同僚や部下からカミングアウトを受けたら、どうすべきか~性的マイノリティの人権を守るために 【シリーズ「人権」⑥】

向井 蘭
同僚や部下からカミングアウトを受けたら、どうすべきか~性的マイノリティの人権を守るために 【シリーズ「人権」⑥】

民放onlineは「人権」をあらためて考えるシリーズを展開中です。6回目は「性的マイノリティの人権尊重」を取り上げます。主に組織の労務管理上の観点から、そこで働く人たちから性的少数者であるとカミングアウトされた場合にどのように対応すべきか――弁護士の向井蘭さんに解説いただきました。LGBTを初めて学ぶ方にも‟学び"や"気づき"があるのではないでしょうか。(編集広報部)


Ⅰ.LGBTとは

LGBTとは、L=レズビアン(女性同性愛者)、G=ゲイ(男性同性愛者)、B=バイセクシュアル(両性愛者)、T=トランスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と自分の認識している性別が一致していない人)など、性的少数者の総称です。

性的指向(Sexual Orientation)は恋愛や性的関心がどの対象の性別に向くか向かないかを示す概念であり、性自認(Gender Identity)は自分の性別をどのように認識しているかを示す概念です。性的指向と性自認からLGBTを分類すると以下のとおりになります。

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日本におけるLGBTの割合については、調査によって異なることがあります。しかし、一般的な傾向として、以下のようなデータが報告されています。

電通ダイバーシティ・ラボの調査(2020年)によれば、日本におけるLGBTの割合は約8.9%です。この調査は、全国の20歳から59歳の10,000人を対象に行われました。NHKの調査(2015年)では、LGBTを含む性的少数者の割合が約7.6%と報告されています。この調査は、全国の15歳以上の人々を対象に行われました。

これらのデータはあくまで参考であり、実際の割合は調査方法やサンプルサイズなどによって異なることがあります。とはいえ、LGBTの割合は、多くの方が想像するよりも多く、会社の同僚や取引先にLGBTの方がいてもおかしくない割合になっています。

Ⅱ.カミングアウトは嘘のない関係を
築くために行われる

「カミングアウト」とは、主に性的マイノリティが「自らの性のあり方を自覚し、他者に開示すること」を意味します。カミングアウトをすると考えられる主な理由は、広く言えば、当事者が非当事者と嘘のない関係を築くためです。

LGBTをカミングアウトしていない場合、「交際相手」や「結婚」について聞かれると、場合によっては嘘をつかないといけないことがあります。日常会話でも、例えば自分の話が矛盾しないか常に神経を使ってしまいます。トランスジェンダーの場合は、自分が考える自分の性別と分けて考えながら話さないといけません。カミングアウトをすることで、嘘をつかずに気を遣わずに日常会話ができるようになります。

厚生労働省の委託事業による調査(外部サイトに遷移します)では、現在の職場で「自身が性的マイノリティであることを伝えた理由やきっかけ:複数回答」に対し、最も多い回答は「自分らしく働きたかったから(セクシュアリティを偽りたくなかったから)」であり(ゲイで50.0% 、トランスジェンダーで62.5%)、また「職場の人と接しやすくなると思ったから」も高い割合(ゲイで37.5%、トランスジェンダーで43.8%)となっています。これらの調査からも、カミングアウトが周囲の関係者と嘘のない関係を築くためであることが分かります。

Ⅲ. カミングアウトは
どのような場面で行われるか

カミングアウトは、個人の生活のさまざまな場面で行われることがあります。以下は、カミングアウトが行われる一般的な場面の例です。

⑴  家族へのカミングアウト 
家族は一般的に最も親しい存在であるため、カミングアウトの対象となることがあります。一方、家族に対してカミングアウトせずそのまま家庭関係を続けることもあります。家族だからといってカミングアウトするわけではありません。

⑵ 友人へのカミングアウト
親しい友人にカミングアウトすることがあります。友人が理解し支援してくれることで、心理的な負担が軽減されます。

⑶ 職場でのカミングアウト
同僚や上司にカミングアウトすることがあります。職場でのカミングアウトは一部の当事者(上司等)にだけ行う場合と朝礼などで職場全員に対して行うことがあります。また、トランスジェンダーが、服装などがこれまで男性用のスーツを着用していたものが女性用のスーツに替え、言葉ではなく服装でカミングアウトすることがあります。

