テレビ局が作る フェイクニュースを見極める情報リテラシー教材 日本テレビ『あやしい情報に出会ったらどうしたらいい?』(小学生向け)の開発

山見 穣太郎
テレビ局が作る フェイクニュースを見極める情報リテラシー教材 日本テレビ『あやしい情報に出会ったらどうしたらいい?』(小学生向け)の開発

民放onlineでは、通年企画として各社が実施しているメディアリテラシー向上のための活動を随時紹介していく(過去の記事はこちらから)。今回は、日本テレビ放送網が、小学生向けに開発した教材『あやしい情報に出会ったらどうしたらいい?~テレビ報道記者の仕事をヒントに考えてみよう~』について、ご寄稿いただいた。(編集広報部)


正しい情報を見極める眼を養う

この6月、私たち日本テレビは、全国の小学校に無料配布できる情報リテラシーゲーム教材『あやしい情報に出会ったらどうしたらいい?~テレビ報道記者の仕事をヒントに考えてみよう~』をリリースしました。

この教材は、SNS時代のフェイクニュースに惑わされないよう、正しい情報を見極める眼を養うものです。小学校の45分授業にぴったり入るように構成し、タブレットやパソコンを使ったオンラインゲームを組み込み、子どもたちのワクワクを引き出しながら楽しく学べるようにデザインしています。また、動画を埋め込んだスライド、授業の台本である学習指導案、オンラインゲーム用のURLを3点セットで交付するので、学校の先生がネットからダウンロードしてすぐに使えるのが特長です。

スライド2.JPG<看板アナの水卜麻美が社会部キャップ役として案内役を務める>

最大の売りは、オンラインゲームによる"報道記者の疑似体験"。「山あいの町にツチノコが出た!」というSNS投稿をきっかけに、町の人に聞き込み(取材)をしてその真偽を確かめ、隠された事件の真相を突き止める。質問コマンドを選択して回答を得ながら進める、80年代ファミコン世代には懐かしい「アドベンチャーゲーム」の方式です。(『ポートピア連続殺人事件』ってありましたよね?)

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<のどかな地図が画面に展開=㊧、懐かしのアドベンチャーゲームスタイル=㊨>

「ニュースが届いていない」ことへの危機感

開発にかかった時間は、なんだかんだで丸2年。会社のあちこちの部署から横断的に集まったメンバーが、忙しい本来業務の傍らでなぜ心血注いでこのような教材を作ったのか。その裏話を少々披露したいと思います。

きっかけは、一昨年、平日の情報番組で取り上げた、ある新聞記事でした。

◎小中学生の約半数 「SNSでニュース得る」「情報源確認せず」
読売新聞社と電通総研が小4~中3(6,300人)のニュースに対する意識や読み方について調査を行ったところ、「日常的にSNSでニュースを得ている」という子どもが56.3%に上り、その内47%が発信元を確かめずに情報を受け入れている現状が明らかになった。
(2022年1月27日付け読売新聞より)

これはまずいんじゃないか――私たちは危機感を持ちました。

ご承知の通りテレビ業界は、この何年もの間、視聴者数の減少という問題に悩まされ続けています。学校で話を聞くと、テレビなんて見ない、YouTubeやInstagram動画の方が面白い、ニュースはまとめサイトやX(旧Twitter)で興味があるものだけ拾う、という子どもが大勢います。受像機、ハードとしてのテレビを持っていないケースも珍しくありません。報道局の記者たちが苦労して取材し、精度を高めて報じているニュースが、届いていないのです。

一方で、今や世界中の報道機関を悩ませているフェイクニュースの問題。ネット上で、無自覚か意図的かを問わず、数限りない偽情報が拡散され続けています。生成AIの登場でそのホンモノっぽさと量産スピードも飛躍的に高まり、SNSプラットフォームによる規制やファクトチェックによる撲滅では到底追いつかない。悪貨は良貨を駆逐する...... 何よりも、情報を無批判に受け入れるマインドの市民社会になってしまうと、極論、独裁の台頭を許す恐ろしさがあります。

