【対談 山下洋平 × 澤康臣】権力を監視し声を上げるのは記者の役割 ゲーム条例の取材から(後編)

編集広報部
【対談 山下洋平 × 澤康臣】権力を監視し声を上げるのは記者の役割 ゲーム条例の取材から(後編)

(前編はこちら)

パブコメ意見を情報開示請求

 行政が行うパブリックコメント(パブコメ)に関しては、情報開示請求して取材されました。資料が出てきたその日に報道されていますよね。時間との闘い、これはもう大変だったのではないですか。

山下 そうですね。資料を取りに行ったのは午後3時ごろでした。夕方6時15分のローカルニュースに出せるかどうか、見てみないと分からないなと思いながらも、A4用紙約4,000枚、段ボール3箱分のパブコメ「原本」を個人情報を黒塗りしたうえでコピーされたものを持ち帰り、スタッフ数人を集めて見て、意見の中に明らかに全く同じ文言があることがすぐに分かったのです。そこで、まずはどこよりも早く速報で出すぞと言って、慌てて作業しました。

 その時、他社との競争も考えましたか。

山下 そうですね。朝日新聞も情報開示請求していたので、新聞に翌朝出ることも意識して、半日早く出すぞということは考えました。

 そのエネルギー、そして競争はすごく大事だと思います。しかし、そうはいっても、実質1時間ぐらいしかない中で、どのような作業をしたのでしょうか。

山下 何が出てくるか分からないという状況でしたが、最初に全く同じ文言が続いて出てきましたので、まずはここに注目して、編集の時間がないので生に近い感じでした。私がしゃべっているところをそのまま放送すれば編集の必要はないという、"撮って出し"みたいな感じですね。本にも書いたんですけど、パブコメの意見には似たような文言のパターンが大きく4つぐらいあり、これを数えたら120件ぐらい出てきたから、それを積み上げて、今日伝えるならこれだと。

 調査報道でいうところの"筋読み"ですね。まず、第一報はそれを伝えておいて、数日後にもう少し詳しい内容を伝えましたよね。そのときに、他社の動きはどうでしたか。

山下 一報で取りあえず1分半ぐらいはやっているので、続報は2日後だったから、7分ぐらいの解説みたいな形で2日間かけて調べたことをまとめて伝えました。テレビではNHKは時々扱っていましたが、ほかの民放は全然取り上げていませんでした。

 山下さんがこの問題の中心的な記者として報じていることで、地元での注目とか、山下さんへの情報提供だとか、その辺りはどうでしたか。

山下 それはありますね。私はツイッターをやっているので、ゲーム条例に関するニュースをシェアしたりするんですけど、すごく反応が大きいし、それが励みになります。条例ができてから1年もたつと、関心が薄れてくるのは当たり前だと思うんですけど、ゲーム条例に関しては、出すたびにツイートとかもたくさんあって、いまだにみんな関心を持ってくれていることを感じています。

旗を立てる効果

 今、マスコミ業界は、守りに入っているとよく言われますよね。でも、山下さんが今回やっていることは、明らかに攻めの仕事です。それがいい反響を呼んでいるとお考えですか。

山下 そうだと思いますね。後輩にも言うんですけど、"旗を立てる"というか、この問題はKSBが、山下がやっているぞということをちゃんと示すことによって情報が来るんですよね、実際。「KSBだけはこの問題をずっとやってくれている」といったことを直接言われることもありますので、励みになります。

 "旗を立てる"とは、この問題は自分がやっている、自分が攻めていると示すということですね。そうすると情報が来る。例えばどんなことがあったんですか。

山下 ゲーム条例の関連でいうと、私はパブコメの水増し疑惑をいまだに探っているんです。本の最終章に書かせてもらった、「人から頼まれて賛成意見を投稿してしまった」という方にたどり着くきっかけになった情報提供がありました。私の報道姿勢を見て「KSBなら」ということで、条例に対して違憲訴訟を起こした当時高校生に、一番初めにインタビューを受けてもらったこともあります。

 取材に協力する人が増えてくる。そして、情報が提供されるという循環が起こるということですか。

山下 それはあります。これは、ゲーム条例の取材に限らないことですね。

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独自取材は柱になる

 今のメディア界は、あえて火中の栗を拾うようなことをしない空気感がちょっとありますよね。今回の「ゲーム条例」の件は、そういう人たちに向けたメッセージのような気がしました。

