ウェブ上の実名入り事件報道(映像・記事)は許されないのか? 最新の最高裁判例からひもとく放送局への影響 侮辱罪厳罰化のおさらいも~「『現場で活かせる』法律講座シリーズ」④

國松 崇
ウェブ上の実名入り事件報道(映像・記事)は許されないのか? 最新の最高裁判例からひもとく放送局への影響 侮辱罪厳罰化のおさらいも~「『現場で活かせる』法律講座シリーズ」④

自社の番組や取り組みなどをインターネットで紹介したり、事件報道などをインターネットでも配信するなど、いまや放送局にとって、インターネットは切っても切り離すことができない重要なツールになっている。このような状況は、デジタル技術の目覚ましい発展を鑑みれば、今後ますます強まっていくことは間違いない。今年(2022年)に入ってからも、インターネット上の表現行為に関連し、今後の放送局の事業運営のあり方に影響を及ぼし得る出来事が続いているが、本項ではその中から気になる最新のリーガル・トピックを紹介したい。

1.過去の「実名記事」は
削除しなければならない?
-最新の判例を読み解く-

⑴ インターネット上の実名報道をめぐる攻防

一度インターネット上で公開された情報は、さまざまな形で複製や引用などされ、いわゆる「デジタルタトゥー」として半永久的にネット上に残り続けることになる。このデジタルタトゥーについてはかねてより問題視されており、とりわけ発生から何年も経過した特定人の過去の犯罪歴や不祥事歴などのネガティブ情報については、本人の平穏な社会生活を阻害する過度なプライバシー情報の公開(侵害)に当たるのでは、との指摘もあった。このような背景のもと、インターネット上のネガティブ情報の削除を求めて各種媒体に訴えを起こす者が現れ、その度に司法判断が積み重ねられてきた。ここでは、先月に最高裁が下した最新の判例を紹介する。

⑵ 最高裁令和4年6月24日判決➢実名入り事件記事のツイートを削除せよ

今年の6月24日、実名入りで過去の逮捕歴が記載されたツイートが残ったままになっていた男性が、プライバシー権の侵害を理由にツイッター社に対し当該ツイートの削除を求めていた事案で、最高裁は男性の主張を認め、実名を含む当該ツイートはプライバシー権の侵害に当たるため削除せよ、という判決を言い渡した。

逮捕時の実名報道(主に被疑者)は、通常のニュースでもよく見られるところであるが、ここ数年は、単に放送で事件を伝えるだけではなく、放送を一定期間ウェブ上で配信する、ウェブ記事に書き起こしてウェブサイトに掲載するといったデジタル対応が当たり前のように行われる時代になっている。上記最高裁判決は、インターネット上の実名報道(記事)の性質に着目して、プライバシー権の侵害を理由に削除を命じたものであるが、この判決は上記放送局の取り組みに影響を与えるのであろうか。

⑶ 判決理由から紐解く放送局の実務への影響

判決の内容に着目すると、最高裁は、「本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と上告人(※実名報道の対象者)が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化」といった個別具体的な事情をもとに、「個人のプライバシー権の保護」と「事件に関する実名報道の公益性・公共性」のどちらを優先すべきか(どちらをより保護すべきか)を検証する、という従来型の比較衡量の手法を採用。そのうえで、「本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができる」との判断基準を示した。この最高裁基準は、これまで裁判所が度々採用していた「本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られると解するのが相当」という基準と比べ、明らかにプライバシー権の保護を優先すべき範囲を広くとっている。したがって、この最高裁判決によって、これまで削除命令の対象になり得なかったウェブ上の実名報道記事が、新たに削除命令の射程圏内に入ってくることは必須である。

しかしなから、結論から言えば、この判決が放送局の実務に及ぼす影響はいまだ限定的ではないかと筆者は考えている。この点、最高裁が判決を出すにあたって拾い上げた個別具体的な事情・評価は以下のとおりである(「評価」については筆者が判決文を咀嚼したうえでまとめている)。