⑷ 学校や教育機関でのカミングアウト
学生が自分のアイデンティティを表明するために、教師やクラスメートにカミングアウトすることがあります。一方で、LGBTの知見が乏しい場合、以下に述べるアウティングにつながってしまう可能性もあります。

Ⅳ. アウティングとは
~命にかかわる結果を引き起こす可能性がある

アウティングとは本人の性のあり方を本人の同意なく第三者に勝手に暴露することを言います。これはプライバシーを侵害する行為にあたります。

アウティングは命にかかわる結果を引き起こしてしまうことがあります。例えば、2015年に一橋ロースクールに通うゲイの大学院生が、ゲイであることをLINEグループで暴露されてしまい、大学の校舎のベランダから転落死してしまいました。遺族が一橋大学と暴露した学生を提訴しましたが、遺族と学生側は和解し、一橋大学に対する訴訟は大学に予見可能性がないことを理由に請求棄却されました。

2019年にも別の事案で訴訟が提起されました。原告の介護助手が勤務先の病院で、「男性であったこと」を看護部長によって同僚に暴露されてしまい、同僚から気持ち悪いと中傷され、身体を見せるように言われるなどのハラスメントを受け、結果的に病院のベランダから飛び降り自殺を図った事件です。後に労災認定され(日本初とのこと)、和解が成立しました。

Ⅴ. カミングアウトを受けたら

⑴  個人がカミングアウトを受けた場合
例えば上司として部下からカミングアウトを受けた場合、部下から信頼されている可能性が高く、上司としてカミングアウトを受けたら、「何か困ったことがあれば相談してほしい」と回答することは望ましい一つの答えです。

カミングアウトの内容を、①誰にどこまで話しているのか、②どこまで話していいのかを聞くようにします。
誰にどこまでカミングアウトをしているか、誰にどこまで話して良いのかを当事者に確認せずに第三者に話してしまうと、アウティングになるので注意が必要です。

⑵  職場全体がカミングアウトを受けた場合
職場全体にカミングアウトした場合は、職場内でのアウティングの問題は起きる可能性はほとんどありませんが、悪意のある発言や冗談、プライバシーの侵害、差別的な行動などの SOGIハラ(性的指向および性自認に基づくハラスメント)を受ける可能性があります。LGBT研修を行うなどして、偏見・トラブル防止のための活動が必要になります。

⑶ 人事・総務セクションのみがカミングアウトを受けた場合
人事・総務セクションに対してのみカミングアウトをすることがあるのかと疑問に思われるかもしれませんが、今後は十分あり得ます。

まず、大企業では同性パートナーに関して出産や育児、慶弔休暇や慶弔金など、結婚をした異性パートナーと同等の福利厚生を適用する企業が増えてきています。この場合、制度の申請にあたってカミングアウトせざるを得ない状況になりますので、この場合も誰にどこまでカミングアウトをしているのか、誰にどこまで話して良いのかを当事者に確認することになります。

また、現在、同性婚を法律で認めないのは憲法に違反するとして全国で訴訟が起きていますが、一部違憲判決が出始めております。将来的には同性婚が制度化されることになります。そうなりますとかなりの確率で同性婚に関する法改正が行われ、人事・総務セクションに対してカミングアウトを伴う申請が行われることになります。

Ⅵ. アウティングが起きてしまったとき

カミングアウトを受けた後に、よかれと思って職場の他の同僚や上司にも「あの人はゲイなんです」などと伝えると、これもアウティングにあたります。カミングアウトをする際、人を選んで行っている場合(この人だからカミングアウトをした)があるため、それ以外の同僚等に拡散することを想定していないことがあります。

アウティングが不幸にも起きた場合は、①謝罪、②誰に何が伝わったのか確認、③話し合いによる拡散防止が必要です。特に、早急にアウティングされた範囲を確認し、被害者と共有する必要があります。一般的な情報漏洩などの事案でも、漏洩した範囲を確認し、被害者と情報共有するのは当然のこととして行われていますが、機微な個人情報の対応でも同じです。

Ⅶ. まとめ

同僚や部下からカミングアウトされた際は、まずは理解を示し、相手のプライバシーを厳守する必要があります。また、差別や偏見のない職場環境を作るために、適切なサポートを提供し、LGBTに関する知識を深める必要があります。

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