英国の放送ってどうなってるの?part1 ~出版型放送とは?~「データが語る放送のはなし」⑳

木村 幹夫
英国の放送ってどうなってるの?part1 ~出版型放送とは?~「データが語る放送のはなし」⑳

米国ローカルテレビのシリーズに続いて、今回より英国の放送についてお話しします。英国の放送と言えば、まず思い浮かぶのは100年の歴史を持つBBCですね。あとは欧州の衛星放送の巨人Skyでしょうか? いえいえ、ここでは、それらスターの陰に隠れて、あまり目立たない英国の地上民放を中心にお話しすることにします。

英国の放送の制度、構造は日本や米国とはかなり異なります。しかし、公共放送と民放の2元体制という意味合いでは日本と似ている部分もあります。置かれたメディア環境も似通っています(これは先進諸国ならどこも同様ですが)。英国の放送のあり方から、何か日本の放送のヒントになることが見つけられれば......と願いつつ、お話ししていきましょう。

民放も公共放送?

ところで、英国では一部の民放も"公共サービス放送"(Public Service Broadcasting : PSB)なのをご存じですか? 英国の公共サービス放送事業者(Public Service Broadcasters、以下PSBs)には、BBCだけでなく民放の一部も含まれます。具体的には、民放のうちChannel3(ITV/STV)Channel5が、非営利の放送事業者ではChannel4S4Cがこれに該当します。

英国では無料の地上波放送プラットフォーム(Freeview)だけでも米国を中心とする海外の放送や通販を含めて80を超えるテレビのチャンネルがあります。各放送事業者は1チャンネルだけではなく、少なくて2―3チャンネル、PSBsの場合は5―8チャンネル程度(SDHD別や時差・地域チャンネルを除く)のチャンネルを提供していますが、BBCのチャンネルは全て、それ以外のPSBsについてはメインのチャンネルのみ"公共サービス放送"とされます。公共サービス放送への各種の規制は、それ以外の放送よりも厳しくなっています。

PSBsに対する特別な規制にはさまざまなものがありますが、その中心は番組に関わるものです。時事問題、国内/国際ニュース、地域の情報に関する番組、ロンドン以外の地域で制作された番組、自社制作/外部委託番組などの量・比率等、番組の多様性や多元性に関わる規律が主です。

独立規制機関Ofcom

英国における放送行政の所管官庁はデジタル・文化・メディア・スポーツ省(DCMS)ですが、周波数管理を含む放送事業への規制・監督は、政府から独立した規制機関であるOfcom(放送通信庁=Office of Communications)が担っており、放送に関わる免許はOfcomによって交付されます。Ofcomはその名のとおり、情報通信全般(と郵便事業)の規制・監督機関です。以前は、BBCだけはOfcomではなくBBCトラストが監督していましたが、2017年に発効した特許状からはBBCについてもOfcomが監督を行うことになりました。

日本では各放送局が定めて運用している「放送基準」に相当するものとして、英国には"The Ofcom Broadcasting Code"というものがあり、Ofcomが放送に関わるコードを定めています(不偏不党性、個人・組織に関する取り扱いの公正・公平性、ニュースの正確性、青少年保護、性・暴力表現、宗教の扱い方、選挙期間中の特別な規制など)。これはPSBsだけでなく、全ての放送事業者・チャンネルに適用されますが、具体的な報道や制作に関する指針は各社で定めています。

ちなみにOfcomは、ネット上のオンデマンド・サービスにまで規制をかけています(英国内の拠点から行う事業のみ対象、リストあり)。例えば編集面では、青少年の保護、有害情報への規制、児童ポルノや人種差別表現の禁止など、広告では、タバコ広告やプロダクトプレイスメントへの規制などがあります。日本や米国とは異なり、欧州ではネット配信のコンテンツに対する規制は珍しくありません。

地上波でも全国放送が基本

図表S4C(ウェールズを放送対象地域とする非営利の放送事業者)を除くPSBsについて、その事業構造を表にしてお示ししました。

現在、英国の地上波テレビ放送は基本的に全国放送です。日本や米国のようにローカル局を基本とする構造ではなく、欧州で一般的な全国放送を基本とする構造です。Channel3 (ITVSTVで構成)は14の地域別と時間帯別の計16の放送ライセンスの集合体で、もともとは16の異なる事業者によってライセンスが所有されていたのですが、その後の規制緩和の進展でそのうちの14までが吸収合併によりITVに統合されました。スコットランドの2つのライセンスのみSTVが所有し続けており、この2社は、日本で言えばキー局(ITV)とローカル局(STV)のような関係です。グラスゴーに本社があるSTVは、自治体単位の小規模非営利テレビ局を除けば、英国で唯一のローカル民放テレビと言えます。最近まで、北アイルランドのChannel3であるベルファストのUTV(Ulster TV)は、ITVとは独立した資本だったのですが、2016年にITVに買収されました。

