ローカル局の皆さんにとって"誇り"とは何ですか? ~地域メディアの存在意義①

村上 圭子
ローカル局の皆さんにとって"誇り"とは何ですか? ~地域メディアの存在意義①

いきなり唐突な質問をすみません。ローカル局の置かれている現状は厳しく、日々の業務に追われる中でこんな問いに答えている場合ではない、そうお感じになる方もいらっしゃるかもしれません。また、ビジネスを知らないNHKの職員はこれだから困るよね、というため息も聞こえてきそうです。でも、だからこそ敢えていま問いたいのです。ローカルの皆さんにとって、"誇り"とは何ですか? 

総務省を批判しているだけではメディアの未来は拓けない

なぜ現役のNHK職員が「民放online」に記事を書かせていただくのか、疑問に思う方もいらっしゃると思うので、簡単に自己紹介と問題意識を書かせていただきます。

NHKには放送文化研究所(文研)というメディア研究や調査を行う部署があり、私はそこに所属しています。もともとはディレクターとしてニュースやドキュメンタリー、ラジオ番組を制作していましたが、インターネットの台頭と共にメディアのあり方や役割が根本的に変わるのではないかと感じ、異動を希望しました。現在は、一段と変化のスピードが増すメディア環境の最新動向をできるだけ俯瞰的に捉えることで、そこから放送の将来像やNHKの存在意義について考えています。総務省では、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(在り方検)」が開かれており、その議論を継続的にウオッチし、論点を整理したり議論の課題を指摘したりするブログや論考も書いています。

私が文研に来たのは地デジ化への完全移行直前の2010年でした。それから12年が過ぎたいま感じているのは、あの時ああすればよかった、こうすればよかったと過去を顧みたり、また、なぜグランドデザインを描かないのかと総務省を批判したり、さらに、テレビを見ないZ世代に対し必要以上に恐れたりおもねったりしているだけでは、メディアの未来を前向きに描くことはできない、ということです。もちろん、歴史検証、政策分析、ユーザー調査が無意味であるという意味ではありません。ただ、どんな状況に置かれていたとしても、結局問われるのは、未来を自らの判断で切り拓いていこうとする事業者の意志です。その意志にはもちろん、事業モデルの抜本的な変革や勇気ある撤退・スリム化という厳しい選択も含まれます。

未来を前向きに描いていくためには、いま放送メディアに関わっている一人ひとりが今後の展開をイメージした時、社会で不可欠な存在であり続けられる、もしくは人々の暮らしを支え続けられると胸を張って言える、つまり誇りを維持できると思えるかどうかが最も重要だと私は考えています。旧来型マスメディアの悪癖と指摘されて久しい、時代にそぐわない特権意識やユーザー不在の使命感は一刻も早く捨て去るべきと思いますが、それと共に誇りまで見失ってしまわないよう、冷静に今後を見極めることが大事だと思っています。 

なぜ"NHK職員"なのにローカル局を取材するのか?

放送メディアをめぐる課題は多岐にわたり、それらは複雑に絡み合っています。その中でも、私が最も力を入れて考えなければならないと思っているテーマが、「地域メディアの持続可能性」についてです。人口減少や地域経済の縮小などの課題が深刻化する地域社会にとって、そこを基盤とするメディアが果たすべき役割はこれまで以上に増えていると思います。にもかかわらず、地域メディアをめぐるビジネス環境は、言うまでもなく厳しさを増すばかりです。海外でも同様の課題が指摘され、政策として解決策が模索されている国もありますが、日本の場合にはどのような方策が考えられるのか......。そのためにNHKはどのような役割を果たすべきなのか......。これが私の最も大きな問題意識の1つです。

