今さら聞けない「肖像権」のアレコレ~「『現場で活かせる』法律講座シリーズ」⑥

國松 崇
今さら聞けない「肖像権」のアレコレ~「『現場で活かせる』法律講座シリーズ」⑥

1.はじめに

放送局は年間のうちに数えきれない番組を制作・放送していますが、番組の撮影などで一般の方にご協力いただくことがあるかと思います。その時に意識しなければならない問題の一つとして「肖像権」が挙げられますが、この肖像権という権利については、法律にハッキリとした記述もないため、意外と正確に理解されている方は多くないように思います。そこで、今回は「肖像権」に関して、放送局の実務に沿って解説していきましょう。

2.肖像権とは?

まずは基本的知識のおさらいです。「肖像権」とは、一般的に「人がみだりに他人から写真や映像を撮られたり、撮られた写真や映像をみだりに世間に公表、利用されない権利」のことを指します。著作権法のように、「肖像権法」といったものは存在しておらず、これは最高裁判例によって確立された憲法由来の人権の一つです。肖像権の侵害が認められた場合は、当該肖像の権利主体である本人から使用の差止めや、損害賠償を請求されるおそれがあります。つまり、すでに制作した番組であっても、その放送や二次利用を止められてしまう可能性があるということです。なので、肖像権をきちんと理解し、適正に扱うことは非常に重要なミッションになります。特に、最近は肖像権侵害に関する一般視聴者の感度もかなり上がってきているほか、番組の内容やキャプチャ映像がSNSなどを通じてすぐに拡散される時代になりました。そのため、肖像をめぐるトラブル事例は年々増加しているように思います。番組制作者としては、より一層こうした状況に感覚を合わせていく必要があるといえるでしょう。

3.肖像権が機能する範囲

(1)肖像権は「本人」のみ「存命中」に行使できる権利
肖像権は、本人の人格権に由来する人権の一つであり、著作権などのいわゆる財産的権利とは性格を異にします。ここから、肖像権は本人が亡くなっても相続の対象にならないと考えられています。また、同じ理由で、肖像権を誰か他の人に譲渡するということもできません。したがって、たとえば、ご遺族などから、「親の肖像権を相続した」と言われたり、本人以外の人間から、「自分は○○の肖像権を譲り受けた」などと言われたとしても、少なくとも法的には応じる必要はない、ということがいえます。

(2)肖像権が主張できない場合
上記のとおり、肖像権は「みだりに世間に公表、利用されない権利」ですから、どんな利用でも、何がなんでも絶対に本人の承諾が必要とは考えられていません。ではどういう場合に承諾の要否を判断すればよいのでしょうか。これには最高裁の判例があり、以下の要素を総合考慮して、当該利用が「社会生活上受忍の限度を超えるか否か」(超えた場合には同意が必要)という基準が用いられました(平成17年11月10日最高裁判決)。

① 被撮影者の社会的地位
② 撮影された被撮影者の活動内容
③ 撮影の場所
④ 撮影の目的
⑤ 撮影の態様
⑥ 撮影の必要性等

分かりやすくいくつかの例に当てはめて説明してみます。たとえば、ある政治家が路上喫煙禁止区画の公道上で歩きたばこをしている姿を撮影し、ニュースで放送することは、政治家という一般に国民の関心が高い立場にある人物であること(①)、公道というオープンスペースでの平穏な撮影であること(③や⑤)、政治家の法令違反をエビデンス付きで報じるという公共的な目的があること(④や⑥)といったことを総合的に考慮すれば、受忍限度の範囲、つまり当該政治家は肖像権を主張できない結論になるでしょう。一方で、興味本位で一般人が自宅で過ごしている姿を隠し撮りして放送するとなると、上記要素はいずれもネガティブ方向に傾くでしょうから、当然受忍限度の範囲とはいえず、肖像権の侵害(承諾がなければ放送できない)になるでしょう。

このように、承諾が必要かどうかはケースによって異なり、はっきりと線引きができるものではないことに注意が必要です。承諾を取らずに誰かの肖像を使用する場合は、安易な判断を避け、できれば会社の法務や専門家に相談するようにしてください。

