英仏の公共放送をとりまく環境の変化と影響 受信料撤廃と次世代のメディア戦略①

稲木 せつ子
英仏の公共放送をとりまく環境の変化と影響 受信料撤廃と次世代のメディア戦略①

4月28日に英政府がBBCの受信料撤廃を念頭に入れた制度改革を発表したが、仏政府も5月11日、フランス・テレビジョン(FTV)への負担金(いわゆる受信料)を年内に撤廃すると発表して波紋を呼んでいる。

ロシアとウクライナの戦争が激しい情報戦になっているなかで、信頼できるニュース報道を行う公共放送の重要性は増しているのだが、戦争による経済情勢への影響で受信料撤廃案が支持されるという皮肉な事情がある。欧州が対ロシア経済制裁の煽りを受けて、エネルギー価格を中心にオイルショック以来のインフレに見舞われているからだ。

戦争の長期化が見込まれるなかインフレ傾向は強まっており、国民への生活支援が各政府の優先課題となっている。フランスの負担金(いわゆる受信料)年額138ユーロ(約1万9,000円)の撤廃は、これらを背景に家計の支出軽減を通じて「フランス人の購買力を保護」するための措置として提案されている(仏、5月のインフレ率は5.8%)。

英政府が年額159ポンド(約2万5,720円)の受信許可料を2年間据え置きすると決めたのはロシアの侵攻前(1月)だったのだが、EU離脱の影響で同国の1月のインフレ率は5.5%まで上昇していた。国民の負担を軽くするために、政府は公共放送側に経営努力を求めた格好だ。

とは言え、値下げではなく撤廃にまで政府の要求が強まった要因はどこにあるのだろうか――。前置きが長くなったが、英仏を例に公共放送をとりまく環境の変化とその影響、政府が進める次世代のメディア戦略は何かを考察してみたい。

行き詰まる英仏の受信料制度

英仏の受信料制度を調べると、実際に制度もその運営も行き詰まっていることがわかった。

まず、フランスでは負担金の制度が未だにネット時代に対応しておらず、テレビやそれに類するAV機器を所有していなければ受信料が課せられない。公共放送(FTV)がオンデマンドの見逃し配信や放送のネット同時配信を進めるなか、テレビを所有しない世帯や、それを理由に支払いを回避する人が増え、現在の徴収率は9割とされている。住民税と一緒に徴収されるようになってから回避率が減ったそうだが、その住民税が政府の購買力刺激策の一環で今年中に撤廃されるため、負担金制度は確実な集金インフラを失う事態に陥っている。

一方、イギリスはネット視聴の問題を前回の料金見直しで解決しており、テレビで視聴していなくても視聴アプリ「iPlayer」でBBCのコンテンツを視聴すれば受信許可料(正式には放送を受信する「ライセンス料」)が課せられるようになっている。にもかかわらず、支払い逃れが減らず、今年のデータによると回避率は7.25%にまで増えている。収入が目減りするなか、徴収費用だけが嵩んでいる(21年は前年比で約13%増)。

現在の受信許可料制度は1923年にBBCの設立に伴って導入され、100年近く続いている。当時はBBCが唯一の放送局だったが、今では100を超える放送局のほかに、Netflixやユーチューブなどのオンライン動画サービスが溢れている。受信許可料の支払い回避とは無関係に、動画をネットで見る層が増えている。動画や情報の消費プラットフォームがネットに移っていくなか、公共放送もネット配信を重視しつつあるのだが、「あまねく放送」サービスの公共性と利用者の評価にズレが生まれているようだ。

SVODの普及が受信料制度を揺るがす

筆者は公共放送の存続において、最大の脅威はNetflixなどの有料動画サービス(SVOD)だと考えている。エミー賞やアカデミー賞に輝くオリジナル作品を次々と生み出すSVODサービスが台頭する中で、BBCFTV(公共放送)の番組価値や存在感が脅かされているのは否めない。

調査会社オムディアによると、英国の平均的な家庭は、2つのSVODサービスと契約している。フランスでは契約数が2.7と、さらに多い。欧州では5年前までは、スポーツ以外のコンテンツにお金を払う人は少数派だった。今や英世帯の8割ほどがSVODを最低1つ契約している。1カ月単位で解約できるSVODに慣れると、「一律徴収」され、解約できない公共放送への容認度が下がるのではないだろうか。

昨年秋に公表されたBBCのパフォーマンス調査によると、週に何らかのBBCコンテンツを視聴した大人(15歳以上)の割合は、92%(2017年)から87%(20年)に減っている。とりわけ低所得世帯の若者では70%にまで落ち込んでいる。ちなみに、Netflixのベーシック料金(年額)は、BBC(受信許可料)より約40ポンドも安い。

BBCを「受信許可料を払って見る有料サービスの一つ」と捉える人が増えれば、「公共性」よりも自分の嗜好で評価が下され、「見たいものがないので受信許可料を払いたくない」という主張が増える可能性が高い。 

英仏政府はこうした時流の変化に危機感を持ち、「手遅れになる前に」公共放送に対して「存在価値」を向上させることや、財源モデルの見直しを含めた大胆な改革を求めている。

英仏政府が求める今後の公共放送像とは

早急に代替の事業財源を見つけなければならないのはフランスだが、政権側は、「公共放送の財源は、多元性とメディアの独立性という憲法の目的に沿って確保される」と説明するにとどまっている。英政府も間もなく検討を開始する予定だが、4月のメディア政策発表に合わせて出された白書の中で、「視聴者は信頼できるニュースや質の高いオリジナル番組を求めて、引き続き公共放送を利用している」「今後10年間においてもこの状況が続く」との認識を示している。

受信料の撤廃を掲げる英仏政府だが、公共放送サービス制度そのものを撤廃(民営化)することは考えていないようだ。人々に受け入れられやすい形での財源確保を模索している。ただし、公共放送の近代化=デジタル化には関心を寄せている。具体的な注文をつけないが、サービスを、「放送型」から「ネット型」に変えていくことを求めているようだ。

例えると、旗艦店の品揃えを決めて客が来るのを待つのではなく、自らトレンドを作りながらも、多様な客の好みを把握して意味のあるレコメンデーションを効率的に行うことで細分化したロングテールビジネスを積極的にしかけていく組織に変わることだ。これを実行するには人々の視聴や検索データの分析や活用、デジタルライブラリーの有効管理、多様な配信をマルチプラットフォームで行う体制など、相当なデジタル(DX)投資とスタッフの意識改革が必須となるだろう。

一方で、英仏政府は公共放送に求められている放送基準、特に報道における正確で公正・公平な情報の提供を、非常に重視している。コロナ禍やロシアとウクライナの戦争でフェイクニュースがまん延する中、公共放送の質の高い報道の重要性は、国際、国内、ローカルレベルで求められており、ゆるぎない民主主義社会を支える土台と捉えられている。

につづく)

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