【コロナ禍を振り返る⑤】テレビ東京 イベント制作の現場から ほかでは得られない喜びを提供したい

松迫 由香子
【コロナ禍を振り返る⑤】テレビ東京 イベント制作の現場から ほかでは得られない喜びを提供したい

2019年12月初旬、中国・武漢市で新型コロナウイルスの感染者が報告され、翌年3月にWHOがパンデミックを宣言するに至った。感染症対策として「マスク」「リモート」「アクリル板」などが日常的なものとなり、放送の現場でも対応を余儀なくされた。そして、2023年5月8日、新型コロナウイルス感染症は感染症法上の「5類」に移行された。

民放onlineでは、コロナ禍の放送を連続企画で振り返る。今回はテレビ東京の松迫由香子氏に「イベント制作の現場」から当時の苦労や工夫を執筆いただいた。

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コロナ禍でダメージを受けた業界は数多くあるとは思うが、観客を一カ所に集めてエンターテインメントを提供し券売収入を得る、というイベント事業はその性質上最もストレートに致命的な打撃を受けたと言える。誰もが未経験なこの難局に立ち向かい、手探りながらもいかにイベント事業を継続していくのか、この3年間まさに奮闘の日々であったが、振り返ってみると、いくつかの段階があったように思う。時系列的にその軌跡を追ってみたい。

第1段階〜まずは中止

知ってのとおり、コロナ禍での感染対策は、「三密の回避」「徹底した消毒(手指から会場全体まで)」「ソーシャルディスタンスの確保」などである。こうした状況下でもチケットを購入して来場いただくお客さまに不安感を抱かせないように、感染対策マニュアルの整備と体制づくり、対策用物資の確保、施設の整備など、すぐには対応できないことが山積みであり、2020年3―4月、初の緊急事態宣言が出たタイミングでは、とにかく中止とせざるを得ず、この打撃は甚大だった。

当社でも、開催目前中止のものだけで4個、2020年度内に外国からの招聘公演や感染拡大の状況から見合わせたイベントは大小合わせて11個を数える。

第2段階〜無観客開催と配信開始

感染状況は収束どころかますます拡大するばかり。ではわれわれはどうするべきか。そこで会場では無観客のまま制作を行い、配信の券売によりマネタイズする体制が整えられた。2020年の夏には早くも技術的に可能となり、こうした企画が検討されるようになるが、配信のみでコスト回収するにはとにかく数を集めなくてはならない。

当社では自社の番組連動が集めやすいという判断のもと、深夜番組ながら人気を得ていた『あちこちオードリー』の配信イベントを企画した。ネット配信という媒体の特性と番組視聴者層が合致し、また番組では見られない"ここだけ"の内容というのも相まって、結果として予想を超える4万超、翌年の2回目は倍以上の8万超の視聴を得る大ヒット企画となった。

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<『あちこちオードリー』2回目の配信イベント>

これを機に『ゴッドタン』、『ウソかホントかわからない やりすぎ都市伝説』などの配信イベント開催にもつながり、コロナ禍にあって苦しい状況を支える救世主的な存在となった。

第3段階〜制限下の有観客開催

2021年になっても感染の勢いは止まらなかったが、ウィズコロナ、つまりコロナ禍にあっても少しでも日常を取り戻そうという機運が高まってきた。いよいよ観客を入れてのライブイベント復活である。入場時の体温測定、手指消毒、感染時に備えて保健所連絡のための個人情報取得、左右前後を一席ずつ空けて50%の収容率、など徹底した非接触、ソーシャルディスタンス確保の対策必須の制限下ではあったが、長く社会の閉塞感が続いたためか、お客さまにも歓声禁止など規制が強いられたにもかかわらず、ライブイベント復活が歓迎されているのを肌で感じた。

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<左右前後を一席ずつ空けた座席>

問題は主催者サイドの収支構築である。ただでさえコロナ対策で費用がかさむうえ、半分の収容率でしか観客を入れられないとなると券売のみで利益を出すのは至難の業。そこで2020年度後半から経産省補正予算から発したJ-LOD(コンテンツ海外展開促進・基盤強化事業費補助金)の出番である。コンテンツ海外展開促進が主旨であり、文化イベントのみが対象ではあったが、コロナ禍でやむなく中止を強いられ痛手を被った主催者からすれば、申請が通れば新規企画の制作費の半額が賄われる(上限額あり)のはありがたい。この助成金制度があってリアル開催に踏み切った主催者は多いのではないだろうか。なお、この制度は形を変えながら現在も続いている。

当社では年末恒例の「東急ジルベスターコンサート」が2020年にこの助成金を得た。おかげで、コロナ禍でもその後含めて一度も中止することなく継続開催している。他の補助金制度としてはイベント割という観客動員促進の対策も導入された。

第4段階〜リアルと配信のハイブリッド開催

そうした経緯を経てリアルイベントが復活するのだが、満を持して楽しみに会場に足を運ぶお客さまがいる一方、全体として観客動員はコロナ前の水準にいまひとつ戻り切っていない現状がある。

コロナは消えたわけでなく、年配者を中心に不安を払拭し切れない心理が依然働くのと、会場に見に行くという習慣自体がこの3年で多少薄れたのでは、という人もいる。興行の主催者はやはりこの"へこみ"も埋めていく努力が必要で、リアル開催するとともに配信も同時に行う、というハイブリッド型の企画に行きつくことになる。

もちろん、著作権上の制限や映像制作コスト回収がクリアできない場合は不可能となるが、配信も可能になれば、ライブイベントとは異なりキャパシティの上限というのがないので、増えれば増えるほど収入も得られるし、席が完売の場合は会場からあぶれた観客の救済にもつながる。より収益性を上げたいと考えるなら、今後のイベント企画にあたっては配信の可能性の検討は欠かせなくなるだろう。

今後に向けて

こうして振り返ると、それなりに順調にコロナ禍に対処する知見をためながらこなしてきたようだが、イベントにはどうにもならないハプニングも起こりがちである。2021―22年に多く見られたのは、出演者・スタッフの事前PCR検査により陽性者が出てしまい周囲が濃厚接触との判断から一定期間、公演中止となるケース。特に昨年のオミクロン株の感染力はすさまじく陽性者の数も相当数に上り、頻繁に見られるようになった。

こうしたお知らせに接すると同業者として心が痛んだ。時間と場所があらかじめ既定されているイベントは、直前では仕切り直しはほぼ不可能でただ機会喪失となるだけである。さすがに最近はあまり見かけなくなったものの、こうした減益の可能性とは常に背中合わせ。それでもなお、どんなに見えないリスクが襲ってきたとしても、ライブイベントはなくなることはないと思っている。

コロナ禍は世界中逃げ場のない閉塞感を生んだが、だからこそ、五感をとおして生で体感したいという人々のエンタメへの渇望も同時に生んだ。コロナ禍を経ていろんなものがデジタル化し効率化してきたが、この極めてアナログなライブイベントは、唯一無二の時間と空間の共有であり、これからも人々をワクワクさせ、癒し、ほかでは得られない喜びを与えると信じている。今後、コロナ禍をしのぐ予測不能な未曾有の事態が起こったとしても、われわれはまたその困難を一つひとつクリアし乗り越えていくだけである。Show must go on!

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