テレビ放送開始70年 いま考えておくべき課題~塚田祐之の「続・メディアウォッチ」⑧

塚田 祐之
テレビ放送開始70年 いま考えておくべき課題~塚田祐之の「続・メディアウォッチ」⑧

日本でテレビ放送が始まって来年で70年を迎える。1953年2月にNHK、8月に民放の日本テレビ放送網が本放送を開始した。私は前年の52年3月の生まれなので、テレビとほぼ同じ時代を歩んできた。

NHKではすでに、テレビ放送開始70年特設サイト「テレビ70」の公開を始めている。70年にわたるNHKのほぼ全ての定時番組と主な特集番組、大河ドラマや朝の連続テレビ小説をはじめとしたなつかしの番組、さらに「NHKニュース 1953-2020」などを、一つ一つの動画コンテンツとして見ることができる。

私はNHK40年あまり、主に番組ディレクターとしてニュースや報道番組の制作に携わってきたので、動画コンテンツを見ていると、映像の細かなカットに懐かしさを感じるとともに、「あの時、こうしていたら......」という自責の念も沸き上がってくる。

テレビ放送開始70年を前に、私の放送現場での経験と、テレビのこれからに向けていま考えておくべき課題をまとめたい。

減災情報をどう届けるか

テレビの大きな使命は、放送の特性である速報性と同報性を生かして、人々の生命や財産を守ることだ。「災害は進化する」といわれている。最近は100年に1度ともいわれるような大雨や災害が、各地で頻発している。

地震や噴火、台風や大雨などの自然災害は、その時ごとに違った様相をみせる。しかも、緊急報道は極めて限られたわずかな情報からはじまる。長年、緊急報道に携わったが、「想定外を想定すること」の難しさを常に痛感してきた。

2011年3月11日、午後2時46分、マグニチュード9.0の巨大地震「東日本大震災」が発生した。地震と津波により死者、行方不明者があわせて18,000人を超える甚大な被害を受けた。地震発生時、総合テレビでは国会中継を放送中で、突然、警報チャイム音とともに強い揺れに警戒を呼びかける「緊急地震速報」が流れ、緊急報道に入った。3分後には気象庁が「大津波警報」を発令。さらに地震から28分後には予想される津波の高さを「宮城県10メートル以上」などと引き上げた。

その時にはすでに、海岸沿いに設置していたロボットカメラが、海水が盛り上がり、陸上に押し寄せる大津波を各地でとらえていた。多くの住宅や建物、車などを押し流し、大きな船やタンクまでもが流されていく映像が生中継で放送された。しかしその時、テレビは避難の呼びかけを繰り返す以外になすすべがなかった。

福島では、津波による電源喪失により東京電力福島第一原子力発電所の事故が起こり、多量の放射性物質が拡散。多くの住民が避難を余儀なくされた。事故直後、事態が深刻化する中で、政府や東京電力などの情報が錯綜した。マスメディアに対しても、当時のウェブ調査では「本当に正しい情報を伝えているのか」「評価が甘い情報が目立ち、信ぴょう性に疑問を感じる」などという厳しい批判が寄せられた。

テレビはこれまでの70年、一つひとつの災害に際して、被害の状況や実態、住民への影響などを迅速に詳しく伝えるとともに、災害から浮かび上がった課題や今後に生かすべき教訓など、さまざまな視点からの報道に取り組んできた。同時に、避難の呼びかけの伝え方をはじめ、放送で必要な改善策を具体的に進めてきたはずだ。

しかし、放送は、災害時に一人でも多くの命を守るために何をすべきか、緊急時に住民が本当に必要な情報をきちんと届けられているか、という根源的な課題に行きつく。

いま、これまで以上に求められているのは、災害によって被る被害を最小限にするための「減災情報」ではないか。近年、「大雨特別警報」や「記録的短時間大雨情報」の発表が急増している。ほぼ同じ場所に長く大雨が降る「線状降水帯」の発生も相次いでいる。「100年に1度」、「数十年に1度」といわれるような膨大な量の雨が狭い地域に降り、大きな被害をもたらす災害が全国各地で頻発している。

放送は、基本は都道府県をもとにした「面」で情報をカバーしているが、最近の豪雨災害ではより狭い地域の「点」や「線」の情報が求められるようになってきていると感じている。テレビでは、画面をL字型や逆L字型に分割して、文字で災害情報を伝える手法が定着している。しかし、危険が差し迫っている人々に、必要なタイミングで的確な情報が届いているのだろうか。

減災情報をどう届けるのか。"放送品質"の正確な情報をもとに、プッシュ型のネット配信と組み合わせるなど、情報難民を出さないためにも、官民挙げた取り組みと役割の整理が必要な時代に入ってきたのではないか。自然災害の変化を見つめ、いま考えておくべき課題だと思う。

