差別をしないために考えるべきこと【シリーズ「人権」②】

米澤 公章
差別をしないために考えるべきこと【シリーズ「人権」②】

旧ジャニーズ事務所元代表者による人権侵害行為について、民放各社の意識が希薄であると指摘され、その姿勢が厳しく問われました。民放連では2023年12月に「人権に関する基本姿勢」を策定するなど、今後とも社会から信頼されるメディアであり続けるために、人権への取り組みを喫緊の重要テーマに掲げています。

そこで、民放onlineでは「人権」についていま一度考えるためのシリーズ企画を実施します。第2回は朝日放送テレビの米澤公章・考査部長。人権と密接に関係する「差別(差別表現)」について執筆いただきました。(編集広報部)


放送と人権。あまりに広く専門的で、イチ放送局の考査担当が語るには重いテーマです。そこで、専門的な話は識者の方々にお譲りするとして、放送における人権を考える時に必ずと言っていいほど出てくる「差別(差別表現)」について、僕が思うところの基本的な考え方をお伝えします。ゆるい話し言葉の文体ですが、気軽に読んでいただければうれしいです。 

『放送禁止用語』はありません?

「この言葉って使っていいですか?」「(放送)禁止用語でしょうか?」

考査担当が必ず(笑)と言っていいほど、投げかけられる言葉です。僕が答えるのはいつも同じで「用法、文脈次第」です。放送禁止用語という表現を用いる人がいますが、そのような用語集は各放送局にありません。〇か×で区分けできるなら楽ですけど、そんな簡単なものじゃなく、表現する言葉に「用法、文脈に差別的な意味合い」があるかどうかで決まるんです。

ネットなどで放送禁止用語とされる言葉「めくら」を例に出して説明します。機械的に言い換えるなら「視覚障害者」。では、めくらは絶対に使用禁止で、視覚障害者であればどんな使い方でもいいのでしょうか。

ドキュメンタリー番組で視覚障害者の方が「過去にめくらと呼ばれて皆にいじめられ」と言っても、放送禁止用語だ! とカットしませんよね。一方、バラエティ番組で、よそ見している出演者に対して「視覚障害者か!」とあえて言い換えツッコミ入れる、これもありえませんよね。わかりきった極端な例ですが、言い換えたら何でもOK、じゃないんです。そういう意味で「用法、文脈次第」です。 

放送基準を手にしてみよう

ほとんどの放送局が番組基準として準用している「民放連 放送基準」(以下、放送基準)。これは放送局の諸先輩方の貴重な知見(失敗も)を集めたものです。また、それぞれの条文の理解を深めてもらうため、「民放連 放送基準解説書」(以下、解説書)という冊子があり、会員各社の皆さんの手元に届いています。右から左へそのままロッカーに片づけてしまった人いませんか? 一度手元に取り出して開いてみてください。皆さんの悩みを解決しうる解説や事例が書かれています。

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2023年4月、その放送基準が大きく改正されました。1970年にラジオとテレビの放送基準を統合して以来、初めての大幅な改正となったのですが、解説書では条文だけでなく解説文や事例が変更、追記されました。その中で差別に関する条文、第5条を紹介します(下線が改正部分)。

(5)人種・民族、性、職業、境遇、信条などによって、差別的な取り扱いをしない。

(解説)

放送において、差別を助長したり、人権を侵害したりするようなことがあってはならないことを、放送に携わるひとりひとりが自覚しなければならない。

人種・民族、性(性別・性自認・性的指向など)、職業境遇(家庭環境、出身地や居住地など)、信条のほか、障害や身体的特徴、疾病などを表現する時には、当事者の人権を尊重しなければならない。特に社会的弱者やマイノリティの人々への配慮が求められる。

差別の意図がなくても、なにげない表現が当事者にとっては重大な侮辱あるいは差別として受け取られることが少なくない。侮辱あるいは差別されたという念を抱かせることのないようにしなければならない。物事をわかりやすく表現するために、上記に関する用語を「たとえ」として使用する場合や、単純化したイメージを用いることは、差別を助長する場合もあるので注意を要する。

差別や人権に関する問題は、用語の言い換えだけで解決するものではない。その背景も含めて常に意識し、時代に即して考え方をアップデートし続ける必要がある。

ずいぶん変わりましたよね。まとめると「差別的な取り扱いの禁止」「社会的弱者・マイノリティへの配慮」「差別意図の有無は無関係」「たとえや単純化したイメージは危険」「時代に即して」です。以下、一部ご説明します。 

