これまでに筆者は番組の制作・放送に関するさまざまな相談を受けてきたが、その中でも定期的に受ける相談の一つが、「登録商標」の番組内での使用である。たとえば情報番組内のコーナーで「●●」という登録商標をアナウンサーが度々読み上げる場合に「メーカーに許可を取る必要はないか?」あるいは「他の言葉に言い換えた方がよいだろうか?」といったものが典型だ。この質問の答えはおおむね「許可を取る必要はない」ということになるのだが、実はこうした疑問は商標登録制度の概要をほんの少し押さえておくだけで、簡単に判別できるようになる。いまだに誤解が少なくない商標制度について、ここで簡単におさらいしてみたい。
商標登録とは「商標法」に基づいた制度で、個人又は法人が自己の商品またはサービス(以下「商品等」)を特許庁に登録することで、当該商品等の登録商標に①識別機能(他の商品等との見分けがつく機能)、②出所表示機能(誰の商品等であるかを明確にする機能)、③品質保証機能(顧客に当該商品等から「一定の品質」が得られるとの安心感を与える機能)、④宣伝広告的機能(①~③などから顧客に当該商品等の購買意欲を喚起させる機能)を持たせることを目的に作られたものである。この4つの機能を法的に制度として担保するため、商標法では、商標登録した者に当該商標を独占する「商標権」を付与し、他人が無断で自己の商標を「使用」した場合(商標権侵害)に、その差止めや損害賠償の請求ができると定めている(商標法36~38条等)。
ここで制作・放送業務に携わるうえで押さえておきたい知識は次の3つだ。これで放送を含め、ある場面で特定の登録商標を使用してよいかどうかの判断が容易になる。
ⅰ)商標は、特許庁が設ける多種多様なカテゴリーの中から、自己の商品等の使用方法に沿ったものを自ら選び、そのカテゴリーと紐づく形で登録されること
カテゴリーは、有形的な「商品」について34種類(1類~34類)、無形的な「サービス」について11種類(35類~45類)に分かれている(末尾一覧表参照)。出願する際は、この中から想定する商品等の使用方法に合ったものを選び、紐づけて登録する、ということになる。たとえば、乗用車の名前であれば、「第12類(乗物その他移動用の装置)」を選択し、宅配サービスの名前であれば、「第39類(輸送及び旅行の手配)」を指定して登録するのが基本だ。なお、さまざまな商品等の展開を見越して複数の類に跨って登録することもできるが、その分登録費用が増えるのと、結局使用の実態がまったくなければ、後に取り消しの対象となることがあるので注意が必要である。
ⅱ)商標権が及ぶのは、「登録したカテゴリーの範囲」に限られること
これは言い換えると、登録していないカテゴリーについては、自己の商標権が及ばないということである。たとえば、仮にAが「ミンポウレン・ウォーター」という飲料水(商品)を「第32類(アルコールを含有しない飲料及びビール)」で登録していた場合、「ミンポウレン・ウォーター」という名称で他の誰かが飲料を販売すれば、それは商標権侵害として差止めや損害賠償の対象になる。しかし、同じように誰かが「ミンポウレン・ウォーター」という名前の化粧水を販売しても、化粧水は第32類ではなく、「第3類(洗浄剤及び化粧品)」に該当する商品なので、類違い=Aの商標権は及ばない、ということになる。
放送局では番組の二次利用展開でグッズなどの商品化を行うことがあるが、その際、たとえば「○○タオル」として売り出した商品が、たまたま他人の登録商標「○○」と類似することはあり得る。このとき、他人の当該登録商標が「タオル」のカテゴリーである「第24類(織物及び家庭用の織物製カバー)」に登録されていないのであれば、原則として商標権侵害にはならない。つまり、他人の登録商標と名称が類似している自社の商品が許されるかどうかは、「当該他人の商標が、自社商品の種類と同一のカテゴリーに商標登録されているかどうか」を確認することで、ある程度判別が可能なのである(※)
ⅲ)登録商標を「商標として使用していない場合」は商標権の侵害にならないこと
先ほど書いたとおり、商標登録制度は、登録商標に上記の各機能(①識別機能、②出所表示機能、③品質保証機能、④宣伝広告的機能)を持たせることにある。したがって、登録商標を他人が無断で使用した際、商標権侵害となるか否かは、当該登録商標が持つこれらの機能が害されるおそれがあるかどうかが判断のポイントになる。もし上記機能に影響がない形での使用なのであれば、商標権侵害は否定されるということだ。
先ほどの例でいえば、Aの登録商標「ミンポウレン・ウォーター」なる飲料水を、Bが自分たちの飲料水の名前に付けて売り出したとしよう。そうすると消費者は「ミンポウレン・ウォーター」がAの商品なのか、Bの商品なのか、すぐに区別を付けるのが難しくなる。Aの登録商標の識別化機能(①)が害されていることは一目瞭然だ。したがってこれは商標権侵害になる。
一方、ある番組の企画で、話題の飲料水をいくつか紹介し、その中でAの「ミンポウレン・ウォーター」も取り上げたとする。当然、出演者は「ミンポウレン・ウォーター」と何度も発言することになろう。まさに冒頭に書いた質問と同じようなシチュエーションだが、このときAの登録商標の上記機能①~④は害されているだろうか? Aの商品をAの商品として紹介しただけであって、他社商品との混同が視聴者に生じるおそれは皆無であることが分かる。単に放送番組の中で登録商標を使用する(読み上げる、テロップにするなど)行為は、「商品やサービスに名称を付けて使用する(商標としての使用)行為」とは根本的に異なるため、このような使用方法によってAの登録商標の機能が害される場面というのは基本的に想定し得ないのである。当然、上記事例では商標権侵害は成立しない。
以上のことから、商標登録された名称を番組の中で単に読み上げたり、フリップやテロップで表示させるなどの行為について、基本的に商標権の侵害は問題にならないということが言えるのである。万が一放送による商標権の侵害を主張された場合は、早計に対応せず、まずは法務部等の専門部局や外部の専門家に相談するなど、冷静な対応を心掛けたい。
最後に、番組における登録商標の使用に当たり、陥りがちなミスについて触れておきたい。
それは、ある登録商標の名称を、別人の別商品の名称として紹介してしまうケースである。こうした現象は、ある商品の登録商標名が非常に有名で、一般名称だとうっかり勘違いしてしまっているような場合に起こりやすい。たとえば「セロテープ」(ニチバン)、「宅急便」(ヤマトホールディングス)、「ウォシュレット」(TOTO)などはれっきとした登録商標であるが、非常に有名な名称であるため、当該商品等だけでなく、これと同種のものを一般的に表する名称だと誤解している人が少なくない。このような誤解は、「登録商標のものとは異なる他社の商品等を、誤って登録商標の名称で紹介してしまう」という事態を招く原因になる。これは厳密にいえば放送内容に誤りがあるということになるし、何より商標権者からすると、他社商品を自社の商品だと紹介されているのと同じことなので、広報戦略や品質上の問題などから、放送に異議を申し出ることも十分にあり得よう。
したがって、放送上のリスクマネジメントの観点からは、特に有名な商品等の名称については、それが一般名称なのか、それとも実は登録商標なのか、という区別をあらかじめつけておくことが有用である。
(※)登録商標の有無及びカテゴリー(指定区分)チェックは「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」で簡易的に行うことができる。
<区分一覧表>