少年事件報道の実名解禁は何をもたらしたか(下)

山田 健太
少年事件報道の実名解禁は何をもたらしたか(下)

(上)編では、検察の発表に依拠せざるを得ない実態と、改正施行からしばらくの報道ぶりを振り返った。後編では、実質的な第一号事案であった甲府の事件を振り返りつつ、実名・匿名報道の境界線を考え、さらに今後の課題を探っていきたい。

3.甲府事件が1つの基準か

時計を2021年秋まで一気に戻す。いわゆる甲府放火殺人事件は、20211012日発生の全国ニュース級事件で、甲府市の住宅が放火され焼け跡から2人が遺体で見つかったものだ。その後、19歳少年が殺人・現住建造物等放火容疑で逮捕された。少年は犠牲者夫婦の長女の知人で、一方的に好意を寄せていたものの、自分の思いどおりにならなかったことが犯行の背景ではないか、と当時報道された。

同年12月8日から鑑定留置、終了後に家裁送致(観護措置)され、2022年4月4日に検察官送致(甲府地検に逆送、10日以内に起訴判断)、4月8日に殺人・放火など4つの罪で起訴なされるという流れをたどる。この段階で改正少年法施行後、初の実名発表・報道がされたわけだ(4月8日に地検が氏名公表)。

事件発生時の報道では、放送・新聞は従来どおり匿名を維持し、週刊誌は少年を実名・顔写真で報道した(『週刊新潮』1028日号、20211021日発売)。そこでは、以下の「解説」が付されている。

・犯行の計画性や結果の重大性に鑑み、容疑者が19歳の少年といえども実像に迫る報道を行うことが常識的に妥当と判断した(誌上のコメント)

・無辜の夫婦を刺殺して放火するという重大事件を起こしたにもかかわらず、逮捕時の年齢が19歳ということだけを理由に実名報道を免れる事態こそ、世の常識に鑑みて"決して許容され"まい(オンライン版での説明)

同日発売の『週刊文春』1028日号でも、目をマスキングした「少年A」の写真を掲載、家庭事情を含め詳細な個人を特定する情報を掲載した。こうした報道に対して日弁連は、「少年法61条に反するものであり、決して許容されない」(1022日)とのが抗議声明を発表、一方で放送・新聞は週刊誌報道を静観した形となった(批判的な番組・記事はなかったのではないかと思われる)。これは、特定少年事件であって、4月以降の起訴時実名報道が想定されることを見据えたものではなかったのか。

そして実際に起訴時の報道では、逮捕時には匿名にしていた民放はじめ大手報道機関も一斉に実名に舵を切ることになった。放送は、NHK・在京キー局はすべて実名、民放は顔写真も放送した(前編で紹介のとおり)。NHKは、氏名を報じたものの顔写真は不掲載とした。通信社は実名(共同は顔写真も)を配信した(通信社の性格上、あえて配信しないという選択肢はないとは思われる)。ネット上での配信もおおよそ同様の扱いであった(TBSは、ネットのみ顔写真不掲載)。

新聞は在京の場合、東京のみ匿名維持、朝日・読売・産経・日経が実名に切り替えた。産経は写真も掲載した。全国でみると、河北新報と琉球新報が匿名を維持した(河北は「現段階」との断りあり)。ネット(電子版)も同様とみられる。ただし、一部は有料版のみ実名とし、無料版は匿名としたものも見られた(朝日・産経はすべて実名)。ネットでは、ABEMAが実名、顔写真を報じた。地元メディアも、放送(山梨放送など)、新聞(山梨日日)ともに実名で報じた。ただし顔写真は新聞・放送ともになしであった。