このテーマについて、NHKを主語に考える人たちはNHK局内にたくさんいます。そのため、文研に所属する私は、地域社会や地域住民を主語にメディア全体のエコシステムを考え、その中でNHKの役割も位置付けていきたいと考えています。具体的には、NHK以外の地域メディアの実態を取材し、それぞれの強みや今後の方向性を把握すると共に、NHKに対する意見や要望も伺う、そういうアプローチをとっています。ここ数年はコロナ禍で思うように出張にも行けずにいましたが、可能な限り、ローカル局やケーブルテレビ、コミュニティ放送局、地方紙の皆さんのもとに足を運んでお話を聞かせていただいています。中でも、二元体制の一翼である民放ローカル局との関係性についてはしっかり考えなければならないと思い、ローカル局とNHK地域局との共同の勉強会やシンポジウムを企画したり参加したりもしてきました。

このように、NHKと他メディアの間に立ってみて感じるのは、NHKに何ができるのか、どんなメディア連携ができるのかを考えることと同じくらい、NHKは何をすべきでないのかについても考えなければならない、つまり"すみ分け"を意識しなければならないということです。民放事業者の経営環境が厳しくなる中、NHKはよりシビアにこのことを念頭におかなければならないと思っています。 

民間事業者こそ"公共メディア"

NHK2015年度の経営計画から、放送もネットも活用した公共メディアへの進化を標ぼうしています。総務省の「在り方検」の公共放送ワーキング・グループ(WG)では、現在は任意業務であるNHKのネット活用業務の今後について議論が行われており、NHKにはインターネット時代に公共放送が担うべき役割の具体的な姿を示すことが求められています。また、デジタルプラットフォームとの激しい競争にさらされている民間事業者との公正競争の検討も重要な論点です。

しかし、地域社会における公共メディアの姿とは何かという視点で考えると、インターネット時代を前提にした議論とはずいぶん論点が異なるように思います。先ほども述べましたが、いま地域社会が抱えているのは、人口減少や地域経済の縮小であり、それに伴って起きてくるコミュニティの崩壊や住民の尊厳が奪われていくといった課題です。地域メディアに対してはいま、放送番組やネットを活用した情報伝達にとどまらず、地域プロデュースや住民の暮らしのサポートといった新たな役割が期待されており、その期待に応える取り組みも増えてきています。私はこうした役割も含めて、地域メディア機能を幅広く多様なものとして捉え直すべきだと考えています(下図)。その上で、NHKは民間事業者との連携やすみ分けを探っていく必要があると考えています。

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このことを考えはじめるきっかけとなったのは、2019年3月に文研で企画した、ローカル局、ケーブルテレビ、NHK地域局のトップによる地域メディアに関するシンポジウムでした。ローカル局からはKBC九州朝日放送(福岡県)の和氣靖前社長に、取り組み始めたばかりの「ふるさとwish」(県内60市町村を行脚して放送等で情報発信を行う地域共創プロジェクト。現在も継続中)についてお話いただきました。ケーブルテレビからは、中海テレビ放送(鳥取県)の加藤典裕社長に、米子市などと共に新たに立ち上げたエネルギーの地産地消事業や、市民と共に継続している環境保全活動についてお話いただきました。

お二人の話に共通する思いは、いかにしてメディアとして地域を元気にできるか、そのために、いかにして地域内でお金が循環し続ける仕組みを作れるか、というものでした。豊かさの指標はもちろんお金だけではないけれど、そもそも地域内でお金が回っていなければ、一番大事な"人材"が地域から流出していってしまう。だから地域からお金が流出しないよう、流入してくるような仕組みを考えることこそが自らの最も大きな役割である。こうした認識のもとで、その仕組み作りを自社の新たな事業として育む模索を始めていました。その姿を目の当たりにして、私は地域社会においては民間事業者こそが公共メディアの担い手だと強く感じたのです([※])。ローカル局の皆さんには当たり前のお話かもしれません。しかし、長年NHKで、ビジネスによらない公共とは何かを頭でっかちに考えてきた私にとって、この気づきはとても大きかったのです。

逆に言えば、民間事業者ではないNHKはこうした取り組みを阻害しないということを強く意識した上で、それ以外の領域でどれだけ頑張れるかを考えるべきであり、これこそが、NHK地域局の公共メディア像を考えることだと確信しています。 