事実に基づく徹底討論を

政治番組の制作の現場に13年あまり携わった。日曜日の朝9時。『国会討論会』『討論』『日曜討論』と、テレビで65年続いている討論番組を数多く制作した。

「日曜日の朝、政治が動く」と言われた時代があった。1990年代。「政治とカネ」が大きな政治課題となり、日本の政治の激動期でもあった頃、日曜日の朝には、フジテレビ系の『報道2001』、NHKの『日曜討論』、テレビ朝日系の『サンデープロジェクト』と、政治家が出演する3つの討論番組が連続していた。同じ出演者が場を変えながら討論を続け、その週の政治の動向が決まることが何度もあった。

視聴者が見ている場で、政治のキーパーソン同士が討論を展開する――。テレビが、国民と政治とを近づける役割を果たしていた時代でもあったと思う。

2005年から始まった『日本の、これから』は、視聴者30人あまりと専門家等が直接討論する、当初は生放送の長時間番組だった。議論は「本音」で「予定調和なし」で行い、「格差社会」「アジアの中の日本」など意見が分かれる骨太のテーマを率直に語り合った。

かつてはこのように、テレビを通じて、政治と視聴者の距離が近かった時代があった。しかし、最近は、テレビから本格的な討論番組の多くが姿を消している。むしろ、論点を映像とパネルでわかりやすく整理し、スタジオのコメンテーターが持論を展開するような番組が多くなった。なぜだろうか。

SNSを通じて、だれでもが自分の言いたいことを自由に発信できる時代になり、「討論」の必要性を感じない人が増えているのではないだろうか。

インターネットを使った検索では、利用者の好みにあった情報が上位に表示される。こうした状況の中で、自分に近い考え方の意見ばかりを読んで自分の正当性を高め、意見の違う相手を徹底的に攻撃する傾向が強まっている。多様な意見をもとに、議論を通じて課題解決の方向性を探るのではなく、むしろ意見の分断化が進んでいるのではないか。

いま、世界が地球規模で連携して解決しなければならない問題が山積している。気候変動問題、脱炭素社会の実現、貧困、食料、エネルギー、安全保障......。「自国第一主義」が台頭する中で、それぞれがそれぞれの意見を一方的に言い合うのではなく、意見を自由に出し合い、解決に向けた建設的な議論が必要な時代になっていると思う。

そのためには、「事実」の認識をそろえたうえでの骨太の徹底討論が求められる。放送は公共の広場だ。SNS時代に新たな討論の場をどう提供できるか、テレビが考えていくべき課題だと思う。

放送ジャーナリストとしての覚悟

戦後77年。日本が戦争や紛争の直接の当事国になることなく、テレビは70年を迎える。しかし、今年ほど戦争を身近に感じた年はなかったように思う。

国連5大国の一つのロシアがウクライナに侵攻し、すでに半年が過ぎた。戦闘は長期化し、国連の集計によれば、これまでの半年間で民間人の死者は5,500人を超え、双方の兵士を含めた犠牲者がいまも増え続けている。世界中の物流や、食料、エネルギーなどにも大きな影響を及ぼし、日本でも電気、ガス料金や食料品などの値上げが相次ぎ、暮らしを直撃している。国際社会はなぜ、ロシアの侵攻を止められないのか。

NHKスペシャル『戦火の放送局~ウクライナ 記者たちの闘い~』(8月7日放送)を見た。ロシア側が仕掛けるプロパガンダの実態と、ウクライナ政府から課せられる戒厳令下の報道規制。その中で、母国が戦場となった時、ジャーナリストたちは戦争をどう伝えていくのか。ウクライナの公共放送「ススピーリネ」の記者たちの苦悩を追っていた。自分の目で確認した情報を伝え、事実を掘り起こして記録し続けること。そして犠牲者一人ひとりの生きた証を刻むこと。記者たちの闘いが続いている。

この番組を見ながら、いまはあまり聞かなくなった「放送ジャーナリスト」という言葉を思い出した。「放送ジャーナリスト」とは、放送の特性である映像や音声を生かして、物事の本質を見抜き、人々に真実を伝える専門的な仕事だと教えられていた。私が報道現場で番組制作にあたっていた頃は、放送で取り上げる内容や、伝えるべき立ち位置をめぐって、深夜まで激しい議論をしたものだ。

3年続く新型コロナウイルスの報道を見ても、未知のウイルスを前に、その時々の対応に追われ続け、なかなか信頼できる正確な情報がつかめない。二転三転する政府の対応方針の報道ばかりが目に付く。その結果テレビでは、起こっている事象を映像とパネルで伝える解説と、専門家やコメンテーターの意見ばかりが繰り返されていないだろうか。

「危機の時代」が続くように思う。日本に安全保障上の危機が及んできた時、さらに新たな感染症のパンデミックが起こった時など、未曽有の事態に直面した時に「放送ジャーナリスト」は、どんな報道姿勢がとれるのだろうか。

こうしたことを考えながら、テレビ70年を見つめている。

最新記事