米国ローカルテレビ篇part4:米国ローカルテレビ局の経営(後編)費用と利益水準について ~「データが語る放送のはなし」⑮

木村 幹夫
米国ローカルテレビ篇part4:米国ローカルテレビ局の経営(後編)費用と利益水準について ~「データが語る放送のはなし」⑮

米国ローカルテレビ篇8回目は、いよいよ最終回(の予定......)です。今回はローカルテレビ局の費用と利益について見ていきます。かつて米国のローカルテレビ局(ラジオもそうですが)は、毎期安定して高いキャッシュを生み出すため、投資家にとっては魅力的な業界でしたが、現在はどうなっているのでしょうか?

実質的に最大の費用はニュース制作費

図表12019年の米国ローカルテレビ局1局あたりの費用内訳と利益を、全地区平均とDMA(Designated Market Area)ランキング別平均4カテゴリーでお示ししました。これまで同様、4大ネット(CBSNBCABCFOX)の直営・加盟局のみのデータで、公共放送サービス(PBS)を含むそれ以外のネットワーク系列局や独立局は含みません。全ての科目について人件費を含み、放送権の償却費以外の償却費(別に掲載)を含まないデータです。

230203 連載⑮図表1.jpg

<図表1. 米国ローカルテレビ局(4大ネット直営・加盟局)
費用内訳と利益 [2019年]

以前もご紹介しましたが、最も大きな費用を計上しているのは編成部門です。ですが、このかなりの部分は、再送信同意料収入のネットワーク会社(CBSNBCABCFOX)の取り分です。この支払いが大部分と考えられる編成部門の"その他"は編成部門の費用全体の9割近くを占めています。"その他"の金額は、前回ご紹介した収入内訳の中の"その他放送事業収入"のちょうど半分くらいです。"その他放送事業収入"のほとんどは再送信同意料収入ですので、私が以前、米国のローカルテレビ局やNAB(全米放送事業者連盟)で伺った「再送信同意料収入は、その半分をネットワークに支払っている」との話と合致します。そうすると、再送信同意料収入はそれを得るための追加コストがほぼ0の収入ですので、この部分の利益率は約50%ということになります。

マーケットの規模に関係なく、基本的にニュース以外の番組を制作しない米国のローカルテレビでは、編成部門の費用の大部分がこの"通り抜け"の費用になります。ですので、実質的な米国ローカルテレビ局最大の費用は、以前もご紹介しましたように、やはりニュースです。これはマーケットの規模に関係なく、償却前営業費用の約20%になっています。ニュースの次に多いのは一般管理費で償却前営業費用の15%前後です。これには所有会社に統合されている管理部門の経費の各局の負担分が含まれています。局の管理部門のかなりの部分(小規模局ではほとんど)は、所有会社が一括して請け負っています。管理部門を統合することで全体的なコスト削減を実現しているわけです。

次が営業で同じく10%程度の構成比です。米国では、広告会社やレップ(ローカル局の全国広告の営業代行)への手数料(コミッション)はそもそも収入と相殺しますので、費用に含まれません。この部分はマーケットの規模が小さくなると、若干ですが構成比が上がる傾向があります。小さなマーケットほど手間がかかるローカル営業に頼る部分が大きいのでこうなるのでしょうか。

技術部門については、5%程度と大きくないですね。この部分は基本的に各局単位ではあるのですが、ここでも所有会社が(クラウドなども利用して)一括して請け負っている部分があり、加えて、所有会社が同一エリアで複数の局を所有している場合や、エリア内の他局と以前ご紹介したLMA (Local Marketing Agreement)を締結している場合は、他局と設備の共有や共同運営を行うことでコスト削減につとめていますので、その効果もあるのでしょう。

ローカル局の役割を割り切って限定している米国

米国のローカルテレビの業務は、①放送設備や送信設備の維持・運営、②ローカルニュースの制作、③ローカルエリアでの営業、の3点に集約されています。全国広告営業はレップに委託し、ローカルニュース以外の番組制作はネットワークとシンジケーション市場に依存しています。管理部門の大半は所有会社に統合しており、各放送局自体は法人ではないので取締役も存在しません。ネットワーク、シンジケーター、所有会社、放送局がそれぞれ明確な役割分担を行うことで、重複する部分の費用を抑え、効率的な業務運営を行っています。

放送局は、自らの業務分野を限定することで、上記3分野のうち、収入に直結するニュース制作とローカル営業に、局が使える経営資源の大部分をつぎ込めるわけです。もっとも、技術部門については、日本のローカル局に比べれば、それほど力を入れているとは言えないです。そもそも山岳地帯や特に広大なエリアなどを除けば、大部分のエリアでは親局しかありませんし。

