深夜枠でグルメ系のドラマが花盛りの2020年。テレビ大阪でも19年1月に『面白南極料理人』、同年7月にカクテルをテーマにした『まどろみバーメイド~屋台バーで最高の一杯を。~』などを放送し、次の作品を模索しているところでした。マイナス54℃の極寒の南極基地で食べる南極グルメから、もはやグルメと言えるのかも分からないカクテルをテーマにしたドラマまで挑戦しましたので、新機軸のグルメドラマを生み出すのは難しいと考えていました。そんな中、実在するレトロな名建築の中でランチを食べ歩くという企画の提案がありました。
この企画にひかれたのは主眼が「レトロな名建築巡り」に置かれていたところです。当時グルメドラマが飽和状態だったこともあり、その次を考えた時、こういった趣味をテーマにしたドラマは新鮮で面白いのではないかと思いました。私自身はル・コルビュジエやフランク・ロイド・ライトなどの名前を知っている程度でしたが、いざ調べてみると国内には日本人建築家による歴史的な建物が数多く現存している事が分かりました。
<名建築の中で昼食を食べる主演の池田エライザさん>
ドラマで取り上げた目黒区総合庁舎やビヤホールライオン銀座七丁目店など、身近なところにも実は名建築は存在していたのですが、敷居が高いイメージで、外観を見て素敵だなと思っても中に入ることはありませんでした。そんな私のような思いをされた方たちにこのドラマをとおして、楽しみ方や、愛でるすべをお伝えすることで、「名建築巡り」という新たなカルチャーに興味を持ってもらえるのではと考えました。
俳優のアドリブが持ち味
作品づくりに関しては、19年の年末に同じ制作チームでドラマとドキュメンタリーを組み合わせた『ちょこっと京都に住んでみた。』というスペシャルドラマを制作し、手応えを感じていましたので、『名建築で昼食を』でも同じ手法を取り入れることにしました。
俳優同士の掛け合いなど、きっちり脚本のあるパートとあえて作り込まないドキュメンタリーパートを織り交ぜることで虚実入り混じるシームレスな雰囲気づくりを目指しました。脚本家と監督の緻密な計算の上で成り立つ「ドラマ×ドキュメンタリー」という特殊な構造ですが、時に俳優陣のアドリブがわれわれの想像の上をいく瞬間もあり、そこがほかにはないこのドラマの持ち味の一つなのではと考えています。
<池田エライザさん㊧、田口トモロヲさん>
20年に7月クールに東京編、同年の年末にスペシャルで横浜編を放送しましたが、最近は番組のマルチユースで放送後に各プラットホームでも配信をしているため、長い時間をかけて、より多くの方に作品を見ていただけているという印象があります。視聴者の方からご当地の名建築を推薦するSNSの投稿が度々あがることもあり、名建築を愛でるというカルチャーが少しずつですが広がっているのを肌で感じ、大変うれしく思っております。
新しい大阪のイメージを届ける
そんな視聴者の皆さんの声援もあり、今回テレビ大阪の開局40周年を記念し、8月17日から『大阪編』(水、24・00―24・30 ※テレビ東京では26・35―27・05)を放送することになりました。私自身大阪出身なのですが、大阪というとコテコテなイメージで、実はそんなに洗練された建物があるとは思っていませんでした。連続ドラマにするには結構な数のロケ地が必要になるので、制作できるか不安もありました。
そして、取材の際に私もロケハン(撮影場所を探すこと)を一緒に回ってみたところ、意外や意外、知らないだけで結構あるのだなと驚きました。例えば、今回取り上げた大阪市中央公会堂は中之島地区のシンボルのような建物で、私自身、前を頻繁にとおっているのですが、中に入ったことはありませんでした。実際に中に入ってみるとあまりのスケールの大きさとその美しさに度肝を抜かれました。1、2階が吹き抜けになっており、シャンデリアが美しい大正期のネオ・ルネッサンス建築、天井画のモチーフが日本神話という和洋折衷なデザインの調和が素晴らしい貴賓室など、目を見張る景色がそこに広がっていました。なぜ今まで知らずに大阪で過ごしてきたのか、少しもったいない気持ちと同時に、こんな素敵な名建築が存在することを大阪人として誇らしいとも思いました。
<大阪市中央公会堂(大阪市北区中之島)>
ド派手な看板やコテコテで猥雑な街並みがステレオタイプに取り上げられる大阪ですが、中央公会堂のような洗練させた名建築が存在することを地元の人にも、全国の人にも知ってもらいたい! そんな思いが沸々と湧きあがったのを覚えています。
なので、「大阪編」のミッションは、今まであまり見たことのない‟ちょっとお洒落で新しい大阪"を皆様にお届けすることだと考えています。「えっ、ココが本当に大阪?」と感じていただければ狙いどおりで(笑)。少しでもイメージアップにつながればうれしいです。
ドラマ制作をしていく中で、私に新たに芽生えた思いがあります。それは文化的価値のある建物を未来につなぎたいという思いです。その価値が認められることなく姿を消す近代建築を最近よく目にします。私の勤務地の銀座周辺でも黒川紀章設計の中銀カプセルタワービルや、丹下健三設計の旧電通本社ビルなどが今年に入って解体されています。保存にかかるコストやエリアの再開発など理由はさまざまかと思いますが、銀座の街を彩った歴史的な名建築が姿を消すのは非常に残念です。
今回の大阪編では商業ビルとして今も上手く活用しながら保存している、戦前に建てられた名建築を数多く取り上げました。令和の時代にひと際目を引く、昭和にタイムスリップしたようなレトロな建物、その価値は唯一無比なはずです。世の中の人たちが古き良き名建築に少しでも関心を持ち、そして価値を見いだし、次世代に残していこうという機運が高まることを切に願っております。
< 生駒ビルヂング(大阪市中央区平之町)>