こうした実名報道の「解禁」を受け、東京弁護士会は「特定少年の推知報道に抗議し、改正少年法第68条の撤廃を改めて強く求める会長声明」(2022年6月27日)を発出している。ここでは「たて続けに検察庁によって特定少年の実名が公表され、これに基づいて推知報道が行われている現状は、上記付帯決議の『特定少年の健全育成及び更生の妨げとならないよう十分配慮』がなされているとは到底いえない。いったん少年の実名等が公表され、報道がなされると、インターネット上にデジタルタトゥーとして半永久的に情報が残され、少年の更生の機会を奪い去るおそれが極めて強い。本改正法において、18歳・19歳の少年にも少年法を適用した趣旨からすれば、18歳・19歳の少年も、17歳以下の少年同様、その可塑性に鑑み、十分な更生の機会が与えられる必要がある」とする。

いわば、発生時における週刊誌に対する日弁連の抗議と、起訴時における放送・新聞に対する東弁の抗議は、ほぼ同じ理由から実名報道に対する危惧の念を表明したものである。弁護士会は、実名報道解禁自体に反対の立場であるから、その抗議は当然ではあるのだが、法の改正の有無を脇におくならば、多くの報道機関にとって、やはり少年法61条は足枷(かせ)であったわけで、「本当は加害少年を実名で報じたかった」のが本心であったことを表すとはいえないか。

建前上は、事件の重大性や地域への影響の深刻さを理由にするわけで、それはそれで間違いないとしても、現実的には、法の禁止規定の適用がなくなり、検察が実名発表することで、「安心」して実名報道に踏み切ったとみえてしまうわけだ。かつて、一部週刊誌の「事件の残虐性」を理由とした実名・顔写真報道に対し、少年の更生の機会を奪うものとして厳しく批判をした姿勢との整合性をどうとるのかが問われることになる。

実名か匿名か以外で判断が分かれたのは、1つは「顔写真」の扱いであった。総じて放送は顔写真を報じたわけだが、これは「画」を重視する媒体特性に由来するものといえるのだろう(いくつかの媒体で、そうしたコメントがみられた)。一方で新聞は、氏名は報じるものの顔写真は不掲載とする社がむしろ多数であった。もう1つの判断の差が生まれたのは「ネットの扱い」であった。これについては、紙や地上波の番組中の扱いとインターネット上の扱いの差という点と、いったんネットに情報を掲出したうえで、それをいつ見えない状態に置く(削除する)かという点がある。

在京中心の報道状況ではあるが、『新聞協会報』(2022年4月26日号、日本新聞協会)などをもとにまとめたのが下の一覧表だ。朝日は無料版も含め実名報道した理由を、「事件の重大性」とした。朝日新聞は以前にも、「更生可能性が事実上ない」という理由で死刑判決時の実名報道を選択していることなど、実名傾向が幾分強い社であるといえようか。

 

本紙・番組

インターネット

氏名

顔写真

氏名

顔写真

日本テレビ

TBS

×

テレビ朝日

フジテレビ

NHK

×

×

朝日

×

×

毎日

×

△(有料版は実名)

×

読売

×

△(購読者は実名)

×

産経

×

日経

×

△(有料版は実名)

×

東京

×

×

×

×

山梨日日

×

△(有料版は実名)

×

共同

×

時事

×

△(有料版は実名)

×

また、先に挙げたネット上の扱いについては、地元山梨日日は掲載翌日(10日)には実名を外す扱いをしている。また顔写真をネット上で流したフジテレビも、サムネイル表示には顔写真が出ないような扱いをしたとされる。こうしたいわゆる「デジタルタトゥー」の問題は、少年事件報道に限らず一般刑事事件の被疑者(容疑者)にも当てはまる問題だし、とりわけ犯罪被害者の実名やプライバシーに関する報道において、いったんメディアが報じればインターネット上に半永久的に浮遊する個人情報の扱いは、最近のメディア批判の要因でもある。

いわゆる2次的な被害をすべて報道機関の責任に帰すべきなのかについては、筆者は否定的な立場にあるが、それでも積極的な手立てを講ずべき課題であることは間違いない。基本は、放送の番組(あるいは新聞の本紙)とインターネット上の情報に差異を設けることは、「事実報道」の観点からも「記録性」の観点からも好ましいとは思えないが、デジタル・ネットワーク特性に合わせた情報発信のあり方として、事件・事故報道においてよりプライバシー保護を重視した扱いが求められており、そのためにネット上では個人情報の範囲をより限定的にすることは必要だ。この点については、機会があれば別稿で詳述したい。

