巨大プラットフォームとメディア 公取委がニュース使用料をめぐる「共同要請」を認めた背景とは?

平 和博
巨大プラットフォームとメディア 公取委がニュース使用料をめぐる「共同要請」を認めた背景とは?

規模と収益を誇る巨大プラットフォームとメディアとの関係が、大きく変わり始めている。焦点はニュースの使用料だ。

巨大プラットフォームは、メディアに対して圧倒的な交渉力を持つ。プラットフォームに掲載されるニュースの使用料交渉では、メディア側の劣勢が続いてきた。だが、その巨大プラットフォームに対し、各国で法規制の動きが相次いでいる。

日本でも6月下旬、公正取引委員会がニュース使用料をめぐるメディアの「共同要請」を認める見解を示した。

ニュース使用料をめぐる各国の動きの背景には、何があるのか?

「独占禁止法上問題となるものではない」

「本件取組は、独占禁止法上問題となるものではない」。公正取引委員会が622日に公開した、「独占禁止法に関する相談事例集(令和3年度)」の中の「報道機関によるニュースポータルサイト事業者に対する共同行為」への回答は、即座にメディア業界の注目を集めた。

相談事例集における相談者「X社(報道機関)」は、朝日新聞であることを同社が明らかにしている

相談内容は、ニュースポータルサイトによる記事や見出しなどの使用について、報道機関が共同で交渉にあたることが独占禁止法に抵触するか、という点だ。具体的には、報道機関が他の報道機関と共同で、①ニュースポータルサイト事業者に対し、記事提供契約が正しく履行されているかを確認するためのデータの開示を要請すること、②無断でニュース記事の見出しなどを利用しているニュースポータルサイト事業者に対し、提供契約を締結するよう要請すること、③ニュースポータルサイト事業者との間で締結するニュース記事などの提供契約のひな型を作成すること、の3つの事例を取り上げている。

これに対して公取委は、記事提供の価格交渉を共同で行うことは独禁法上の「不当な取引制限(カルテル)」となり得るが、データ開示の要請、契約締結の要請、契約ひな型の作成については問題とならない、とした。圧倒的な交渉力を持つ巨大なプラットフォームに対して、メディア側が価格以外の交渉や準備で足並みを揃えることを、公に認めたことになる。

そしてメディア側の交渉力を後押しする動きは、より踏み込んだ形で、各国で表面化している。

仏規制当局、罰金5億ユーロの衝撃

「グーグルは、暫定措置命令違反の決定に対する不服申し立てを取り下げる。これにより、2021年7月12日に競争委員会が科した5億ユーロの罰金が確定する」

公取委の発表の前日にあたる6月21日、フランスの規制当局である競争委員会は、プレスリリースの中でそう述べている。5億ユーロ(約700億円)という罰金は、競争委としては過去最高額だという。問題の焦点となっていたのは、グーグルによるフランスメディアとのニュース使用料交渉だ。そしてこの日の発表は、長く続いた攻防の、グーグルの敗北を宣言するものだった。

欧州連合(EU)では、グーグルなどの巨大プラットフォームによるニュースの利用に対して、メディア業界から「タダ乗り」との批判が高まっていた。これを受けて2019年4月、コンテンツ使用に対するメディアの報酬請求権を盛り込んだ新たなEU著作権指令が成立する。

この新著作権指令に基づき、各国に先駆けて国内法を整備したのがフランスだった。ところがグーグルがニュース使用料の支払いを拒否したため、AFPなどのフランスメディアが競争委に申し立てを行う。競争委は2020年4月、「グーグルの対応が、支配的地位の濫用に当たる」と認定し、メディアとの交渉に応じるよう暫定措置命令を出した。グーグルは不服申し立てをしたが、10月8日に退けられる。その1週間前の10月1日にグーグル最高経営責任者(CEO)のスンダー・ピチャイ氏が発表したのが、3年間で総額10億ドルを各国のメディアに支払うというプログラム「ニュースショーケース」だった。

「ニュースショーケース」は、グーグルニュースの新コーナーに各メディアのニュースコンテンツを掲載するという名目で報酬を支払う一方、メディアの本来のニュース使用料の請求権を事実上放棄させる仕組みだった。フランス競争委は2021年7月12日、「ニュースショーケース」は「メディアへの使用料の支払い回避」の戦略だったと認定。前年4月の暫定措置命令に違反したとして、グーグルに罰金5億ユーロの支払いを命じた。グーグルは不服申し立てを行ったが、前述の競争委の発表の通り、最終的には巨額の罰金が確定した。

