英仏の公共放送をとりまく環境の変化と影響 受信料撤廃と次世代のメディア戦略②

稲木 せつ子
英仏の公共放送をとりまく環境の変化と影響 受信料撤廃と次世代のメディア戦略②

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英政府は「公共サービス放送局」を守る

英仏政府の目指す方向は同じように見えて、違いもある。例えば「公共サービス放送局」の存在だ。イギリスではBBC(公共放送)に加え、公社のチャンネル4とウェールズ語放送(S4C)、大手民放(ITVとチャンネル5)とスコットランドの民放(STV)の5局が公共サービス放送局(PSB)と位置づけられている。商業放送と異なり、公共の利益を目的とした番組編成(ニュースなど)や制作(ローカルコンテンツの制作割り当て)を放送免許の認可要件として課せられている放送局だ。全PSBチャンネルの視聴率シェアは全体の58%ほどもあり、イギリス社会に影響力がある。

前出の英メディア政策をまとめた白書は、「世界的な成功を遂げている英国のクリエイティブ経済の中核に公共サービス放送局がある」とPSBを高く評価している。政府は、時代の流れに適応できるよう放送要件の撤廃や使命の簡略化を行ってPSBの負担軽減を行うと明言。S4Cに地域制限を外したネット事業を認めるほか、ローカル局の免許期限を34年まで延長するという地域放送への目配りもしている。また、政府は、これまでのチャンネル4の事業制限(非営利、番組著作権を保有できない)を外すことでその影響力を拡大できるようにするとし、同局の民営化も計画している。

最も注目されたのは、Netflixなどの大手SVOD事業者への規制強化だ。放送基準に準じた「ビデオ・オンデマンド基準」立法化してSVOD事業者をOfcomの監督下に置き、コンテンツを規制するというものだ。政府は、より公平に視聴者を有害コンテンツから守るだけでなく、視聴者側がSVODについて苦情を申し立てられる窓口(=Ofcom)ができるとしている。

加えて、オンデマンドサービス側のコンテンツ表示で、PSBやローカル局の番組が目立つように表示される「優先制度」を導入しするとしている。 

仏はSVODに国内制作への投資を義務化

フランスもオンデマンドの画面で公共放送や大手民放のコンテンツを優先表示することを求めている。しかし、SVODのコンテンツ内容を放送並みに規制する動きはない。

政府は公共放送の保護よりも、仏クリエイティブ産業全体の保護と支援を目指している。EU圏内では、大手(SVODサービスが提供するコンテンツの3割を欧州製にする「割り当て」が義務づけられたが、仏政府は、追加措置としてSVOD事業者の国内売り上げの2割を国内製作に投資することを義務付けている。

SVOD事業者は、仏規制当局ARCOM(昨年まではCSA)と個別に投資契約を結ぶことになっており、すでにNetflixAmazon PrimeDisney+が契約をしている。ARCOMのトップは、投資総額について「(2月の段階で)2億5,000万から3億ユーロになった」と述べている。

実は放送局にも投資義務があり、一般的な放送局の場合、最低でも収益の12.5%15%を番組制作に投資しなければならない。放送局の収益は近年伸び悩んでいるので、政府は「不足分」をSVOD事業者からの投資で埋め合わせたいとする思惑があるようだ。

同国では18年からNetflixやユーチューブなどの大手オンラインメディア会社に国内の収益の一部を「ビデオ税」として課税し、それを映画産業の補助金に振り替えているが、導入時に2%だった税率は、現在5%以上に上がっている。年内に撤廃される公共放送の受信料についても、もしかすると、アメリカのネット大手に奉加帳が回ってくるかもしれない。

BBCの大改革「デジタル・ファースト」

BBC創設100周年記念日の5月26日、ティム・デイビー会長が中期戦略「デジタル・ファースト(優先)」を発表したが、その厳しい事業計画の内容に周囲が驚いた。

数年後をめどに子ども向けチャンネルCBBCと文化・教養チャンネル(BBC4)、そして再放送中心のラジオチャンネルを停波して、オンラインサービスに切り替える。また、英国内向けのニュースチャンネルをグローバル向けと統合するほか、一部のローカルニュースも近隣の地域放送に統合される。国際放送も大半をオンラインに移行するとしている。

BBCは、1月に政府が決めた受信許可料の凍結(=値上げなし)により、年間2億8,500万ポンドの節約を強いられており、事業の大幅見直しが必要としている。改革で1,000人のスタッフが削減される見込みだという。

デイビー会長は、新戦略による年間の節約は財源不足分を大きく上回る5億ポンドになるとし、「余剰分」をオンデマンド時代に対応するための投資に使うと説明した。例えば、報道部門の全体予算は減らさず、事業統合で節約した資金でオンラインサービス向けの記者を雇用するとのことだ。

同氏は、「変化に迅速に対応しなければ、公共サービスの価値観に基づかない者たちに重要な地位を譲ってしまう」との強い危機感を表明している。そして、放送は今後何年にもわたって不可欠だが、確実にオンデマンドに移行しているとの認識から、BBC消費時間の約85%がリニア放送である現在、「組織のリソースが過度に放送に集中しすぎている」と手厳しい自己評価をしたのである。

利用率85%のリニア放送に見切りをつける決定は衝撃的だが、会長の言葉からは、財政が確保されているこの5年間にBBCを「ネット型」に変えるという覚悟が感じられる。

戦略では視聴アプリ「iPlayer」のサービスを拡充し、現在、50%未満の利用リーチを数年で75%まで上げることを目標に掲げている。

BBCは6年前に若者向けチャンネル(BBC3)をオンライン専用にしたが、視聴者離れが進んでしまい、今年2月に放送を再開している。時代を「先走り」した場合の苦い経験もあるなかで、再び2つのチャンネルのオンライン移行を敢行する背景には、待ったなしの受信許可料制度の撤廃計画がある。ここは、BBC自らが実現可能な代替財源モデルを示し、組織を守る必要があるのかもしれない。

地元メディアによると、代替案としては、①ブロードバンド利用者から一律徴収する、②ドイツや北欧型の目的課税、③オーストラリア型の国の補助金交付、④広告の一部導入、⑤「iPlayer」やハイエンドドラマなどの有料化、①〜⑤の組み合わせなどがあげられている。BBCは、①や②については話し合いに応じる姿勢があるようだが、②は増税なので政府側のハードルが高い。そうなると、①が単独あるいは一部採用される可能性が高い。英国内の今のブロードバンド普及率は約97%だ。BBCが本気で今後5年間「デジタル・ファースト」戦略に取り組み、「iPlayer」のリーチが75%まで増えるなどの実績を上げることができれば、電話のユニバーサル料金のように、ブロードバンド料金から徴収される実現性は高まるのではないか。

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