4.法構造と今後の報道課題

ここで改めて、本稿の議論の中核であり前提である法規範をみておこう。少年法は以下のように定める。

 61条【推知報道の禁止】 氏名、年齢、職業、住所、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知できるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない

 68条【記事掲載禁止の特例】 第61条の規定は、特定少年の時に犯した罪により公訴を提起された場合における同条の記事又は写真については、適用しない。

なお、特定少年とは1819歳の加害少年をいい、少年法22条(審判の方式)でも、「審判は、これを公開しない」と情報非開示を定めている。

同条文の特性はすでに知られているとおり、表現の制限規定にもかかわらず拡大解釈が許されており、「紙メディア」を実際は放送・ネットにまで拡張するほか、「家庭裁判所の審判に付された少年」を逮捕段階から適用することにしている。また、「少年のとき犯した罪により」についても成人後の犯罪に適用するし、「公訴を提起された者」を起訴の有無によらず適用するよう拡張して運用されている。

また、「準則」あるいは「理念規定」と呼ばれているように、罰則なしの訓示規定であって(放送法4条類似)で、さらに例外の場合を法曹・報道界双方による申し合わせ文書で規定している(「新聞協会の少年法第61条の扱いの方針」)。いわば、脱法規定が初めから決まっているという珍しい法律ということになる。これは、除外例として報道界が法制定時に当局に要望し、かつこれを、放送を含む報道界の慣行として確立させている。

新聞協会の少年法61条の扱い方針

①逃走中で、凶悪な累犯が明白に予想される場合
②指名手配中の犯人逮捕に協力する場合
など、少年保護よりも社会的利益の擁護が強く優先する特殊な場合

一方で、少年法規定は、警察の現場にも影響を与える。典型的な規定は以下の2つである。これらについても、今般の改正で特定少年に関する適用除外を規定した。

少年警察活動要綱 13条(発表上の留意点) 推知させるような事項は、新聞その他の報道機関に発表しないものとする。

犯罪捜査規範 209条(報道上の注意) そのものを推知することができるようなことはしてはならない。

あわせて、こうした未成年の保護規定は国際基準でもあり、以下に代表的な定めを紹介しておく。青少年保護は、古今東西を問わない共通の考え方でもある。

子どもの権利条約 40条 締約国は、刑法を犯したと申し立てられ、訴追され又は認定されたすべての児童が尊厳及び価値についての当該児童の意識を促進させるような方法であって、当該児童が他の者の人権及び基本的自由を尊重することを強化し、かつ、当該児童の年齢を考慮し、更に、当該児童が社会に復帰し及び社会において建設的な役割を担うことがなるべき促進されることを配慮した方法により取り扱われる権利を認める。

北京ルールズ(少年司法の運営に関する国連最低基準規則) 8-2 原則として、少年犯罪者の特定に結びつくいかなる情報も公表されてはならない。

今回の特定少年規定は、少年事件の厳罰化、犯罪被害者の可罰感情などの声、あるいは国際的潮流(国連加盟の187カ国中141カ国が成年年齢は18歳以下、2008年時点)や、ネットの隆盛による無意味化などが背景あるいは直接の要因としてあるとされる。一方で、子どもの成長発達権や最善の利益、そして何よりも更生機会確保の重要性は変わらない価値として存在する。そうしたなかで、未熟な存在としての「少年」は維持しつつ、「特別枠」を設定し実質的には大人化をしたのが今回の改正ということになる。

投票権年齢や裁判員年齢が20歳から18歳に引き下げられ(憲法改正国民投票法2007、公職選挙法2015、裁判員法2022)、さらに民法上の成年年齢も1876(明治9)年の太政官布告41号以来の改正で、18歳に引き下げられた(民法4条)。これによって、私法上の契約、居場所・進学の進路決定、医師・公認会計士等の就業などについて、18歳は大人の仲間入りをしたわけだ(関連して、男女間の婚姻開始年齢を統一し、女性は16歳から18歳に引き上げられた)。