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<個別具体的な事情・評価>

これを前提に考慮すると、たとえば公人等にはあたらない人物の実名入りの事件報道(放送)を文字化したウェブ記事、放送映像自体のウェブ配信などは、それらをあえてアーカイブ的に何年も一般の閲覧に供しているような場合には、最高裁が認めた削除命令の射程に入ってくる可能性がある。しかし、筆者の知る限り、現在の放送局の実務において、こうしたウェブ上の実名報道の配信は、事件の進行またはその終了、あるいは他の事件のウェブ記事が積み重なることによって、順次、配信から数週間、遅くとも1年以内には非公開になるのがほとんどであろう。したがって、こうした運用で実施を継続する限り、放送局が行うウェブ上の実名入りの事件報道に関しては、ほとんど影響がないと考えることができる。

一方で、単なる事件報道ではなく、過去の事件を追いかけた実名入りドキュメンタリー番組等のアーカイブ配信、あるいはネット検索に残り続けるようなウェブ企画などは、最高裁判決の趣旨からすれば、少し注意が必要である。通常は時がたてばたつほど、放送(配信)当時に認められた公益性・公共性が薄まっていくことになるため、当該事件を、「今現在も」継続して配信し続ける(ネットに残し続ける)公共性・公益性を説明できなければ、配信開始から数年後に、私人から削除の申立てが認められる可能性がないとはいえないためだ。したがって、そのような形で実名入りの事件を取り扱う場合は、当該記事をいつまでウェブ上で公開し続けるのか、ある時点で匿名化を図るのか、といった点について、都度、時期に合った適切な判断を求められることになるだろう。

⑷ 結 論

以上から、最高裁判例によっても、放送局が実施しているような実名入り事件報道の配信、ウェブ記事化などは、現状の運用を継続する限り、実際に削除命令が認められる可能性は低いといえる。ただし、実名のまま記事・映像の「消し忘れ」があった場合はもちろんのこと、漫然と残し続けるといったような運用に切り替える場合は、数年後、実名入り記事・映像の削除をめぐる裁判等で厳しい戦いを強いられる可能性があるだろう。

2.サブトピック:侮辱罪厳罰化をおさらい

⑴ 侮辱罪厳罰化

侮辱罪(刑法231条)は、「公然と人を侮辱」することによって成立する犯罪だが、今年6月13日、国会で侮辱罪を改正する法案が可決され、先日7月7日に予定どおり施行された。改正内容としては、以下の新旧比較のとおり、新たに刑の種類として「懲役・禁固刑」と「罰金刑」が追加され、文字通り厳罰化が図られた。

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<「懲役・禁固刑」と「罰金刑」が追加>

⑵ 改正の中身と実務的な影響

一見して変わったのは「懲役刑・禁固刑・罰金刑」の追加である。現行案では29日の身体拘束か9,999円の支払いが刑罰の限界点だったが、改正によって1年の懲役・禁固や、30万円の罰金が科せられるようになった。また、見落としがちであるが、法定刑が重くなったことによる「公訴時効の延長」も大きな変化である。公訴時効とは、罪が行われた時から一定期間が経過することで起訴ができなくなるという制度だが、現行の侮辱罪の法定刑だと、その期間は「1年」であった(刑事訴訟法第250条第7号)。しかし、ネット上の誹謗中傷は匿名で行われることが多いため、犯人特定までに時間を要することがままある。そのため、かつての侮辱罪の公訴期間は短すぎるとの指摘があった。

しかし、今回の法改正によって、侮辱罪は新たに「長期5年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪」(刑事訴訟法第250条第6号)に当てはまることになり、その結果、公訴時効が「3年」に伸びることになったのである。

なお、新侮辱罪の適用は7月7日の施行日以降の行為からであり、それよりも前に行われた侮辱行為には適用されない(遡及的に適用されない)。

⑶ 厳罰化の懸念点

今回の厳罰化については、「被害者を救済する」という視点から好意的に受け止める声も多い。しかし一方で、「侮辱した」という抽象度の高い成立要件は維持されており、依然国民にとって、何が侮辱に当たるのか予測・判断しにくい状態は変わっていない。そのような中で、ただ罪だけを重くするというのは、バランスが悪いうえに、当局に恣意的な運用を許すことにならないか、といった指摘もされている。今回の改正が、これからのわれわれの暮らしにどのような変化をもたらすのか、しばらくは注視が必要だろう。

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