間もなく3年に一度の参議院議員通常選挙(参院選)が公示されます。放送局にとっての大仕事が選挙報道であることは言うまでもありませんが、もうひとつ忘れてはならないのが「政見放送」です。この稿では、視聴者の皆さんはもちろん、放送局で働く皆さんも意外と知らない政見放送の不思議な姿を紐解いてみようと思います。
公職選挙法の改正
あまり知られていないかもしれませんが、政見放送が行われているのはテレビ放送とAMラジオ(中波放送)だけでした。これは公職選挙法の規定によるものです。
この春、あまり話題になりませんでしたが、公職選挙法の一部が改正されました。この法改正で超短波放送、すなわちFMラジオでも政見放送ができるようになったのです。実はこれ、放送業界では大きな出来事で、民放AMラジオのFM転換を見据えた制度変更です。ただし、それだけではなく、既存のFMラジオ局でも政見放送が可能となったのです。
実際にFMラジオで政見放送が行われるためには、具体的な運用方法などを定めている政省令や告示の改正が必要となるため、改正法の施行日は公布から2年以内の政令で定める日とされています。この新しい枠組みの政見放送がどのように行われることになるのか、まだはっきりとは分かりません。ただ、それまでにさまざまな調整が行われることは間違いありません。ですが、この辺の話はまた後日、別の機会に譲ることにします。
公職選挙法第150条
そもそも政見放送とは何でしょうか。それは公職選挙法に規定があります。現行では、次のように規定しています。
第百五十条 衆議院(小選挙区選出)議員又は参議院(選挙区選出)議員の選挙においては、それぞれ候補者届出政党又は参議院(選挙区選出)議員の候補者は、政令で定めるところにより、選挙運動の期間中日本放送協会及び基幹放送事業者(放送法(昭和二十五年法律第百三十二号)第二条第二十三号に規定する基幹放送事業者をいい、日本放送協会及び放送大学学園(放送大学学園法(平成十四年法律第百五十六号)第三条に規定する放送大学学園をいう。第百五十二条第一項において同じ。)を除く。以下同じ。)のラジオ放送又はテレビジョン放送(放送法第二条第十六号に規定する中波放送又は同条第十八号に規定するテレビジョン放送をいう。以下同じ。)の放送設備により、公益のため、その政見(衆議院小選挙区選出議員の選挙にあつては、当該候補者届出政党が届け出た候補者の紹介を含む。以下この項において同じ。)を無料で放送することができる。この場合において、日本放送協会及び基幹放送事業者は、その録音し若しくは録画した政見又は次に掲げるものが録音し若しくは録画した政見をそのまま放送しなければならない。
カッコ書きが多くて実に読みにくい条文ですが、ポイントは「候補者や政党は放送局の放送設備を使って無料で政見放送ができる」「放送局は収録した政見放送をそのまま放送しなければならない」ということになります。
かつては放送局が政見放送を収録して放送していましたが、現在では「持ち込みビデオ方式」といって候補者や政党などが自ら収録した素材を使用することが認められています。これは衆議院では1994年、参議院では2018年の公選法の改正によるものです。
これまで放送局は政見放送を収録する際、候補者が不適切な言動を行わないように最大限の注意を払ってきました。放送局は自分が放送する内容ですから当然のことかもしれませんが、ここに大きな誤解が生じる原因があったのかもしれません。収録を行い、放送していることで、視聴者も、放送局の中の人も、放送局が自らの意思で放送していると考えがちですが、そうではなく、いわば強制されているというわけです。
重要な点は、政見放送は候補者に認められた権利であり、放送事業者に課せられた義務ではないということなのです。
政見放送と選挙報道
政見放送は、憲法に規定される国会議員を選出するための国政選挙において、候補者が放送で行うことを許されている唯一の選挙運動です。選挙運動とは、候補者に権利として認められた投票を呼び掛ける活動で、公選法には細かすぎると思えるほど厳密に規定されており、そのひとつが政見放送というわけです。逆に言えば、公選法は政見放送以外に放送による選挙運動を一切認めていません(第151条の5)。
一方で、選挙報道の自由もまた認められています(第150条の3)。当たり前だと思うかもしれませんが、これも公選法に規定されているのです。放送局は報道機関であり、もちろん放送局が行う選挙報道は選挙運動ではありません。しかし、放送局の中の一部には、政見放送が報道機関の責務であるという考え方が存在するようです。なぜ、そのような誤解が生じているのか。理由は分かりませんが、前述したとおり、自ら収録を行っていたことに起因しているのかもしれません。
持ち込みビデオ方式
前述のとおり、最近の政見放送は「持ち込みビデオ方式」が広がってきました。これも公職選挙法の改正によるものですが、選挙にかかわる公選法の改正は議員立法で行われます。つまり、この法改正は主要な政党が求めた結果であるということです。
一方で、持ち込みビデオ方式は思わぬ副産物を生むことになりました。一部の候補者、団体から、およそ政見放送には相応しくない内容を含む(あるいは全編を通じて)素材が放送局に持ち込まれるケースが出てきているのです。持ち込みが認められる候補者・団体には得票率など一定の制約がありますが、当初の想定が十分ではなかったのかもしれません。
公職選挙法は政見放送における不適切な言動を禁じています(第150条の2「政見放送における品位の保持」)。国会議員になろうとしている候補者は「善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない」のであって、何もかもが自由というわけではありません。ただし、本条には、虚偽事項の公表と営業に関する宣伝をした場合のほかには罰則がありません。
当然ですが、多くの候補者や政党は政見放送に「品位保持」を求める規定に留意していますが、一部の候補者や団体は必ずしもそうとは言えず、本来の選挙運動という意義とは異なる形で話題になることを目的としているようにも見えます。これは政見放送という制度の根本を揺るがす事態かもしれません。しかし、それでもなお放送局は、いかなる内容の政見放送であろうとそのまま放送することが原則であり、その内容には全く責任がないのです。
終わりに
繰り返しになりますが、政見放送はいかなる内容であっても放送局はそのまま放送しなければなりません。それは公職選挙法が「そのまま放送」するよう求めているからです。これは内容に手を加えること、すなわち編集を行うことを禁じていることを意味しており、放送法第3条「放送番組編集の自由」の規定(放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない)を超えるものです。そこには候補者や政党の姿を偽りなく伝えるという意味があるのだと考えます。
政見放送の内容が視聴者やリスナーにどのように受け止められるかは、全て候補者、政党の責任です。放送局は、それを正しく理解してもらうよう努力することが必要だと思います。そして有権者は、政見放送の内容に問題があると感じられるなら、良心に従って行動するのが大切ということではないでしょうか。
【訂正】6月17日10時に公開した内容に一部誤りがありました。「持ち込みビデオ方式」について、「2018年の公選法の改正」によるとしていましたが、正しくは「衆議院では1994年、参議院では2018年の公選法の改正」によるものです(同日11時36分修正)。