一方で、少年法上の少年年齢は維持されたほか、飲酒/煙草/公営ギャンブルの年齢制限(未成年者飲酒禁止法・未成年者喫煙禁止法・特定複合観光施設区域整備法・競馬法・自転車競技法・小型自動車競争法・モーターボート競争法)なども変わらず、1819歳の中途半端さが目立つ格好だ(パチンコは「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」で従前から18歳未満が禁止)。

少年厳罰化(適正化)の流れとしては、逆送年齢引き下げ(2000年)で16歳に、刑事処分年齢引き下げ(2000年)で16歳から14歳にと、2007年→2008年→2014年→2020年と改正が続く中で、与党三党合意(2000年9月)を受け、1819歳の特別枠設定が決まった経緯がある。ちなみに旧少年法では、少年は18歳未満と定められ、死刑は16歳以上だった。これらは徴兵制との関係も強い。なお、少年の推知報道禁止(74条)には、1年以下禁錮・1,000円以下罰金が科せられていた。

今回の規定で「実名」が許されるのはあくまでも、家庭裁判所が検察官送致=逆送決定(家庭裁判所において、成人と同様に刑事処分を受けるのが相当と判断した場合)を行った場合において、検察官が公判請求をした(公開法廷で裁判を受けるべきと判断されて検察官に起訴されること)後に限定されることになる。したがって、たとえば甲府事件における週刊誌の実名報道のような、捜査段階や家庭裁判所の審判段階での推知報道は、改正後の少年法下であっても違法である。

また、全件家裁送致(41条・42条)され、その後に原則逆送(20条・62条)されて検察のもとに置かれたとしても、さらに再移送(55条)によって改めて家庭裁判所での審理に付された場合は、68条の適用からは外れると解釈されている。それは、「逮捕・匿名→起訴・実名→再移送・匿名」と実名・匿名が時の経過で変わる可能性を示している。さらにいえば、本稿でも何度か触れたように、法制定時に国会で以下の附帯決議がなされている。

衆議院及び参議院各法務委員会での附帯決議(要旨) インターネットでの掲載により当該情報が半永久的に閲覧可能となることをも踏まえ、推知報道禁止の一部解除が少年の健全育成及び更生の妨げとならないよう十分配慮されるべきである。

この意味するところは、少年法の理念からは、なお極めて慎重な姿勢が求められるということであって、それからすると報道機関は引き続き、推知報道が少年の改善更生や社会復帰を阻害する危険性を認識する必要があることになる。

こうした法の趣旨や運用のありようからしても、その報道は悩みに満ちたものにならざるを得ない。法規定に従い、逮捕段階は匿名で逆送段階で実名と割り切ろうとしても、検察の匿名発表により物理的に実名報道ができない場合も少なくない。また検察匿名のなか取材によって氏名が判明しても、家裁の送致決定に至る調査内容が非公開の中で、報道機関が独自に「あえて実名」にする判断材料を得ることは難しい。あるいは、実名・匿名判断を少年事件の場合に起訴段階にするなら、なぜ一般の刑事事件は逮捕段階なのか、一般の視聴者・読者にはわかりづらくもあろう。

今後の法見直しの中で、1819歳が大人と判断される日が遠くないのかもしれないが、曖昧な法規定の中で報道の氏名扱いがぶれることは、報道機関の信頼度を下げる要因になりかねない。そもそも、当事者である少年を大人の都合で惑わすことはよくなかろう。そうであるならば、社会全体の厳罰化傾向のなかで可罰感情に応えることが報道の使命かは疑問である。少なくとも当面の間は報道機関として、少年法の枠組みの中にある「未熟な存在」として少年を見守ることが、数少ない「責任をもってできること」なのかもしれないと思う。

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