メディア学会に「ジェンダー研究部会」発足 研究者と実務家を適切につなぐために

治部 れんげ
メディア学会に「ジェンダー研究部会」発足 研究者と実務家を適切につなぐために

20224月、日本メディア学会に「ジェンダー研究部会」が発足した。同学会には研究者、実務家などが参加しており、春と秋、年間回の大会開催に加え、さまざまな研究部会が主体となり、年間15回程度の研究会を開いている。研究部会には、理論、放送、メディア史などがあり、つ目の研究部会として作られたのがジェンダー研究部会である。私はこの研究部会の取りまとめ役=部会長を務めている。

この原稿では月から12月まで約カ月間、ジェンダー研究部会で議論したことや、202211月に開かれた秋季大会におけるジェンダー研究部会主催のワークショップの概要、今後について現時点で私が考えていることを記してみる。

知識・理論学ぶ機会を――研究部会発足へ

そもそもなぜ今、日本メディア学会の中にジェンダー研究部会が作られたのか。そしてなぜ、実務家出身の私が部会長を引き受けることになったのか、まずはこれらを確認したい。なお、ジェンダー研究部会の活動についてこのたび寄稿するにあたり、部会メンバーには事前に本稿の内容を確認してもらった。その上で、文責は全て治部個人にあることを確認しておく。

私自身は大学の学部を卒業した後、日経BP社に記者職で入社し16年間、経済誌の編集記者として働いた。その後、年間のフリーランスを経て2021月からは東京工業大学のリベラルアーツ研究教育院に所属している。これまで、活字媒体を中心に紙、ウェブでメディアに関連する仕事をしてきた。

フリーランス時代から、東京大学Beyond AI研究推進機構「AIと社会部門」 B'AI Global Forum が運営する「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会 MeDi)」という産学協同の集まりに参加するようになった。この会には、新聞、テレビ、雑誌、ウェブ媒体で働く実務家とメディア研究者が集まっている。

MeDiでは、年に回ペースでワークショップを開催し、選挙やオリンピックなど社会的関心が高い報道におけるジェンダー表現について議論を重ねてきた。ワークショップは対面開催で誰でも参加できるものから、オンライン開催で参加者を専門性の高い記者などに限定したものまで幅広い。この会のメンバーで書籍を作ったこともある。

ワークショップ参加者からは「こういう勉強の場がほしかった」という声をよく聞く。現場の記者たちは記事や番組制作の実務に関わる中で、これまで当たり前とされてきたジェンダー・バイアスに違和感を覚えることがよくある。その違和感をうまく言語化し修正を重ねていくことは、メディア表現の改善につながる。言語化に必要なのは体系化された知識だが、それを学ぶ機会がとても少ないのが実態だ。

年間にわたるMeDiの活動で私が感じたのは、メディアの現場と研究の断絶である。新聞、テレビ、ウェブメディアいずれの現場でも女性が増えるに従って、これまで当然視されてきたジェンダーステレオタイプな表現に疑問の声が上がるようになっている。それを、意思決定層が理解できるように的確に伝えるためには理論武装が欠かせない。問題意識を持つ実務家に理論を与えるのは研究者の役割である。お互いのつながりが弱い現状は、大変にもったいない。

そうしたことを考えていた時期に、フリーランスから大学に転職し、学会内に新しくできる研究部会の取りまとめ役を依頼された。

最初は、2022年春まで"メディアの学会"にジェンダー研究のグループが存在しなかった、という事実に驚いた。フリージャーナリストとしての経験に照らすと、2015年以降、ジェンダー関連の記事を書ける媒体がウェブメディアを中心に増えており、閲読数も稼げると知っていたためだ。

加えて、それまで「女性活躍」一辺倒だった経済界が、国連が定める持続可能な開発目標――Sustainable Development Goals : SDGs――のゴール「ジェンダー平等を実現しよう」を踏まえ「ジェンダー」という言葉を頻繁に使うようになっていた。行政や政治など公的部門は、2000年代初めのジェンダーフリーバッシングがなかったかのように「ジェンダー」という言葉を文書やイベントに使っている。