キャッシュフローの売上比率は約3割

次に利益を見て行きましょう。図表21999年と2019年の利益に関するデータを対比させてお示ししました。表の"キャッシュフロー"はここでは純収入から償却前営業費用を引いたものです。いわゆるEBITDA(利払い、税払い、減価償却前利益)に相当し、毎期の営業活動から得られるキャッシュを示します。その事業の営業活動がどれくらいのキャッシュを生み出せるかを示す指標ですので、減価償却・利払い後の税引き前利益よりも、こちらのほうが放送事業の利益創出力をより正確に表しています。

これが純収入に占める比率は、全地区平均で199942.4%201933.2%ですが、この比率には次のような傾向があります。(1)この20年間に全てのカテゴリーの地区で水準が低下している、(2)マーケットの規模による差異は、1999年には規模が大きいマーケットほど比率が高い傾向が明らかにあったが、2019年にはその差が余り目立たなくなった。

利益率が50%ある再送信同意料収入が、収入の約半分を占めるようになったにも関わらず、この20年間で米国のローカルテレビの利益率は確実に低下しました。その低下の幅は規模が大きなマーケットほど大きくなっています。

この原因は、前回の収入構成の変化で見たように、広告収入、わけても全国広告主からの広告収入の低下によるものと考えていいと思います。ローカル広告よりも全国広告の方が大きな割合で減っているので、全国広告の構成比が高い大規模マーケットほど利益率が大きく下がっていると考えられます。加えて、利益率が高い再送信同意料収入の構成比が、大規模マーケットの方が低いことも影響しているのかもしれません。230203 連載⑮図表2.jpg

<図表2. 米国ローカルテレビ局総費用・人件費・利益の変化
(1999年と2019年)

従業員数は20年で3割減少

ここで、ついでに、と言っては何ですが、従業員数に関するデータもありますので、ご紹介しておきます。米国のローカルテレビ局は、経営の効率化がかなり進んでいるにもかかわらず、かつては日本のローカル局に比べると、経営規模に比べて従業員数が多いという特徴がありました。ローカルニュースを制作するためにマンパワーのかなりの部分を費やしているからです。1999年時点では全地区平均で97人のフルタイム従業員がいましたが、2019年には67人と30%近くも減少しています。DMA1-10では24%減程度ですが、DMA151-175では40%以上減少しています。

これだけ従業員数が減ると、最重点部門であるニュース部門でもかなりの人員削減があったものと考えられます。米国のローカルテレビニュースでは、ワンマン・オペレーションが広く導入されており、無人カメラとアンカー1人だけで進行するコーナーが多い印象があります。スタジオも大きなものが一つしかなく、機材も最小限で済ませています。がらんとしたスタジオにアンカー1人というのを見学させてもらったこともあります。きっと以前は、日本のように何人かのスタッフがいたんでしょうね。

キャッシュ・カウは健在だが......

ところで、現在の売上高営業キャッシュフロー比率である30%という水準はどう評価すれば良いのでしょうか? この水準は、米国同様の基準で計算した場合の、2021年度の日本の系列ローカルテレビ局の売上高営業キャッシュフロー比率の約2倍です(ちなみに税引き前利益率では日本の3倍以上です)。決して低い水準とはいえないでしょう。20年前に比べれば下がっているとはいえ、まだ高い収益力を維持しています。しかもマーケットの規模にあまり関係なくこの水準を稼ぎ出しています。

お示しした1999年、2019年ともに選挙がない年だったことも重要です。選挙がある偶数年は政治広告が激増するため利益率も大きく跳ね上がります。中間選挙があった2018年の売上高営業キャッシュフロー比率は全地区平均で約40%でした。(隔年で)売上の約40%がキャッシュとして手元に残るのですから、キャッシュを生み出す力は今でも相当高いと言っていいでしょう。

現在でも米国のローカルテレビ局の利益率は非常に高く、市場の成長率は低いが、競争構造の変化が緩やかで、毎年安定してキャッシュを生み出せる、いわゆる"キャッシュ・カウ"(Cash Cow、日本語では"金のなる木"と訳されることが一般的です)であることには変わりがないと言えます。投資の対象としては、現在でもかなり魅力的なのではないでしょうか。

ただし、それは再送信同意料収入に支えられていることを忘れてはいけません。もし再送信同意料収入がなければ、米国ローカルテレビ局の売上高キャッシュフロー比率は、計算上、全地区平均で13%程度と日本の系列ローカルテレビ局と同程度かそれ以下にまで低下します(これも選挙の年は別ですが)。

ネクスターの利益率は?