山下 そこが私たちの存在意義というか、そこを忘れちゃったら何が残るの、という思いです。

 勇気を出してやれば、視聴者・市民が必ず見てくれているし、評価される。

山下 それは絶対にそうだと思います。ただし、独自取材には責任が伴います。いわゆる発表ものは一番楽だし、間違いもない。それに比べると、独自取材に穴があったら大きな問題になる、という緊張感もある。裏を取ろうとして、取り切れずに出せなかったネタだってあるんですよ、私にも。でも、取材を尽くすというのは基本原則ですよね。それはしんどいですけど、やりがいはあります。

今、どのチャンネルを見ても同じニュースしか放送していないじゃないかと強く思っています。極論ですけど、だったらもうそんなにチャンネルはいらない、ということになると思うので、自社だけで出せるものにこだわっていかないといけない。発表によらない独自取材は今後の鍵というか、一つの柱に絶対になると思うんですよね。

 若手や中堅で、発表によらない独自取材や調査報道をやってみたいという人は結構いそうな気がしますが、どういうアドバイスをされますか。

山下 一歩踏み込んだ取材をすれば、見えてくるものっていっぱいあると思うんです。日常みんな忙しいのは分かるんですけど、何か一個でも「おや?」と思ったネタを突き詰めていくだけで絶対に見えてくるものがあると思います。普段だったら1で終わるものを、2、3、4、5ぐらいまでぐっと詰めていくだけで、だいぶ変わってくるんじゃないかと。

 一方、上司の心得としてはどうなんでしょうか。

山下 もう、腹をくくってもいいんじゃないかなと思います。「特落ち」(同業他社の多くが扱っている出来事を伝えられなかった状態)を推奨はしませんが、特落ちしないことに重きを置き過ぎて目先にとらわれた評価よりも、信頼を獲得できるような報道を目指すという旗をそれぞれの局が立てていくと、長い目で見たら絶対に私たちの生き残りにつながっていくと思うんですよね。今の幹部の人たちが思っているよりも、報道の信頼は落ちていると思うので。それを今までどおりの感覚で狭い枠の中で、「勝った・負けた」「抜いた・抜かれた」というレベルの話で記者を評価して、縦割りしてみたいなことを重視して、それこそ調査報道とかに労力を割けない環境をつくっていると、本当に5年後、10年後、15年後には、もう駄目になってしまうんじゃないかと思います

 取材の中でこれはきついなという場面、たとえば取材が苦しい、本当に難しい取材だと思ったことはありましたか。

山下 そんなになかったですね。逆に、「やった!」という場面もそんなにはないですね。何かを暴いたということもないし、パブコメの真犯人にもたどり着けていない。結局、条例も何も変えられてはいないんです。この条例に関して何かいい方向に転換したということはないので、反省しかない。

ただ、次に同じことはさせないぞという抑止力じゃないですけど、くさびは打ち込んでいるという感覚はある。だから、県議会がまた何か別のもので同じような条例をつくろうとしたときに、たとえば委員会を非公開にしたら、絶対にまたKSBの山下が突っ込んでくるぞと思うだろうから。そういう意味でしつこくやり続けているのは、第2のゲーム条例を防ぐ効果はあるだろうなと思っているんです。

 それは、これから調査報道取り組む人に対して、すごく強いメッセージですよね。話題になったこと、ブームになったものをうちも取り上げなければ、というのはよくあることじゃないですか。そうではなくても大丈夫ということですか。

山下 そうですね。ちゃんと見てくれている人がいるのが支えになっているし、逆に言うと、私もそうでなければと思います。いい報道があれば、私は他社でも応援します。この報道はすごいということを、系列だとかは関係なく言っていく考えです。その記者は頑張っていると思うんです。でも、ひょっとして、もういいんじゃないかという空気が社内にあったとしたら、外から見ている人がいるよ、ということを伝えてあげることも大事なんじゃないかと思います。

【2023年5月25日(木)民放連にて収録】


山下 洋平(やました ようへい)1979年香川県生まれ。東京大学文学部卒業後、瀬戸内海放送入社。ニュース取材やドキュメンタリー制作を行う。著書に『あの時、バスは止まっていた 高知「白バイ衝突死」の闇』(SBクリエイティブ)『ルポ ゲーム条例 なぜゲームが狙われるのか』(河出書房新社)がある。

澤 康臣(さわ やすおみ)1966年岡山市生まれ。東京大学文学部卒業後、共同通信記者として1990~2020年、社会部、外信部、ニューヨーク支局、特別報道室で取材。タックスヘイブンの秘密経済を明かしたパナマ文書報道などを独自に調査し、報じた。2006~07年、英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所客員研究員。2020年4月から専修大学文学部ジャーナリズム学科教授。著書に『事実はどこにあるのか 民主主義を運営するためのニュースの見方』(幻冬舎)がある。

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