【書評】本、気になって(第2回)

石井 彰
【書評】本、気になって(第2回)

気になる本=テレビ局再編
根岸豊明 著、新潮新書

若者のテレビ離れが続き、広告収入がインターネットに追い抜かれたテレビの最前線でいま何が起きようとしているのか? これからどうなっていくのか? 続きをどんどん読みたくなる一冊です。

著者は1957年生まれのジャーナリスト、メディア研究者。というよりも日本テレビで編成、報道、そしてメディア戦略の中枢に携わり、同社取締役執行役員を経て、札幌テレビ社長、会長を歴任しました。ですから本書のタイトルである「テレビ局再編」の可能性をキー局と地方局の双方の立場から見てきた希有な人物です。その体験から得たマクロ(中央)とミクロ(地方)の「複眼的な思考」は、本書の随所に活かされています。

本書を大きく二つに分けると、まず前半でテレビ70年の歴史から現在までを振り返ります。そして後半ではテレビの未来=テレビ局再編を予測していきます。タイトルがどうしても気になる方は、第5章「テレビ経営の現在位置」から読むことも可能です。ただ<過去は未来の道標>という言葉もあるように、過去があって、そこから影響される現在と未来があるのですから、歴史を振り返ることも大切です。

日本のテレビは1953年の開始以来、高度経済成長と軌を一にして、その規模を拡大してきました。根幹はNHKと民放の二元体制のもと、ほぼ各県にキー局系列によって民放テレビ4局体制が作られ、「誰でも、どこにいても」同じ番組が見られるようになっていきます。そして先行するラジオ、映画をまたたくまに追い抜いて「メディアの覇者」の座を誇ってきました。

しかし、インターネットの登場と、その驚くほどの普及と進化によって、あっというまにその座を譲り渡して、いまや「終わったコンテンツ」とまで揶揄される事態に追いやられてしまいました。ただ、そのような急変を、テレビが手をこまねいて見ていたわけではありません。衛星放送、地上テレビ放送のデジタル化、そして「見逃し配信」、個人視聴率導入など、時代の要請に応え、あるいは先取るように事業を拡大してきました。もちろんさまざまな試行錯誤があり、成功したものばかりではありません。日本テレビやNTTドコモなどが始めた携帯端末向けマルチメディア放送「NOTTV」はわずか4年で放送が終了し、「全国配備した中継局の撤収など、『敗戦処理』にも人手とカネが掛かり、大損となった」と、包み隠さず書いていて好感が持てます。

本書には、思わぬ形で進行したハイビジョン化の苦労や、「認定放送持株会社」へのキー局と地方局の思惑の違いなど、当事者でなければ知ることができない内情も書かれています。なかでも安倍晋三首相(当時)によって、2017年秋から2018年初夏まで続いた「放送制度」の改変は、大問題でした。それは「通信と放送で制度が異なる規制・制度を一本化する。放送法4条などを撤廃する。放送のハード・ソフト分離を徹底し、多様な制作事業者の参入を促す」というものでした。

こうした動きにテレビ業界は激しく反対します。本書に描かれているように「安倍首相と民放連首脳が意見交換で会食の席を持ったが、首相は頑なに持論を展開して譲らず、民放連首脳も真っ向から反対論を述べたため、穏やかに意見交換をするはずだった会食の席が激しい議論の場になってしまった」そこにはこんな気になる記述もあります。「最終局面で首相に矛を収めさせたのは、彼が敬愛するメディア界の重鎮の『説得』だったと言われている。」というのです。

さらに社会は変化していき、著者が繰り返して強調するように「日本は今後、人口減少、少子高齢化、過疎、そして広告市場の縮小」が進んでいきます。それはこれまで放送行政が推し進めてきた「県域民放テレビ4波政策」の終焉をも意味しています。

著者は「主に経済的な事由から一部の地方エリアで始まる」とテレビ局再編を予測し、同一エリア内の異なる系列局による「水平統合」をあげています。また、「地域力」を旗印にしたエリア内の協調が鍵となるというのです。いや、そんなことはあり得ない、と否定する向きも多いでしょう。しかし、それはあまりにも現状追認の考え方(正常性バイアス)ではないでしょうか? 銀行や百貨店などで起きた、大胆な合従連衡と巨大化の波から、放送だけが無縁だとはとても言えないと思うのです。

放送の仕事に携わっていると、次回の番組制作やCM販売など、目先の仕事に傾注しがちです。1年先のことすら考えることができず、5年先のことなどとても思いもよらない人が多いのではないでしょうか? テレビ成長期はそれでよかったのかもしれません。しかし、社会構造がゆるやかに、同時に、激しく変化する時代には、放送に携わる一人一人が、自分の将来とともに、テレビの、そしてテレビ局の明日を考えていかざるをえません。

本書はテレビの未来を考える格好の教科書です。しかも新書(廉価)なので手軽に読めます。

203Q年、あなたが働いているテレビ局はどうなっているのでしょうか?

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テレビ局再編
根岸豊明 著 新潮新書(新潮社) 2024年1月17日発売 880円(税込)
新書判/224ページ ISBN    978-4-10-611025-2

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