最後に、所有会社の方の利益状況も見ておきます。ローカルテレビ局の利益率はマーケットの規模にあまり関係ないことに目を付けた筆頭がネクスターです。同社は取得価格が小さい中小規模マーケットの局を中心に大量のローカル局を買いました。1局当たりの利益のボリュームが小さくても、それらを束ねることで巨額のキャッシュを得、それをさらなる局数の増加(=成長)に繋げています。

図表3にネクスター・メディア・グループの2018年から21年までの売上と利益をお示しします。コロナ禍の20年に売り上げが大きく増えているのは、19年9月に買収が成立したトリビューン・メディアの売上が上乗せされたことが大きいようです。この年は再送信同意料収入が特に大きく増えていることもわかります。21年の売上高EBITDA比率は40.8%ですから、ネットワーク直営/加盟局の業界平均を上回っている可能性があります。EBITDA65.4%が税金や利子などを支払った後、最終的にフリーキャッシュフローとして残っています。その金額は124,300万ドルですから、1年でざっと1,600億円程度の自由に使えるキャッシュを稼いだことになります。その約半分を配当と自社株買いで株主に還元し、残りの半分を事業拡大のための投資に使っているようです。230203 連載⑮図表3.jpg

<図表3. Nexstar Media Group, Inc. の売上、利益の推移

短期的な利益だけでは説明できないネクスタ―の戦略

ただし、ネクスターは、他の所有会社の買収と複数局所有・LMAによるオペレーションの効率化だけを行っているわけではありません。投資ファンドが直接所有・経営するスタンダード・ジェネラルなどは、もっぱらローカルテレビ局を所有し、利益を吸い上げることを目的としていますが、ネクスターの場合は、最近ではニュースや生活情報を供給する事業者を買収することで所有する局に独自のコンテンツを供給したり、所有局が制作したローカルニュースの全米展開による収益化を模索したりと、事業拡大のための取り組みにも力を入れています。以前お話しした、慢性的な赤字基調だった第5のネットワークCWの買収も、所有する局数は確かにさらに増えますが、収益効率の観点からは理解が難しい案件です。株式の75%をネクスターに譲渡したパラマウントとワーナーは、ネクスターなら経営を立て直してくれると考えたのか、債務を引き受けてもらうことでキャッシュの受け取りなしで譲渡する契約のようです。詳しい事情が分からないのでネクスター側の意図は図りかねますが、少なくとも短期的にはネクスターの利益率は大きく低下するはずです。

以前にもご紹介しましたが、ネクスタ―創設者で会長兼CEOのペリー・スーク氏は生粋のローカルテレビマンです。同氏は現在、NABのテレビ部門の理事会議長も務めており、名実ともに米国ローカルテレビ業界のリーダーと言えます。良く解釈すれば、ネクスタ―がローカルテレビ業界をけん引するという意識もどこかにあるのかも知れませんね。

米国ローカルテレビのパーパスとは?

さて、長々と(ダラダラと?)続けてきた米国ローカルテレビ篇は今回でひと区切りです。戦後、米国を参考にして制度化された日本の民放は、世界で(ほぼ)米国と日本にしかないローカル放送局を基本とする放送の仕組みです。日本のローカル局にとって、世界で唯一参考になると言える米国のローカル局のあり方は、特に21世紀に入ってから大きく変容しました。言うまでもなくネット系メディアの伸長によるものです。

米国のローカルテレビは、日本では逆立ちしてもまねできなそうな(?)、収入の半分を占めるに至った再送信同意料収入の確保により、現在でも高い利益率を維持していますが、従来型の広告収入は、率直に言って、隔年の政治広告に支えられている部分が大きい状況です。デジタル関連の収入確保に傾注するも、なかなか規模を大きくできないのは日本同様です。しかし、それでもローカルニュースに力を入れるのは、ほぼ唯一の自前の収益源というだけでなく、以前ご紹介したペリー・スーク氏の言葉にあったように、ローカルニュース制作自体がローカルテレビの"パーパス"(存在意義)だからではないでしょうか。

米国ではローカルニュースの消滅は
地上波テレビの消滅に繋がる?

米国のローカルテレビがローカルニュースの制作を放棄すれば、その時点でローカルテレビはその存在意義を失い、ネットワークにとっては伝送手段としての利用価値が低いものとなり、米国の視聴者にとってはFASTなども含めれば、ほぼ"無限"にあるフリーチャンネルの一つとなって、いずれは消滅していくのでしょう。そして地上波テレビ=ローカルテレビの米国では、ローカルテレビが消滅した時に、地上波テレビも消滅することになります。そんなことは遠い将来も起こるはずがない! のかどうかは誰にもわかりません。

最新記事