見る者の心を打つものとは 【私のドキュメンタリー番組鑑賞記】

城戸 久枝
見る者の心を打つものとは 【私のドキュメンタリー番組鑑賞記】

ローカル局が「地域密着」「長期取材」による優れたドキュメンタリー番組を放送していることは知られていますが、その局以外の地域の視聴者が目にする機会が少ないという現状があり、ドキュメンタリー番組の存在や価値が社会に十分に伝わっていないという声も聞かれます。
そこで「民放online」では、ノンフィクションライターの城戸久枝さんにローカル局制作のドキュメンタリーを視聴いただき、「鑑賞記」として紹介することとしました。ドキュメンタリー番組を通して、多くの人たちに放送が果たしている大切な役割を知っていただくとともに、制作者へのエールとなればと考えます。


『島の命を見つめて~豊島の看護師・うたさん~』

RSK山陽放送(2023年7月26日放送)

瀬戸内海にある香川県土庄町の離島、豊島。近年、瀬戸内国際芸術祭で多くの観光客が訪れるようになったこの島は、人口の半数以上が高齢者という、超高齢化が進む島でもある。番組ではこの島で看護師として働く小澤詠子さんに密着し、月に一人が亡くなるという島の現実を映し出していく。大阪府出身の小澤さんは大学時代、産業廃棄物問題に興味を持ち、訪れた豊島に魅了されて移住、島に看護師がいなくなると聞き、看護師の資格を取得、島の唯一の診療所の看護師となった。

島のお年寄りの声に耳を傾け、寄り添い続ける。それが彼女の日常だ。午前中、診察が終わると小澤さんは一人で島の高齢者の家を周り、声をかけていく。「はよ死にたいです」という93歳の男性。その言葉を否定することなく、「はよ死にたいんですか?」と小澤さんは穏やかに受け止める。彼女の島の人たちへのまなざしはどこまでもやさしい。「死ぬということが特別なことではない」「生き合って、死に合っている」高齢化が進む島の現実を前に、そう語る小澤さん。誰もがいつか老い、そして死を迎える。超高齢化、過疎化が進むこの島が直面する現実は、私たちがいつか迎えるそのときの、ほんの少しだけ先を歩いているように思えた。

番組はへき地医療の厳しい現実も映し出す。病院の統合のため、今後、週2、3日しか診療所が開けなくなるかも......。小澤さんは不安そうに話す。人口が減り続けるこの島の診療所は、いつかなくなってしまうかもしれない。そのとき島の医療はどうなるのか。それは、超高齢化社会に突入した日本に暮らす私たちにとって、決して他人事ではない現実なのだ。

地方のテレビ局のドキュメンタリーの強みは、長期間にわたる継続的な取材を行うことができることだ。視聴者としてはどうしても「その後」が気になる。番組では8年後の島の今を伝えている。診療所は変わらず島にあり、小澤さんは変わらず看護師をしていた。今年6つの新しい命が誕生し、小澤さん自身も2人の子どもの母親になった。だが島の人口はその後も減り続けている。厳しい現実は変わらない。それでも島の時間は今も流れ続けている。

大きな事件や劇的なクライマックスがあるわけではない。ただ、島の日常が、静かに流れているだけだ。その緩やかな時間の流れのなかで、私は一昨年、実家で看取った祖母のことを思い出していた。田舎に住む両親のことも。番組を見ながら、大切な誰かを思う。人の心に残り続けるドキュメンタリーというものは、そういうものなのかもしれない。

『このマチ、潰しません。安芸高田市の「20年後」』

広島テレビ放送(2023年9月30日放送)

今、ネット上で話題になっている町がある。広島県安芸高田市。「恥を知れ!恥を という声があがってもおかしくないと思います」。議会での強い発言をしているのは、安芸高田市の石丸伸二市長だ。政治と金の問題で前の市長が辞職したあと、銀行員を辞職して市長選に出馬、初当選を果たした市長だが、議会のさなかに居眠りをした議員のことをSNSで取り上げて以降、議会との対立が続いている。

石丸市長と議会との対立を取り上げた動画は、ネット上で数多く再生され、日本中で注目を集めている。実は私もこの市長と議会の対立を知ったのは、ネットの動画だった。だが、断片的な情報や偏った内容の動画では、そもそもなぜ、市長と議会が対立することになったのか、そして結局何が問題なのかという、安芸高田市をめぐるこの問題の全貌は見えてこない。そんなときに、目にとまったのが、この番組だった。