調査・研究通じてメディアの「現在地」を可視化

新しく「ジェンダー研究部会」を立ち上げるにあたり、私が重視したのはメンバーのバランスである。研究者と実務家が同じくらいいるのが望ましい。女性だけでなく男性にも加わってほしい。この点を意識しつつ、以前から学会に所属する方の助言を仰ぎつつ、構成を決めた。その結果、研究者と実務家のバランスが取れたチームを作ることができた。報道、芸術、国際比較など得意分野が異なる研究者や大学院生に加え、現役のテレビディレクター、テレビ局出身で政治報道に詳しい研究者など総勢人である。

会ったことがある人もいれば、名前だけを聞いて研究内容をおぼろげに知っていた人もいる。日本各地に散らばっているため、ZoomTeamsで議論を重ねた。初回の月から10月までに、小さな打ち合わせを含めると10回以上はミーティングをしている。ここで主に話し合ったのは、次のようなことである。

「メディアの実務、研究におけるジェンダー視点での課題は何か」「なぜ、いま、ジェンダー研究部会が必要なのか」「これまでのメディア学会はジェンダーの視点でどう評価すべきか」「メディアの実務と研究にはどのような協働の可能性があるか」。

お互いに問題意識の共有が出来たところで、1119日に開催された日本メディア学会秋季大会におけるワークショップを企画した。ジェンダー研究部会として初のワークショップのテーマは「ジェンダー視点から確認するメディアの『現在地』:テレビ報道を中心に」。問題提起者として、メディア学会に長年在籍している研究者の林香里さん(東京大学大学院)、討論者として日本テレビを経て研究者になった小西美穂さん(関西学院大学)、そして長年情報番組の制作に携わってきた坪井健人さん(NHK)が司会を手掛けた。Zoom開催となったワークショップには50人余りが参加した。場所の制約がなかったこともあり、学会のワークショップとしては多くの参加者が集まった。

「現在地」を確認するにあたり、林さんが提示・解説したのは、NHK放送文化研究所による大規模調査だった。この調査は、同研究所メディア研究部の青木紀美子さん、大竹晶子さん、小笠原晶子さんによるもので「放送研究と調査」2022月号に掲載されている。この調査では、テレビ番組全体の登場人物について、年代や職業分野別に男女の数を数えている。

その結果、ニュース項目に登場する人物は男性が女性のほぼ倍であること、年齢層について女性は20代が多く年齢が上がるほど減ることが分かった。一方、男性はニュース番組出演者について4064歳が過半数を占めることが分かっている。

研究に基づくデータを示しつつ、テレビのジェンダー課題を指摘する林さんの問題提起にはワークショップ参加者から納得できた、という声が寄せられた。テレビを見ていると、何となく「若い女性と中高年男性の組み合わせをよく見る」という印象を持つ。こうした感覚を裏付ける研究や調査を可視化していくことは、ジェンダーへの関心が高まる中で今後もこの研究部会の主要な役割になる。

報道番組で解説者を務めてきた小西さんは「変化のきっかけ」について言及した。2021年の東京五輪を前に、森喜朗・東京五輪・パラリンピック組織委員会会長(当時)の発言を機に世論の高まりを感じたという。現実がいかに変化しているか、何がきっかけになりうるのか、把握することも、今後、研究部会の関心事になるだろう。

今回のワークショップについて、参加者が多いという指摘を複数からいただいた。メディアとジェンダーをテーマにした議論は、一般社会においては関心が高まっており、今後さらに多くの参加者を巻き込むことは可能だと個人的には考えている。

なお、メディアの「変化」について語る際はテレビ番組特有の課題があることも、ワークショップでは議論になった。新聞やウェブメディアなどの活字メディアは、図書館に収蔵されている新聞縮刷版や過去記事の電子アーカイブを見ることで、誰でもアクセスができる。一方でテレビ番組のアーカイブにアクセスすることは、放送番組センターが大学教育や研究者向けに提供を行っているものの、比較的困難である。研究としての真実相当性を主張するには、再現性が必要であることは言うまでもない。つまり、テレビ番組のアーカイブが閉ざされたままでは、過去ないし現在を分析することがおぼつかない。

今後、テレビというメディアをさまざまな視点――ジェンダーはもちろん、報道の質、放送倫理など――から研究対象としつつ、開かれた議論をするためには、番組アーカイブへのアクセスをより平易にすることが必要である。テレビ事業は放送免許により強い参入規制を設けられた公共性の高いものである。民放連の加盟各社においては、研究のために番組アーカイブのアクセスがより広く、簡便な形で可能になるよう検討いただきたい、と願っている。

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