4.肖像権使用の承諾の取り方

上記のような判例の基準からみて、肖像の使用について肖像権者(本人)から承諾を取らなければいけない、となった場合、実務を踏まえてどのような形で承諾を取るのが望ましいでしょうか。基本は、「撮影時に取得する」「番組情報や二次利用などを明示しておく」「何かあれば撮影側と話ができるルートを用意しておく」といったことが柱になります。これも結局はケースバイケースなのですが、以下代表的なパターンを挙げてみます。 

A.スタジオやロケ現場に来てもらって撮影する場合
このようなケースは、個々の出演者と接触する機会を比較的豊富に設けることができますから、簡易的にでも出演承諾書を作成し、本人にサインしてもらうような運用が望ましいかと思います。出演承諾書には、番組の情報(番組名、放送日など)だけでなく、再放送や配信、アーカイブ、ビデオグラム化など番組二次利用に関する事項も漏らさず記載しておき、まとめて承諾を取っておくことが、「そのような使い方は聞いていなかった」といった後のトラブルを防ぐことにつながるでしょう。承諾書の原本は制作者側で保管し、出演者の方にはコピーなどを渡しておくとより安全かと思います。

B.大勢のエキストラや外ロケで一般の方に協力してもらう場合
上記Aと違ってこのようなケースでは、労力や時間的な問題から、出演者全員にきちんと承諾書という形でサインを取得することが難しいことがあります。どうしても個別の承諾書を取得できない場合は、承諾書に記載しておくべき条件(番組名や放送日時、そのほか二次利用に関するもの)を一覧にした「出演に当たっての事前説明書」のような書類をたくさん作っておき、撮影に当たってこれを必ず配っておく(問い合わせ先の連絡先も添えておく)、撮影現場の目につくところに掲示しておく、といった運用が考えられます。もちろん、承諾書に比べれば、確実に承諾を取ったという証拠力は弱いですが、こうした運用を徹底することで、後ほどトラブルに発展するリスクを減殺する効果は期待できます。このとき一人でも例外がいると、「自分がその例外だ」という主張が出てきますので、ポイントは、この人には渡す/この人には渡さない、といった運用にはせず、「とにかく全員に必ず渡している」という状況を作っておくことも重要です。

C.公園や駅などの施設を取材する際に一般の方が映り込む場合
このようなケースにおいては、上記A、Bのように、承諾書にサインをもらったり、書類を一人ひとりに手渡していくこともなかなか現実的ではないかと思います。そのようなときは、承諾が取れない以上、肖像がはっきりと分かる形ではそもそも使用しない、というのが原則です。ただ、どうしても使わざるを得ないときは、「自分が映っているかもしれないと被写体が認識できる状況」と、「そのことに気が付いた被写体が、番組側にきちんと問い合わせができる状況」、いずれもきちんと確保しておくことが重要です。

要するに、(ア)放送局や番組名が分かるように「ただいま○○の撮影中です」といったような掲示を行い、映り込む可能性のある人がそのことに気が付いて回避行動を取るチャンスを作ること、(イ)それでも回避ができなかった人に対し、あとから使用について問い合わせができるように、「問い合わせがあるときは○○まで」というように番組側の連絡先などを明示しておく、ということです。こうした事実を丁寧に重ねておくことで、一方的・強制的な撮影ではなかったという説明の土台を少しでも整えるのが大切だということです。

5.まとめ

繰り返しになりますが、肖像の使用に関しては、個々人の権利意識の高まり、放送番組のアーカイブ化や配信を含む二次利用の広がり、SNSの拡散文化などの要素が重なり、近年トラブルが増加傾向にあります。令和の時代に生きる放送人として、人権を尊重しつつ、大切な番組を守っていくためにも、こうした重要なトピックについて、より関心と理解を深めていく姿勢が重要だろうと思います。それこそが、これからも放送局が番組制作のプロフェッショナル集団であり続けるための道筋ではないでしょうか。

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