い合わせをします。

旧郵政省系の技官キャリアは正式には「総合職技術系(情報通信分野)」と呼ばれます。旧郵政省部局のあちこちに「技術企画官」などの専任ポストがあり、他省庁や大使館などへの出向などを経て、課長職に就きます。技官の世界における筆頭課長は「電波政策課長」。その後、地方の総合通信局長などを挟みつつ、「電波部長」、そして局長職にあがります。

かつては局長級の「大臣官房 技術総括審議官」が技官トップとして技官人事を差配しました。局長に就く技官は希少でしたが、2000年代中盤には、菅義偉総務大臣(当時)による抜擢人事により寺崎明氏が次官級の総務審議官(国際担当)に就任しました。近年では局長や次官級に少なくとも1人は技官が入るようになり、現在の竹内芳明総務審議官(総審)は技官で初めて旧郵政省トップに上り詰めました。旧3省庁のトップは、総務事務次官と2つの総審ポストを分け合います。現在は旧自治省系が事務次官に就いているので、旧郵政省と旧総務庁のトップは総審、というわけです。この「次官・総審・総審」の3人が各系統の "代表権" を持つのに対し、「国際総審」は、地デジ日本方式の国際展開やG7サミットで首相のシェルパ役に加わるなど、国際的任務に専心していて、分かりやすく言えば、"代表権のない国際担当副社長"といった感じでしょうか。

最後に紹介するのは「総務課長」です。出向先や本省で課長職をいくつかこなしたシニア課長が任命され、国会審議対応の指揮や政治家の説明などにあたります。だいたい1年で交代し、大臣官房の重要課長ポストや審議官級にあがります。

これら6課長の上に情流局長と審議官がいます。審議官の名刺には「大臣官房審議官」とあり、7階の大臣官房フロアにいるように錯覚させます。しかし執務室は11階の情流局長室の隣にあり、放送行政だけを担当しています。放送ジマのナンバー2です。

最近の話題から~総務省は地方局再編を目指すのか?

「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」は2022年3月31日、一部キー局の要望を踏まえ、マスメディア集中排除原則(マス排)緩和の方針性を示した「論点整理」を公表しました。夏までに最終報告をまとめ、パブコメを経て、放送法改正案を作り、翌2023年1月からの通常国会に提出、という流れになります。成立すれば同年の秋にも施行されます。

総務省は地方局再編を推し進めようとしているのか? 地銀再編を推し進める金融庁の動きもあって、地方局には総務省に対する警戒感が広がっていると聞きました。しかし、そうした強い意図が総務省にあるようには、私には感じられません。

平成新局設置、BS・CS開始や地デジ化などは、旧郵政省・総務省が旗を振り、放送業界が歩調を合わせて、変革を実現してきました。ネット同時配信では、当時の情流局長が、NHKと同時に踏み出してはどうか、という気持ちをにじませていたものの、民放には強制しませんでした。そしてBS4Kは、当時の情流局長が「4Kは国策ではありません」と早々に公言しました。

総務省内での雑談で、官僚からよく聞くのは「メディア形態が複雑化・多様化する中、一つの方向にみんなで進むというのは時代に合わなくなってきている」とか、「開局の時ならばイケイケドンドンでやっていけるが、再編は各社で考えが異なる。地方経済や雇用問題にもかかわる話だから、放送局の意見も聞きながら丁寧にやっていくほかない」といった声です。「地方民放局が将来、経営難になった時に取りうる選択肢を作ります」という、今回の総務省の姿勢は、私には穏当なものに感じられます。

総務官僚らは「放送が通信に打って出ればいい。新しいことをやるために必要な制度改正があれば提案してほしい」と何年も前から話していました。放送局はいま、自分たちの将来あるべき姿を真剣に考えて、それに欠かせない法改正・制度改正があれば、その都度、総務省に要望していくことが必要ではないでしょうか。

拙稿が、皆さまのご理解に少しでもお役に立てばと祈るばかりです。なお本文は、私の個人的意見であることを付記させていただきます。

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