差別と区別~差別的な取扱い

「差別ではなく区別だからいいのでは」と時々見聞きします。でも実際、差別と区別は明確に線引きされているわけではありません。「差別にもなりうる区別」、謎かけみたいですが、区別であっても差別的要素が加えられると差別になりかねない、ということです。例えば小学生の徒競走、順位をつけること自体は単なる区別でしかなく、差別的要素は基本ないと言えるでしょう。でも、一等は筆箱がもらえ、最下位には掃除やゴミ出しの罰を与える、そのようなことをすると放送基準の表現を借りればまさに「差別的な取り扱い」ですよね。僕たち放送局の表現も、実態として「差別的」な取り扱いではないかが重要です。

相手の気持ちを考えよう

「人を言葉で傷つけないで」「相手の気持ちを考えて言葉にしましょう」

昨年、小学生向けの出前授業で講演した際、僕は子どもたちにこのように伝えました。そして「言葉」を、「言葉(表現)」とすれば、放送局にもそのまま当てはまります。特に後者の「相手の気持ち」を想像してみてください。相手がその表現をされて嫌な思いをしないかどうか。そしてその相手というのは、小学生ならクラスメイトの一人ぐらいでしょうけど、公共の電波を使用する放送局の場合は対象範囲が広大です。相手が一人でないこともあります。

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先ほどご紹介した放送基準第5条で新しく追加された事例を一つ紹介します。

【事例】バラエティー番組で、日雇い労働者のイメージが強い地区の学校の生徒が不良生徒ばかりであるかのような発言や、行かない方がいい地域といった発言があった。

発言者の一人はその地域の学校に通っていた人でした。「当事者が言うのだからきっとそうだ」と放送してしまったのでしょう。

「一人の当事者は当事者の一人でしかない」これは僕が尊敬するⅯ先輩の至言です。当事者であったとしてもその他大勢いる当事者の一人にすぎません。よって、その他大勢がどう感じるのかを意識しなければいけません。この事例の地域では、誰もがあたりまえの日常生活を送っています。その人たちが、この地域は不良ばかりだ、行かないほうがいいところだと言われてどう思うでしょうか? 皆さんの住んでいる場所がそう言われたらどう思いますか?

「相手の気持ちを考えて」自分をその相手の立場に置き換えると答えが見えてきます。

立ち止まって考えよう

同じく第5条で「差別表現」と明記している、新しく追加された事例を紹介します。

【事例】アイヌ民族を侮蔑する「あ、犬」という差別表現を情報番組で放送した。

この表現は差別に当たるという認識が欠けていたことから起きてしまいました。アイヌ民族の方たちは長らく差別を受けてきた歴史があります。その中で、民族名をもじって犬と呼ぶことは典型的な差別表現でした。放送を見た当事者は衝撃を受けたはずです。「今後はアイヌ民族の歴史を学び、知識を深めていこう!」それはとても大切なことです。まず取り組むべきですが、世の中のあらゆる所で民族差別があります。それらの差別の歴史を知らない時に僕たちはどのように反応すればいいのでしょうか。

民族差別(人種差別も)にあたる表現で典型的なものは、モノや動物に例えることです。つまり、人ではないという扱いです。

皆さんも知っているはずです。猿のポーズ、日本をはじめとするアジア人やアフリカにルーツをもつ人への差別表現として大きな問題によくなります。その同じことを逆の立場で放送はしないように、放送が差別する側に回らないようにしなければいけません。あとはステレオタイプな表現です。同じく第5条から。

【事例】海外で起こったデモについて、筋骨隆々とした強面の黒人男性を描いたイラストを放送したところ、「黒人=乱暴という偏見」「差別を助長する」との批判が上がった。

この批判、解説もいりませんよね。見下す表現はしない、ステレオタイプな表現はしない、その上であとは過去の事例をもとに判断していくしかありません。ただ、考査担当と違って作り手の皆さんが、過去に問題となった事例を事細かに知らないのは当然です。僕も考査担当になった12年前まではほとんど知りませんでした。

それでも、相手がどう思うだろう? と考えることはできるはずです。もし自分が逆の立場で言われるのは嫌かもと思ったら、ちょっと立ち止まって編成や考査の担当に聞いてみてください。

時代の流れに萎縮しないで

不適切な差別表現ではないか? このような意見がネット上ですぐ拡散する時代になり、本当にやりにくい時代になったなあ、と作り手の皆さんは感じておられますよね。確かにネットと違って、国から免許をもらって国民の財産である公共の電波を使用している放送局は、より厳しい倫理観が求められているのも事実です。

それでも僕は、この時代の流れに萎縮してほしくないと思っています。時代の流れを注視しながら、差別的な取り扱いをしていないか、用法や文脈を理解した上で、自信をもって表現してください。そして視聴者やリスナーがどのように感じるか、「相手の気持ちを考えて」表現してください。

正しい情報を伝え、心が豊かになる娯楽を届け、多くの人に感動を与えるために。

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