英国の放送は垂直分離型

青字の部分は、放送事業のレイヤーに当たる部分です。レイヤーの上から見て行くと、送信は、日本でも良く知られているようにArqivaが全ての地上波放送事業者の送信網の構築と運営・保守を行っています。送出(マスター業務)は、スコットランドのSTVを除いて、現在はスウェーデンのEricssonの子会社であるRed Bee Mediaに一元化されています。

英国では放送事業者が自分自身で行うのは、最低限の場合、編成の部分だけです。BBCITV/STVは自前の制作部門・会社を持っていますが、Channel5の番組制作は、購入番組、委託制作番組を除けば、基本的に親会社であるViacomCBSが担っており、Channel4に至っては、番組制作機能は全く持っていません。ニュースについても同様で、Channel4Channel5のニュースは現在、ITVが主体となって運営するITN(Independent Television News)から供給されています。Channel4は、一切の制作・報道部門をもたない完全な"Publisher Broadcaster"ですが、これはChannel4に関わる法律で規定されています。

また英国の放送事業者の制作部門では、自社で放送した番組の他社への販売だけではなく、自社ではオンエアせず、最初から他局のために番組を制作することも一般的です。例えば、BBCの制作部門であるBBC Studioは民放やChannel4向けの番組制作を行っていますし、逆に民放も、BBCや他の放送事業者向けの番組を制作しています。規模が小さいスコットランドのSTVでさえ、BBCITV、配信事業者などのために番組を制作し、供給しています。「われわれは自局のためだけにコンテンツを作っているわけではない、高い値段で買ってくれるのなら誰のためにでも番組は作る」(2019年のSTVでのインタビューより)というスタンスです。放送事業と番組制作事業は分けて考えているということでしょうね。

もっとも、この背景としては、PSBsには英国内で制作された外部調達番組を一定以上の比率で編成することが、制度上課されていることも大きいのですが。

連載⑳図表1.jpg

*筆者作成

<英国のPSBsの事業構造

CM考査や営業まで分離

分離されているのはこれだけではありません。CM考査も多くの放送事業者がClearcastに一元化しています。ClearcastITVChannel4Sky MediaWarner Mediaが共同で設立し運営している組織で、放送広告に関するコードの発行をOfcomから委託されている団体Broadcast Committee of Advertising Practice (BCAP)が定めた統一ルールに従って、CM考査を行います。広告会社が主な依頼者で、完成したCM素材だけでなく、脚本の段階からもチェックしてアドバイスを行うようです。

営業さえ、完全に各放送事業者単位ではありません。ITVChannel4は自前の営業部門を持っており、STVも地元スコットランドでは自前で営業しますが、Channel5は営業を全てSky Mediaに委託しており、STVは全国広告営業についてはITVに委託し、コミッションを支払っています。

英国は外資規制なし

最後に、表の一番下の経営主体の部分を見ておきます。ご承知の通り、BBCは受信許可料を収入源とする公的な事業体です。欧州の公共放送・国営放送には受信料収入に加えて広告収入を得るために、広告放送を行う事業者が少なくありませんが、BBCは国内で広告放送を行うことを禁止されています(海外向けのBBC World NewsはCM付きです)。

ITVSTV"PLC"(Public Limited Company)、つまり、株を公開している株式会社です。両社ともに上場しており、多くの株主によって所有されています。Channel4は民放同様、広告放送なのですが、Channel Four Television Corporationという非営利の事業体が運営しています。

そしてChannel5は、米国のViacomCBSCBSネットワークの経営主体)の一部門であるViacom International Media Networks100%所有し、運営しています。従って、英国のChannel5と米国のCBSは姉妹局ということになります。Channel51997年の開局当初から外資による所有でした。最初はルクセンブルクに本社がある欧州の大手メディアコングロマリットRTL(の前身企業)がオーナーでしたが、2011年に英国の出版関連の企業に身売りされた後、14年にViacomが買い取りました。

編成機能が放送のコア

本稿では、主に英国のPSBsについて、その事業構造を概観しました。純粋なPublisher BroadcasterであるChannel4以外の放送事業者も、その程度に違いはありますが、BBCを含めて、機能の一部を他の放送事業者と水平統合しています。しかし、編成・マーケティング部門だけは各社独自のもので、この部分(機能)について放送事業のライセンスは交付されています。英国の放送でライセンスが必要なのは、この編成機能の部分と割り当てられた周波数帯の運用・管理を行うマルチプレックスの部分の2つです。送信インフラやマスター業務、番組制作・供給にライセンスは必要ありません。編成・マーケティングこそが放送事業の本質という考え方です。

これは作家・ライターが書いた原稿を、設定したテーマのもとに編集して本や雑誌に仕立て、印刷業者に印刷してもらい、小売業者に売ってもらう出版事業と似ていますね。これが、英国の放送が"出版型放送"と呼ばれるゆえんです。

さて、次回part2では、日本でも関心があると思われる、英国の地上放送における送信設備やマスター業務の水平統合について、少し詳しくお話しすることにします。 

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