以前、ある建築家の展示を見に行った。予備知識がなく、展示の大半を理解できなかった。唯一分かったのは、建物にはさまざまな思いが込められていること。普段建築家の思いを想像しながら建物を見たことがなく、その時初めて気づいた。
その展示をきっかけに建物に少し興味を持った。そこで最近社屋を新しくした宮城県仙台市に位置する東北放送(tbc)と東日本放送(khb)に行ってみた。放送局のオフィスにはいったいどんな思いが込められているのか。
●東北放送「杜の中の放送局」
自然豊かな八木山に位置するtbcは2020年、旧社屋と同じ敷地内に新社屋"c site"(=写真㊦)を建てた。旧社屋は1963年竣工で、宮城県沖地震(1978年)や東日本大震災(2011年)を経験。大規模な修繕が必要となったことから、新社屋を建設することになった。地上5階、地下1階で、延べ床面積は9,755㎡。敷地全体を「杜の中の放送局」と名づけ、周辺の自然との調和を図っている。
社屋内を案内いただいたのは萩原直昭・総務局次長兼総務部長。新社屋の自慢のポイントを「八木山からの景色」(=写真㊦)という。「屋上からお届けしている天気コーナーなどを通して、見晴らしの良さを感じてほしい」と萩原さん。実際、仙台市内の中心部や周辺の山々を見渡せた。
開放的なオフィスに
社屋正面は全面ガラス張りでエントランスの様子が外から見ることができる。中に入ると、開放的な空間と大きな3画面モニターが目に飛び込んでくる。モニターには季節の映像が流れ、画面の前に立つ人の動きに合わせて変化する。
その奥には公開生放送を行えるスタジオが2つある。1つは外の光も入る開放的な「桜スタジオ」(=写真㊦)。ラジオ・テレビ兼用で、現在は朝の情報番組『ウォッチン!みやぎ』(月―金、7・40頃―8・00)などで使用している。その隣にあるのがラジオ用の「絆スタジオ」。生ワイド番組を中心に利用しており、その模様を近くから見られるようになっている。私がうかがった時には『en∞Voyage(エン・ボヤージュ)』(月―金、9・00―11・30)の生放送を行っていた。
エントランスから下のフロアに降りると「tbc杜のホール」がある。広さは190㎡で、番組収録やイベントでの使用のほか、外部への貸出を行っている。ホール出入口のホワイエにはtbcの年表やトロフィーなどを展示している。
地域との触れ合い
局のキャラクター・モリーノの名を冠した「モリーノひろば」(=写真㊦)は旧社屋跡地を整備したもの。今年4月には「tbc桜まつり」を実施し、親子連れを中心に約5,500人が来場したという。萩原さんは「今後も新型コロナの感染状況を考慮しながらイベントを行っていきたい」と話した。
東北工業大学とラジオ番組『東北工業大学presents ラジオオープンキャンパス』(土、18・45―19・00)を放送するなど、地域の自治体や学校などとの連携にも取り組んでいる。
東日本大震災の経験活かす
tbcは地震による建物の揺れを抑える制震ダンパーを採用。震度7クラスの揺れにも耐えうるという。非常用の自家発電設備を導入し、100時間程度の電力供給ができる。そのうえで、災害による電源ルート遮断のリスクを減らすため、電源供給は本線・予備線の2系統受電としている。
「当時、電気が止まり、住民はテレビも携帯電話も使用できなくなったが、ラジオは使えた。われわれはラジオを通じて情報を提供できた」と萩原さん。東日本大震災の経験を新社屋建設に活かした。
また、断水対策として雨水ろ過設備を導入。地下タンクに雨水を貯め、ろ過してトイレの水として用いる。このシステムは、平常時も上水と合わせて利用している。
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●東日本放送「開かれたテレビ局目指す」
khbの社屋(=写真㊦)が位置するのは、あすと長町。この地域は仙台市により土地区画整理が行われており、行政と企業、市民などが協働して街づくりを行っている。より地域に開かれたテレビ局を目指すため、21年9月に移転した。地上4階建て、延べ床面積は8,510㎡。
最寄り駅から徒歩5分の平坦な場所にあり、周辺にはさまざまな商業施設や飲食店がある。社屋の前は大きな広場で、同局や地元企業、行政などによるイベントがよく行われている。その広場から社屋を見ると、突き出したななめのガラスとねじれた鉄塔が目に飛び込んでくる。一目でkhbの社屋だと分かる外観だ。
新社屋プロジェクトを担当した総務局総務人事部の志賀英仁さんに社屋内を案内いただいた。移転から約1年たった今、手応えを感じているそうだ。
地域社会の盛り上げに貢献
中に入ると、右側にあるのは一般の人も利用できる「ぐりりカフェ」(=写真㊦)。局のマスコットキャラクター・ぐりりのラテアートを注文できる。カフェは社内外含め1週間に平均300―400人ほどに利用されているようで、私がうかがった日も女性4人組がお茶をしていた。また、併設のグッズショップでは、ぐりりやテレビ朝日系列の番組グッズなどを販売している。広場でのイベントに訪れた人が、社屋にも足を延ばしてくれることも多いという。
左側は「ぐりりホール」。多目的ホールで、178席の収納式の観覧席を出すことで、公開収録や生放送、イベントなどを行うことができる。そのほかスクリーンや吸音カーテン、移動式の仕切りなどがあり、規模や用途に応じた対応が可能となっている。志賀さんは「自社でホールを持つことで、いろんな企画やイベントにチャレンジしやすくなった」と手応えを語った。最近では映画の上映会を行ったそうで、これは若手社員が企画したとのことだ。
khbは周辺企業や商店街などで構成される「杜の広場にぎわいづくり協議会」に参加し、協議会メンバーと協力してエリア一体の賑わいづくりを行っている。志賀さんは「地域社会の盛り上げに貢献できれば」と話した。
コミュニケーションを円滑に
外側から見える突き出したななめガラスの正体は"階段"だった。「コラボ階段」(=写真㊦)という名で、2階から4階までの各フロアをつなぎ、フロア間のアクセスをスムーズにしている。階段は横幅が広く、従業員が立ち止まって雑談する光景も見られるという。志賀さんは「コロナ禍で在宅ワークも増えているが、オフィスに出社するメリットを作りたかった」と狙いを明かした。
階段の横にはコラボスペースを配置。スペースはフロアより少し高さがあるため、フロア全体を見渡せる。誰かに用事がある際は、このスペースから様子をうかがうらしい。
7日間の放送継続を可能に
災害時も放送を継続できるよう、耐震安全性は最高レベルに設定。電源供給は2系統受電にし、停電リスクを減らす。非常用発電機は2台設置。A重油という燃料を使用していたが、災害時になると手に入りにくいということで軽油に変更し、地下埋設タンクに3万リットルを備蓄。7日間の継続発電が可能だ。
お昼や緊急のニュースを放送する専用スタジオは、少人数でも緊急報道に対応できるよう、関連する諸室を直線上に配置し、スムーズな移動を可能にした。
また、津波の想定区域ではないが、近隣河川の氾濫を想定し、1階床を1メートルほど高床にした。ただ高くするだけではもったいないと、外側は階段(=写真㊦)にして、イベント時には腰を掛けられるようにした。
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今回、放送局の社屋へのこだわりを知ることができた。働きやすさや災害対策に力を入れたり、地元と連携してさまざまなチャレンジを行っていた。一般向けに社内見学を実施している局もあるので、皆さんもぜひ機会があれば参加してほしい。
(2022年11月17日/取材・構成=「民放online」編集担当・梅本樹)