取材の喜び。表現することの意味――熱い議論だった。「九州沖縄メディア・フォーラム」を2025年1月25日(土)~26日(日)、NHK福岡放送局で開催し、記者やディレクターなど、若手からベテランまで2日間で延べ140人(オンライン28人を含む)が参加した。ゲストに招いたノンフィクション作家の堀川惠子さんとの真剣な意見交換に、久しぶりに強い高揚感を味わった。
「系列を超えて、本気で制作者が語り合う」。2006年からNHKと民放の番組制作者が自主的に開いてきた「福岡メディア批評フォーラム」のテーマだ。平日の夜、NHK福岡放送局・よかビジョンホールの300インチ大スクリーンに、1本の番組を投影する。鑑賞後は制作者との質疑応答。さらに席を居酒屋に移して、議論は深夜まで続く。「どうやってあんなシーンが撮れたのか」「あえてこの構成にした理由は?」。制作者はできる限り率直に答える。他局であっても、熱意ある制作者はまさに「同志」。2007年度はほぼ月に1回のハイペースで開催した。近年は年に数回程度に落ち着いているが、これまで53回も開催してきたのは、何より議論が楽しかったからだ。
コロナ禍で開けない時期もあったが、オンライン参加もできるようにしたので、福岡から東京に転勤したNHKの方や、熊本などの民放で番組制作に携わっている人も参加するようになっている。
<まずは300インチの大スクリーンで番組を鑑賞>
九州・沖縄全局から3ジャンルで上映番組募る
同フォーラム幹事のNHK福岡放送局・吉崎健さんが「放送文化基金が新設したイベント事業助成に応募して、参加対象を九州・沖縄に拡大してみたい」と提案したのは2024年4月だった。幹事は各局で報道局長や解説委員長を務める年配者だが、いつものとおり実務も若手に任せることなく、私たちですることにした。
最も重要なのは、初日のゲストの選定。一級のノンフィクション作品の書き手、堀川惠子さんにお願いした。私たち同様ローカル局の出身で、フリー転身後は在京民放キー局やNHKで番組を多数作ってきた。
視聴する番組は、3種類のジャンルを九州・沖縄の全局から募集することにした。「ミニ番組」は、ニュースの企画リポートなどから5分程度の推薦作を送ってもらい、在福の幹事の責任で系列ごとに1本を決定。当日は計6本を上映する。九州朝日放送(KBC)の楽しい企画『天才ひょっとこ少年』から、テレビ西日本(TNC)が緊迫した現場を取材した「大晦日の救急病棟」まで、幅広い作品が並んだ。
さらに「30分番組」「特集番組(1時間サイズ)」も各局から推薦してもらい、系列ごとに幹事が候補作を提案した。6系列の作品を幹事が視聴し、上映作品2本を決めた。30分番組はNHKのザ・ライフ『ルポ警固(けご)公園~私の声を聴いてほしい~』、特集番組はKBC『軽バンガール~私がこの道を進むワケ~』。上映作品がすべて在福局の作品となったのは、たまたま。「非の打ちどころのない番組ではなく、議論の題材となる番組」という選考基準の結果である。
制作した記者・ディレクターには当日参加してもらう。放送文化基金からの助成金は、堀川さんへの謝礼、会場運営・配信スタッフの人件費や遠方からの参加者への交通費補助に充てた。
初日のスケジュールは、次のとおり。
ミニ番組は、3作品ずつ上映した。登壇した制作者に、司会のTNC山口喜久一郎アナウンサー(冒頭写真の右端)が「なぜこの取材に取り組んだのか」など基本的な情報を質問した後で、堀川さんは優しい声で鋭く突っ込んだ。「映像より、今の説明の方が面白かった」。空気がピリリと引き締まった。
<時に優しく、時に鋭い堀川惠子さんの発言に場内も引き締まる>
どうしたらもっとよくなっただろうか、とみんなで考えてみた。「すごい映像が撮れているが、短すぎる。私なら『3日連続で枠をください』とデスクに交渉したと思う」と堀川さんが述べると、驚く参加者も。そう、わがままは言ってよいのだ。
先輩から後輩へたすきをつなぐ
30分番組の『ルポ警固公園』を制作したのは、入局1年目のNHK福岡局・鬼頭里歩ディレクター。行き場のない10代、薬物過剰摂取の実態に息をのんだ。取材するまでの人間関係づくり、その後のフォロー。鬼頭さんは複雑な取材過程を説明した。
堀川さんは「ナレーションはなくてもよかったかも」と意見を述べ、議論が広がった。「私たちはこの子たちを救うことはできないが、いろいろなタネが詰まった現場でした。これからの(取材人生の)出発点になるでしょう」と鬼頭さんの背中を押した。
初日のメインとなる特集番組『軽バンガール』は、軽バン(軽ワゴン車)で旅をする「多拠点ライフ」のウェブデザイナー(26歳)を、KBCで情報番組を作っている伊藤彩香ディレクターが全国各地で取材。撮影・編集を一人でこなした。
同世代の伊藤さんが撮影した主人公の自由な生き方に驚かされる番組前半から一転、公務員の父親が娘について「がっかりです」と話す後半、それを聞く娘の能面のような表情を伊藤さんのデジカメは映し出す。この生活はやはり「普通ではない」のか。ナレーションににじむ伊藤さん自身の揺らぎを、堀川さんは指摘。取材者の視点、立ち位置が議論となった。
<堀川さんの質問に答えるKBCの伊藤ディレクター>
堀川さんの多彩な取材体験を反映し、具体的なアドバイスがたくさん飛び出した。夜、NHKの食堂で開かれた懇親会では「少しでもお話しして何かを得たい」と堀川さんの周りに人垣ができた。あちこちで議論が続く。系列も地域も超える、仲間づくりの場となっていた(写真㊦)。
2日目は過去のアーカイブから名作3本を用意した。
▷『大地の絆~強制連行の48年~』(KBC、1990年)▷ETV特集『おじいちゃんと鉄砲玉』(NHK、2011年)▷『祭りばやしが聞こえる』(RKB毎日放送、1975年)。当時のカメラマンや編集担当者も元気に登壇、会場との活発な質疑が展開された。
九州沖縄各地からの参加者にとって、系列を超えた制作者の議論は、新鮮だったようだ。「こんな機会は初めてです」と興奮気味に語る若い制作者が目立った。今後も「福岡メディア批評フォーラム」にオンラインで参加してもらおうと、メーリングリストの登録希望者を募ったところ、約30人の登録があった。今後、オンラインで福岡での議論に参加してくるだろう。2006年から続くフォーラムの日常活動にも大きな効果が生まれ、私たち幹事の想像を超えるすばらしい会になった。