分断社会アメリカとメディア(後編)

前嶋 和弘
分断社会アメリカとメディア(後編)

「メディアの分極化」の背景

アメリカの「メディアの分極化」の背景は国民の分断以外の理由もある。

例えば、1980年代の規制緩和以降、「市場」拡大のため、メディア側が意図的に政治的な立場をとる番組を許したことも大きい。

地上波のテレビやラジオでは連邦通信委員会(FCC)が長年、運用していた「公平原則(フェアネス・ドクトリン)」が1987年に撤廃された。1980年代には「公平原則」の対象ではないCATVと衛星放送が政治情報の主流になっていたため、既にこの規制は有名無実化しているというのが規制緩和の大きな理由だ。

実際にこの原則を撤廃したことで、1990年代には政治的にはかなり偏った視聴者参加型の政治番組(トークラジオ)が次々に生まれる。その代表的なのが、亡くなったラッシュ・リンボウの番組だ。リンボウの番組は全米にシンジケーションされ、特に南部、中西部など保守派にはリンボウの番組を聴くことは生活の一部になっていった。リンボウの番組は平日の5日間常に全米の聴取者数トップであり。リンボウは「ラジオ王」として君臨した。ラジオ局側からすればこれまで顕在していなかった保守派というニッチ市場を一気に開拓することができた。

ただ、番組の内容はどう考えてもバランスが悪い。女性の権利を主張するのは「フェミニストというナチスだ」とする「フェミナチ」といった言葉が番組内で飛び交う。「黒人選手が多い最近のアメフトの戦いは、(やはり黒人が多い)西海岸と東海岸のギャング同士の抗争だ」という差別感満載の言葉が続く。「トランプの10倍以上分かりやすい保守派の差別感満載の番組」とでも言えばいいのだろうか。「保守派の本音を聴ける番組」として、保守派の「市場」は拡大していった。

公平原則の対象ではなかったが、リンボウが火をつけた保守言説が1990年代後半からCATV・衛星放送の24時間ニュースチャンネルに広まっていく。

テレビが苦手なリンボウは登場しなかったが、他の保守系トークラジオの司会者たちに番組を提供したのが1996年に放送をスタートした上述のFOXニュースだった。聴取者・視聴者を奪い合うため、左派メディアも遅れたが分極化に合わせてより左になっていった。FOXニュースと同年の1996年に放送をスタートしたMSNBCは2004年の大統領選挙前後で一気にリベラル色を強め、現在に至る。MSNBCに比べればまだ中道のイメージだったがCNNもトランプ登場以降、一気に左傾化する。

どちらの言説もネットというエコーチェンバー(反響室)で拡散していくのは、上述の「トランプ起訴」と同じ仕組みだ。

メディアに対するシニカルな感情

当然、人々の間でメディアに対するシニカルな感情が広がっていく。図1のようにアメリカ国民のメディアに対する信頼度は急激に下がっている。

図1.png

出典:ギャラップのデータから筆者が作成。

特に近年は右派が「メディア」を信じなくなる傾向が強い。図2は党派別に見たメディアの信頼度である。質問が「メディアを信じるか」というあいまいな質問であるため、共和党支持者にとってはFOXニュースや保守のトークラジオではなく、数的には多いとみられる伝統的なメディア全般に対する評価になっていると思われる。

図2.png

出典:ギャラップのデータから筆者が作成。

さらに、次の図3は衝撃的だ。調査機関YouGovが行った「主要な24時間ニュース専門局、地上波、公共放送、主要紙、雑誌、キャスター・司会者などに対する信頼度」についての抜粋だが、どれも支持政党で全く異なる。民主党支持者と共和党支持者との間で、同じ評価は一つもない。あえていえば、どちらも一番高い評価が天気予報専門局の「ウエザーチャンネル」という笑えない現実がある。その「ウエザーチャンネル」の評価も民主党支持者が「62%」、共和党支持者が「50%」と何ともいえない数字だ。まるでメディア情報なら、天気予報ですら、それほど信頼していないようにも感じる。

図3.jpg

出典:YouGov *

ひるがえって日本

このアメリカの状況から日本に何が教訓になるのだろうか。本音をいえば何ともいえない。日本のメディアの信頼度はアメリカに比べれば低くない。それだけまだ社会が分断されていないということなのかもしれない。ただ、少なくともネット上の言説を日々読むと、いや日本社会も既に左右に分かれてしまい「時遅し」にすらみえる。

ただ、このアメリカの状況に日本にとって何か教訓になるものがあるとしたら、それは何だろうか。それは、少なくとも「真実」が二つある社会は民主主義にとっては破滅的だという点だ。そうならないためにどうしたら良いのか、なかなか答えはない。当たり前だが、「特定の応援団」となることは自殺行為であることを報じるものは常に意識しなければいけないだろう。


*さらに詳しくはhttps://docs.cdn.yougov.com/3ixnq9227y/econTabReport.pdf#page=228

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