地域メディアとしての"誇り"を

総務省の「在り方検」では、複数の放送対象地域での番組の同一化等の制度改正が提起されたり、規制改革推進会議では地域コンテンツ制作能力向上のための経営ガバナンス強化が論点化されたりするなど、ローカル局をめぐる動向はめまぐるしく変化しています。これらの議論は、ともすれば地域経済で支えられない局は縮小やむなしとか、地域番組を制作していない局にどこまで存在意義があるのか、といった議論につながりかねないところもあります。ローカル局で働く人たちの中には、今後に不安を抱いたり、誇りを失ってしまいかねない状況に追い込まれたりしている人もいらっしゃると思います。取材に伺うと、そうした思いを吐露してくださる方も少なくなく、それを伺うと胸が締め付けられる思いになります。

他業界を見れば、企業の吸収合併や再編はずいぶん前から当たり前のように行われており、放送業界でもそれをいかに促進させていくかが大事だと言う人も少なくありません。取材を通じて地域メディアの重要さを実感している私は、安易にそういう言葉を口にしたくはありませんが、そんなきれいごとを言っていて共倒れになっていいのか、そういう声があることも承知しています。ただ、地域社会や地域住民を主語に考えた時、住民の命を守り、民主主義の基盤となり、課題解決を模索する地域メディア機能については、単なる市場の原理や都会の論理にゆだねるのではなく、可能な限り偏在させることなく維持していくことが国の責務だと考えています。前項では、NHKは何をすべきでないかを考えるべき、と書きましたが、放送法が改正されたいま、NHKがローカル局に対して何ができるかについても、スピード感を持って考えていかなければならないと思っています。実効性のある具体的な地域メディア政策についてもです。これについては、総務省の「在り方検」の議論も踏まえながら次回に書きたいと思います。

これまで長らくローカル局は、キー局等の制作する番組を全国に流通させることが大きな役割でした。タイムテーブルから見えるのもその役割が中心です。しかし、繰り返しになりますが、ローカル局の地域メディア機能は番組制作にとどまらず幅広く多様であり、そのユニークさは局ごと地域ごとに異なっています。それこそがローカル局の魅力であり、私がローカル局に惹きつけられる理由でもあります。タイムテーブルだけでは見えてこない、地域社会の課題に対して真摯に向き合い続ける姿こそ、もっと多くの人たちに知ってもらいたいと思っています。そしてローカル局自身には、自らの強みを分析し、それを生かした自局オリジナルの地域事業を磨きあげること、そして、地域の一員としての志を前面に掲げ、視聴者や広告主をはじめあらゆるステークホルダーを巻き込んでいく熱量が求められていると思います。

地域事業は放送事業のようにはなかなか稼げないということもよく伺いますし、広告収入が落ち込む中、限られた予算で番組制作も行わなければならない上にどこまで新規事業に経営資源を投じるべきなのかと悩む声もよく伺います。しかし、放送事業か地域事業か、ではなく、放送・配信・事業の3つを有機的に組み合わせて地域で自らの価値を最大化していく、そのためのアイデアがこれからのローカル局の経営に最も重要な要素だと思います。地上波というリーチ力と取材・営業活動で培ってきた地域での人的ネットワークが他事業者より抜きんでているということは、門外漢の私が語るまでもありません。今後メディア環境が大きく変容したとしても、たとえ放送事業というものが大きく姿を変えたとしても、その時に、ローカル局1局局が、地域社会で圧倒的に不可欠な存在であり続けられるよう、誇りを持って歩み続けてほしいと思います。

改めて、ローカル局の皆さんにとって、誇りとは何ですか? 今度地域を訪ねた時には、お会いする皆さん一人ひとりに伺ってみたいと思います。

次回は、「頑張るローカル局ではなく、"頑張りたいローカル局"を支援するのが政策の役割では?」というテーマで書いてみたいと思います。


[※]当時のKBCや中海テレビ放送の当時の取り組みについては、「これからの"放送"はどこに向かうのか?Vol.3 地域メディアとしての存在意義」にまとめています。

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