関西テレビ・柴谷真理子さん 制作力がテレビの生命線 多様な意見出し合える環境を~「提言!放送の未来」

柴谷 真理子
関西テレビ・柴谷真理子さん 制作力がテレビの生命線 多様な意見出し合える環境を~「提言!放送の未来」

2018年5月から「民間放送」紙上で続いてきた、放送の未来を第一線の放送人に語っていただく当リレー連載。今回登場するのは、ディレクター、プロデューサーとして数多くのドキュメンタリー番組を手掛けてきた関西テレビの柴谷真理子さん。


子どもの頃、大好きな番組がありました。異国情緒あふれる喜多郎さんのテーマ曲が聞こえると、ワクワクしてテレビを見つめていた記憶があります。NHKの『シルクロード』というシリーズで、私がドキュメンタリー制作を目指した原点です。テレビ局に入社してからは、いつか自分も番組を作りたい、そんな夢を抱いていました。

でも、現実は甘くなく、報道のニュース記者になったのは同期より遅めの30歳の時。仕事を覚えることに必死で、最初の10年はあっという間に過ぎました。

ニュースの現場は緊張感があり、やりがいのある仕事でした。大阪教育大学附属池田小学校の児童殺傷事件、神戸連続児童殺傷事件、JR福知山線脱線事故などでご遺族を取材し、その思いを社会に伝えてこれたと思っています。

しかし、ある時期から自分の将来が不安になりました。報道の現場は特に男性中心のマッチョな世界で、長時間労働は当たり前。結婚して出産、育児をするという未来が私には全く見えなくなっていました。育児勤務の女性がだんだん異動していき、気が付くと同世代の女性は減って、完全なマイノリティ。「少数派が構成員の30%を超えると意思決定に影響力を持つ」という理論(「クリティカル・マス」)があります。つまりそれ以下だと影響力が乏しいということなのですが、振り返れば私は組織の中で委縮して、それは取材テーマにも影響していたように思います。

例えば、私自身は「選択的夫婦別姓」ができる社会を望み、事実婚です。それから、30代後半から5年ほど、不妊治療もしました。治療しつつもキャリアの中断に怯えるという、矛盾に満ちた40代前半でした。本当は働く女性の「珍しくもない悩み」なのに、「自分事」「女性特有ネタ」にこだわっていると思われたくなく、あえてそうしたテーマを避けていたと思います。デスクに断られる以前に提案もしてきませんでした。

女性の後輩たちを"追いかけて"

40歳になりドキュメンタリーを専門に作る小規模なセクションへ異動しました。それは夢の実現に加え、別の意味でも転機でした。

関西テレビでは、ドキュメンタリーはディレクターが自ら企画し、カメラマンや編集マンとともに作りあげていきます。少人数のスタッフと話し合いながら作るスタイルです。プロデューサーに企画をはねられることは少なく、自らの問題意識が明確に反映され、自由度は高いです。そういう意味では、ドキュメンタリー制作は女性であっても主体的に意思決定できる数少ない仕事だと分かったのです。

これまでに私が制作したドキュメンタリーは34本。犯罪被害者問題、ハンセン病、中国残留孤児、文楽、戦後70年など、その時々に放送エリアで大切と思う社会問題を扱ってきました。弱い立場で理不尽な状況に苦しむ人を主に取材してきたつもりです。それでも、気付けば私は女性にフォーカスした題材はほとんどやってきませんでした。そこから一歩脱却できたのは、この数年です。同じ女性の後輩達のおかげでした。

今の2030代は、教育の影響なのか、私たちの時代よりはっきりとモノを言う人が多いと思います。嫌味を言われても押し黙ることなく、正しいと思ったことを続けていく強さがあります。それを一番感じたのは、「性被害」「性教育」「LGBTQ」「アンコンシャスバイアス」、そうしたテーマに彼女たちが正面から取り組み、ニュースの特集で出し続けてきたことです。

もちろんデスクが若返り、多様性への理解が深まっていたともいえますが、私にとっては彼女たちの仕事ぶりが新鮮でした。リードすべき先輩のほうが追いかけるという情けない現実です。それでも時々、彼女たちが「いつもこんなネタばかりと言われた」「会議で誰も理解してくれなかった」と落ち込む瞬間があるので、全力で励ますのが私の役目だと思っています。

自分が一皮むけたと思ったのは、最近です。私も202111月に男女格差をテーマにした番組を作りました。タイトルは『女性がすーっと消えるまち』。ジェンダーギャップ対策に熱心な兵庫県豊岡市の取り組みを取材したのですが、女性の生きにくさを可視化して言語化する男性リーダーの存在がとても新鮮でした。この取材で、自分の悩みが実は女性共通の悩みで、日本社会の構造的な問題の中にあったと理解できました。

「女性は補助的な仕事が多く多様な職種の経験がないため、管理職の候補にあがらない」という女性管理職が少ない実態の一因を知ってからは、これまでと違った視点で会社の人事異動も見るようになっています。

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<『女性がすーっと消えるまち』から

若手が力を出し切れるタイミング、場を

次世代のテレビウーマンには、制約の少ない人生を送ってほしいし、能力を最大限発揮し自己実現してほしいです。そして、組織を変える権限を持つ人たちには、「女性管理職何%」という数字だけではなく、長い目でみて女性がどう力を発揮できるか、考えてほしいです。

「コンテンツこそがテレビの生命線」というのは真実だと思います。だからこそ、これから本当に大切なのは「多様性」ではないでしょうか。視聴する側と制作者側の常識がずれていると、見るべきコンテンツとして選ばれなくなると思います。怖いのは、ずれに気が付かないこと。同質の人たちばかりで会議をしていると、そのずれにも気が付かないのではないでしょうか。そうならないために、多様な人が意見を出し合える環境で、テレビの世界を作る必要があると思います。

そして、もうひとつ提案です。女性には、出産や育児などライフステージによるさまざまな時間的制約があります。男性の時間軸とは違う、女性特有の悩みがあります。そうした女性たちに、若いうちに経験を積ませる重要さを理解してほしいと思います。

コンテンツこそが生命線なのであれば、未来のテレビを担う人たちが制作力をつけることこそ大事なはず。そのためには、力を出せるタイミングにとことん力を出し切る場を用意する。それが、テレビの良い時代に生きてきた私たち先輩世代に求められていることではないでしょうか。

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