番組の主軸は市長ではなく若者たちだ。市が県外の学生を集めて行った、5泊6日のインターンシップを通して、安芸高田市の未来に目を向けていく。学生に晩ごはんをテーマにした議論の方法をレクチャーする石丸市長の表情は、これまで動画で見たものとは全く違って、優しく穏やかだ。若者たちは若者たちは市内の酪農家などを訪れたり、市役所の職員たちと意見交換したりしながら、グループで自分たちなりの政策を作っていく。

安芸高田市が今、どのような厳しい状況に置かれているのか。学生たちの活動とともに、番組内でその現状をひもといていく。2004年に6つの町が合併した安芸高田市。人口は現在、2万7,000人だが、20年後には人口が5,500人減り、それに伴い地方交付税も23億円減る見通しだという。20年後には市の財政が破綻してもおかしくない、そんな厳しい状況なのだ。今、変わらなければ未来がない。一見厳しすぎるようにも感じる市長の姿勢には、未来にこの町を残し続けたいという強い思いが表れているように感じた。だからこそ、議会との対立が歯がゆくも感じる。そして、ふと我に返る。この町の現状を他人事のように見ている私たちは、自分たちが暮らす街、そして国のことを、しっかりと見ているのだろうかと。

地方のテレビ局のドキュメンタリーを見ると、いま、日本が抱えている問題が見えてくる。面白さだけを追っていては、問題の本質は見えてこない。ただの流行ではなく、地域に根を下ろした地道な取材が、地方のドキュメンタリーの屋台骨になっているのではないかと思う。地方の民放ドキュメンタリーの底力を再認識させられるような番組だった。 

『心が大人になる前に ~父娘で歩んだ14年~』

福岡放送(2022年9月25日放送) 

福岡市に住む安武信吾さん、はなちゃん親子。2人の妻であり、母親である安武千恵さんは、乳がんのため33歳の若さで亡くなった。生前、千恵さんは、まだ幼いはなちゃんにみそ汁づくりを教えることで、生きる力を伝えようとした。番組が2人の取材をはじめたのは、千恵さんが亡くなって2年後、はなちゃんが7歳のときだ。それから12年。小学生、中学生、高校生、そして大学生。はなちゃんの成長を、番組では丁寧に追い続けてきた。父と娘の物語は、その後、「はなちゃんのみそ汁」として書籍化され、映画になり、テレビドラマにもなった。はなちゃんとパパは多くの人に注目され、父と娘の物語はさまざまな媒体で取り上げられた。実は私もそのなかの一人だ。取材をきっかけに、安武さん親子と知り合い、今も交流させていただいている。

2人を取材した多くの番組のなかでも、私はこのドキュメンタリーに深く心を打たれた。特に感銘を受けたのは、番組内で語られるディレクターの思いだ。

「私がはなちゃんのみそ汁をテーマに安武さん親子の取材をはじめたのは12年前。千恵さんが亡くなって2年が過ぎていました」

番組の途中でナレーションが、ディレクター本人の語りに変わる。そして、ディレクターによって、安武さん親子への12年の取材のなかで、彼が抱き続けた葛藤が語られていく。

ディレクターからはなちゃんへのはじめての質問は、「どうして、みそ汁を作るの?」。はなちゃんは、はにかみながら「パパが笑ってくれるから」と答える。テレビカメラの前で無邪気にはしゃいでいたはなちゃんも、心の成長とともにさまざまな表情を見せるようになる。「はなちゃんのみそ汁」の映画が完成したあとの取材では、はなちゃんはママへの思いがあふれ出て号泣してしまった。自分の問いに、はなちゃんが心を痛めてしまったのではないか......。ディレクターは自身の取材方法が正しかったのか、自問自答する。そして、反抗期を迎え、はなちゃんがカメラを避けるようになると、10年続けていた取材をこのまま続けてもいいのだろうかと、安武さんに思いをぶつける。

取材により誰かを傷つけるのではないか......。物書きの一人として、私がいつも恐れていることでもある。だからこそ、自らの取材を省みながら、時には恐れずに思いを率直に伝え、父娘のあゆみに伴走するように真摯に取材を続けていく作り手の姿勢には、心から敬意を表したいと思う。インタビュー中に垣間見える安武さん親子の自然体の笑顔は、本当にすてきだった。きっと撮る側と撮られる側、互いの信頼関係がしっかりと築かれているのだろうと、そう思った。

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