「音楽的刺激剤」として変化をつくる ラジオのジングルが果たす大きな役割

斎藤 日出夫
「音楽的刺激剤」として変化をつくる ラジオのジングルが果たす大きな役割

今回、「民放online」からラジオのジングルについて、制作の背景、役割や価値、こだわりなどを書いてほしいというお話をいただきました。私はこの6月にJ-WAVEを退任しましたが、昔のことはよく覚えているのでまとめてみます。

1つのメロディに集中

その昔、「アメリカで聴いたラジオは、スピード感があって、とてもカッコよかった!」という体験をお持ちの人も多いと思う。これは「ジングル」の存在が大きい。番組制作に携わる誰もがカッコいいジングルが欲しいと思うように、1988年開局のJ-WAVEは放送局としてこれを欲し、たくさんのジングルを作ることを編成方針とした。

J-WAVEのジングルは、Frank Cody(フランク・コーディ)さんに制作を依頼した。このCodyさんとの出会いが大きかった。

彼は3つの顔を持っていた。まず1つ目は、Smooth Jazzのフォーマットで有名になったL.A.の人気FMステーションKTWVの番組プロデューサーだったこと。当時、ジングルを専門に作る制作会社は日本にもアメリカにもあったが、ジングルを使う立場であったCodyさんに頼むことにした。彼は演出する側なので、ジングルの重要性とわれわれが欲しがりそうなものを知っていたからだ。

メロディは変えずに、リズム、テンポ、キーを変え、たくさんのバリエーションを作ってもらった。長さも主力の10秒から、60秒を超えるものまで。オリジナル・ジングルその数はなんと800! そのほかにも、「こんなジングルが欲しい」とリクエストすると、期待以上の作品を短期間で完パケにして送ってくれた。

なぜこんなにもたくさんのバージョンが作れたかというと、2つ目の顔、レコード・レーベルを持っていたからである。ミュージシャン、アレンジャーとのつながりも深く、トップクラスのスタジオ・ミュージシャンをそろえ、歌もグラミー賞ノミネート・シンガーからキッズのコーラスまで、カラフルにアレンジできた。

ここで重要なことがあった。バリエーションは増やしても、その根底には必ずあのメロディがあり、あのメロディを変えないという方針が、CodyさんにもJ-WAVEにもあった。このこだわりは大切なことだった。1つのメロディに集中したからこそ、すぐにリスナーの皆さんに伝わり、J-WAVEを覚えてもらえたのでは、と思っている。

さらにCodyさんには3つ目のすごい顔があった。あのステーション・ジングル「♪エイティ ワン ポイント スリー ジェーイ ウェーブ」の生みの親、つまり作曲者である。JASRACに登録してあるので、今もなお、作曲印税が届いているはずである。そう、ビジネスマンの顔もあったので4つの顔を持っていたのかな。いや、もっとかもしれない。

0ece21np6M0cn7o1662626548_1662626568.jpg<ステーション・ジングルの譜面

ところで、このステーション・ジングルをいち早くテレビで紹介してくれたのはタモリさんだ。『笑っていいとも!』で開局したばかりのJ-WAVEを話題にしてくれ、「♪エイティ ワン ポイント スリー ジェーイ ウェーブ」と歌ってくれた。感謝です。

「スマート感」「スピード感」を与える

さて、いいジングルがたくさんできたのでカッコよく使いたい、単なるコーナー明けなどのアテンション・ゲッターにはしたくない、演出効果がなければもったいないなど、あれこれ悩んだ。「編成方針」とそれに沿った番組づくりがそれを解決した。

開局当時、「編成方針」に沿って番組が作られた。「洋楽中心のノンジャンルの音楽ステーションを打ち出す」「出演者をナビゲーターと名づける」といった局としての基本的な編成方針と並んで、次のように「音楽と連動する」具体的なものも多かった。

・ステーション・ジングルをたくさん作り、効果的に多用する
・連続して曲(M)をかける場合、つなぎが良くない時はジングルを間に入れ、つなぎを良くするなど、ジングルを音楽的に活用する
・ワイド番組のナレーション(NA)は、すべてBGMを敷いて素ナレはなくす
・時報はメロディの美しい「Singin' Clock」を使う 
・ニュース、交通情報、天気予報にそれぞれオリジナルのBGMを使う  
・CMも音楽中心に作る
・ステーションブレイク(番組と番組の間のスポットCM枠)をなくし、番組と番組が連続する流れをつくる

細かな話になるが、例えば1つのワイド番組で、「ジングル~M1~NA~M2~Singin' Clock~CM~M3~NA~ジングル~ニュース~M4~交通情報~M5~ジングル~M6」という構成があったとすると、BGMを含む音楽が、リレーのように次々とバトンタッチし、途切れのない音楽の流れをつくることができた。次の番組への移行も、ステーションブレイクはないので、スポットCMで途切れることもなく音楽でつながっていった。

特に「プップップッ キューン」という音が浮かぶ時報は「Singin' Clock」と名づけ、きれいでゆったりとしたメロディを女性シンガーが歌いながら時刻をお知らせする。これもCodyさんが制作した。

さらに、「ニュース」「交通情報」「天気予報」にそれぞれオリジナルのBGMを作った。「Traffic Information」は、Chick Corea(チック・コリア)氏の作曲&演奏。「Weather Information」は、David Benoit(デヴィッド・ベノワ)氏。ちなみに現在は両方とも小曽根真氏の作曲&演奏。これらの情報枠のBGMは新しい試みとして、聴感上のJーWAVEを新鮮なものにしてくれた。   

以上は、J-WAVEが当時目指した「どんなシーンでも音楽が連続して聴こえているフォーマット」を実現させた。しかし、きれいな流れは単調になりやすく、すぐに飽きられてしまう。刺激が必要だ。そこでジングルを「音楽的刺激剤」にした。ポイントごとに印象的なジングルを打ち、変化をつくった。ジングルはたった10秒で場面の転換を可能にした。

ラジオ局にとって、自局の周波数を覚えてもらうことはとても重要なことだ。J-WAVEの場合、あのメロディによって、初めて聴く「J-WAVE」という名前と、中途半端な「81.3」という数字をセットで覚えてもらえたという点で、ジングルが果たした役割は大きかった。

そして、極論すればオンエア上なくてもいいジングルに多額の制作費を使って800も作ったのは、編成方針の重要なエレメントだったからだが、その結果、これらのジングル群がJ-WAVEに聴感上の「おしゃれ感」「スマート感」「スピード感」を与えてくれた。大切な財産である。

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