グーグルは不服申し立ての取り下げと合わせて、メディアとのニュース使用料をめぐる交渉について、「誠実な交渉」「報酬額評価の透明性に必要な情報の通知」「交渉不調の仲裁手続き」などを定めた改善措置をまとめ、競争委に提出している。

さらにグーグルは、フランス競争委の発表翌日の6月22日に、スペイン版グーグルニュースの再開を発表した。グーグルは2014年、スペインの著作権法改正でニュース使用料支払いの義務化が盛り込まれたことを受け、同年末をもってスペイン版グーグルニュースを閉鎖していた。規制当局との長い攻防の決着と5億ユーロという巨額の罰金によって、巨大プラットフォームはメディアとのニュース使用料交渉のやり方を学んだ、とも言える。

オーストラリア、そしてカナダへ

EUとともに、ニュース使用料をめぐる巨大プラットフォーム規制の動きが世界的な注目を集めたのは、オーストラリアだった。

オーストラリアでは2021年2月25日に、メディアの交渉力を後押しする強力な新法「ニュースメディア・デジタルプラットフォーム契約義務化法」が成立した。同法はその名のとおり、ニュースを使用するプラットフォームに対し、メディアとの使用料支払い契約を義務付けている。交渉が決裂した場合には、仲裁機関が強制力のある裁定を出す仕組みになっており、メディアに強い交渉力を与える内容だ。そして、メディアとの使用料契約を締結済みのプラットフォームは、同法の適用対象としない、という建て付けになっている。法律で強制されたくなければ、早めに契約を締結せよ、とのメッセージだ。

同法が標的としたのはグーグルとフェイスブックの2社だ。法案審議の攻防で、両社はサービス撤退を掲げて瀬戸際戦術を展開した。だが、最終的には折れ、相次いでオーストラリアメディアとのニュース使用料契約に応じた。

同様の動きはカナダにも波及した。カナダ文化遺産省は今年4月5日のプレスリリースで、新法案「オンラインニュース法」の内容を明らかにしている。それによると、同法案は「オーストラリアの同様の法律に基づいて、その手続きにおける公的な説明責任と透明性をさらに高めたものだ」という。

「算定基準の明確化を」公取委が指摘

これらの動きの背景には、ソーシャルメディアなどによるインターネット空間の急拡大とフェイクニュース氾濫の深刻化、そして正確な情報の発信を担うべきメディアの地盤沈下という状況がある。

EUは202012月に公表した「欧州民主主義行動計画」で、このような状況を民主主義への脅威と捉え、公正な選挙の促進、偽情報(フェイクニュース)への対抗、そしてメディアの強化を、対策の三本柱に挙げている。また、この方針を具体化した「欧州メディア自由法」策定も検討中だ。

日本においても、インターネットの拡大とメディアの地盤沈下は加速し続ける。電通が今年2月24日に発表した「2021年 日本の広告費」では、インターネット広告費がマスコミ四媒体広告費を初めて上回った。博報堂DYメディアパートナーズが5月25日に発表した「メディア定点観測2022」では、メディア接触時間で「携帯電話/スマートフォン」が「テレビ」を上回り、首位となった。

インターネット広告売上高の大半を占めるのが巨大プラットフォームだ。ニュース使用料をめぐる巨大プラットフォームとの交渉力の格差は、メディアの足元をさらに脆弱なものにしていく。公取委によるニュース使用料をめぐるメディアの「共同要請」についての見解は、このような内外の状況を踏まえている。

公取委は昨年2月17日、「デジタル・プラットフォーマーの取引慣行等に関する実態調査報告書―デジタル広告分野の取引実態に関する最終報告書」と題した154ページに及ぶレポートを公開。この中で、ニュース使用料の問題も取り上げている。

レポートでは、EUやオーストラリアの動向も参照しながら、プラットフォームによるニュース使用料の算定基準が曖昧だとされる問題について、公正な競争を促進する観点から「算定に関する基準や根拠等について明確にされることが望ましい」などと指摘していた。プラットフォームのデータ開示について、メディアによる「共同要請」を認めた今回の公取委の見解は、この指摘の延長線上にある。

民主社会の基盤となる正確な情報の流通を、どう担保していくのか。各国で相次ぐ動きの背景には、そんな国境を越えた懸念が色濃く影を落としている。

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