マスコミ倫理懇談会全国協議会は9月29―30日、第64回全国大会を盛岡で開催した。新型コロナ報道や東日本大震災、メディアにおけるジェンダーなどをテーマに、全国94社・団体から317人(会場192人、オンライン125人)が参加し議論を重ねた。
【記念講演】
東京大大学院の渡邉英徳教授が「災害・戦災の記憶を未来につなぐデジタルアーカイブ」と題して講演した。広島・長崎の原爆投下や沖縄戦、東日本大震災などの体験者・犠牲者の記録を、デジタル技術を駆使してアーカイブ化してきた取り組みを紹介。「デジタルアーカイブは地元のメディアの力や社としての思いがあってこそ成立する」と述べるとともに、未来を担う若い世代の主体的な活動への期待を語った。
【分科会A】
発生から11年が経過した東日本大震災をめぐり、報道の課題と次への備えを検討した。福島の地元紙や震災の語り部とともに、民放から岩手めんこいテレビの佐々木雄祐氏がパネリストとして参加。東北放送時代に震災を経験した佐々木氏は大川小学校などの取材に注力した実績があり、「学校防災のアップデートに向け、地域を越えたメディアの連携で発信力を高めていきたい」と意気込みを語った。また、CBCテレビの日角真氏は、災害を自分事として捉えることの重要さを説き、「1959年の伊勢湾台風にはリアリティを感じてもらえない。研究者と連携し、当時の白黒映像をカラー化して分かりやすくした」と、テレビ局ならではの工夫を紹介した。
【分科会B】
テーマは「原発事故をどう伝え続けるか」。自治体、メディア、住民らが、今も続く東京電力福島第一原発事故の影響と報道の役割を語り合った。原発を抱える双葉町の徳永修宏副町長らは、町の復興に向けた取り組みなどを説明。徳永氏は「原発事故への世の中の関心の低下を感じる」としたうえで、「住民の居住開始など、明るい話題だけでは真実は伝わらない。課題や影の部分も正確に報じて」と報道の継続を訴えた。地元局からは、福島テレビの井上明氏が報告。「帰還困難区域」といった事故特有の言葉の難しさのため、現状が十分に伝わっていないとの懸念を示し、「地域の出来事を地域の人に分かりやすく伝え、さらにそれを全国や世界に発信する必要がある。そのためには、報じる側が熱意を持つこと、挑戦する姿勢が欠かせない」と、ローカル局に求められる役割を述べた。
【分科会C】
実名報道の原則と実践について検討した。京都大大学院の曽我部真裕教授が基調講演を行い、実名報道をされる側の負担を考慮することや、メディアスクラム対策としての経験の共有、苦情窓口の一本化などを提起した。新聞社の登壇者からは、少年法関連の事件や大阪・北新地ビル放火殺人事件での対応が報告された。4月に起きた知床観光船沈没事故をめぐっては、北海道放送の磯田雄大氏が発表。メディアスクラムを避けるために道内各社が申し合わせをした後も遺族からの報道批判があったことに触れ、経験の共有が不十分だった点や、報道倫理を日常的に学ぶことの必要性などを語った。
【分科会D】
新型コロナウイルスをめぐる報道を検証した。NHKの藪内潤也氏は「科学的知見に基づいて、分かっていることとそうでないことを区別して伝えることを心がけた」と、報じるうえでの背景を明かし、信頼されるメディアを目指すと語った。沖縄タイムスの下地由実子氏は、自由や人権と感染症対策との相性の悪さを指摘。「戦争を経験して獲得した民主主義は死守すべき。罰則のあるコロナ封じ込め対応を容易に認める論調をメディアは盛り上げるべきではない」と説いた。また、河北新報の武田俊郎氏は、コロナ禍によって加速した貧困などの"生きにくさ"にもっと目を向けるべきだと強調した。
【分科会E】
メディア企業はプラットフォーム企業とどのように向き合うべきかを議論した。基調講演は東京大大学院の宍戸常寿教授。多様なメディアが存在する日本の現状を踏まえ、「メディアの多元性を守るというのは、単に既存の事業者を守ることではない。知る権利や民主主義の観点から考えることが重要だ」と主張した。日本経済新聞の八十島綾平氏は、プラットフォーム企業による記事利用の対価をめぐる問題を提起し、ヤフーの今子さゆり氏からは、Yahoo!ニュースのコメント欄などをめぐり、健全な言論空間の構築を目指している旨の報告があった。
【分科会F】
メディアとジェンダー平等がテーマの分科会では、東京大大学院の田中東子教授が基調講演を行った。メディアの世界では、女性が「表象」「産業構造」「メディア研究」の3点で不在とされてきたこと、また、▽メディアに登場する女性の数が実際より少ない、▽「女性が輝く」などの文言が、社会問題を個人の努力の問題に還元してしまう、などの課題を挙げた。新聞社を中心に多数の発表者が登壇する中、民放からはテレビ朝日の村上浩一氏が報告。SNS時代のマスメディアの役割を、"見たい情報"ではなく"見るべき情報"を不特定多数に受け取ってもらえるよう発信することだと指摘し、「ジェンダー平等は実現すべき人権の問題。そのために、われわれはマスメディアであることを怠ってはいけない」と呼びかけた。