では、そうならないためには、どうするか? この社会の将来を担う子どもたちが、ネット上の真偽不明の情報を鵜呑みにして信じ込むような人にならないよう、成長の中で手助けがしたい。アプローチするのは、急がば回れで「学校」だ。その思いから始まりました。

テレビ局が作る子どもが夢中になる教材

ちょうど、日本テレビでは、"開局70年プロジェクト"の全社的な企画募集がかかっていました。
「社内の誰と組んで、どんなことをやってもいいぞ」
先ほどの情報番組のチーフプロデューサーが、「テレビ制作や報道取材の知見を活かした情報リテラシー教材を作ろう!」と"この指とまれ方式"で呼びかけると、多士済々が集まりました。番組経験豊富な報道局プロデューサー、文科省にパイプを持つ元社会部記者、大学院で情報リテラシーを研究したアニメプロデューサー、教員免許を持っているアナウンサー、偽情報の見極め方を学校で教える出前授業活動を立ち上げた元報道デスク、さらには番組制作会社ディレクターやプログラミング技術者などなど......。応募総数1,694件の中から審査を勝ち抜き、10数人のコアメンバーで開発がスタートしました。

メンバーが真っ先に行ったことは、「脱出ゲームをしにいこう!」です。文科省のGIGAスクール構想によって全国の公立小学校に1人1台配備されている、タブレット端末を使った体験型のゲーム教材にするアイデアは、当初から決まっていました。でも、どうせテレビ局が作るからには、面白くて子どもが夢中になって食いつくものにしたい。そこで、クリアしたと思ったらまだ謎があるという脱出ゲームの "ヤマ"の作り方を学んだわけです。

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<現役の小学生が開発に協力=㊧、タブレットは今や身近な学習ツール=㊨>

一番苦労したのが、「ネタ選び」でした。フェイクニュースの見極め方を学ぶ授業だけに、私たちは、「実話」にこだわりました。子どもの興味を惹き、へえ⁉ と驚く意外性があり、誰も傷つけないエピソードはないか......

古今東西約30本のネタ候補から選び出したのが、人気バラエティ番組の敏腕リサーチャーが発掘した、1980年に滋賀県で起きた"ツチノコ騒動"です。

暴力団員が東南アジアから拳銃を密輸するために、現地にしかいない毒ヘビを大量に入れた袋の中に拳銃を隠して持ち込み、まんまと税関を突破。しかし、用が済んだからと凍死させて山に捨てたはずの毒ヘビの一部が仮死状態から生き返り、見かけた人がツチノコだと口走ったために大騒ぎになったという珍奇な実話。これを現代風に、イタズラ心で毒ヘビの写真を画像加工してツチノコに見せかけ、SNSに投稿したらバズった、という設定にアレンジしたのです。

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<SNS世代に実感できる設定=㊧、演技にも力が入ったドラマパート=㊨>

日本テレビ×小学生×港区教育委員会

もうひとつこだわったのが、「全国すべての小学校で実施してもらえるパッケージにする」ことでした。教育課程のカリキュラムにマッチし、45分1コマで完結し、教材が簡単に手に入り、面倒な準備なしに先生がすぐに使うことができるもの。かなりの難条件です。そこで私たちは、東京都の港区教育委員会に協力を求め、現役の先生たちから、どういうものだったら使いやすく教え甲斐があるか、アドバイスをもらいました。そのとき知ったのが『学習指導案』という、教師独特のフォーマットの授業台本。
「これがあれば、全国どこの先生でも授業できますよ」
そう言われて、目からウロコでした。

また、公教育であるからにはクラス30人全員が落ちこぼれることなく学ばせたい、という言葉にも胸打たれました。そこで、試作品を作っては、いくつかの小学校でテスト授業を実施してもらい、子どもたちや先生から何度もフィードバックを受けて、ゲームの難易度設定を調節しました。この現場の先生方と子どもたちの協力なくしては、完成させられなかったでしょう。

結果として、この教材は、とてもユニークなものになりました。それは、これまでの教科概念にとらわれない内容であること。メインターゲットを小学5年生の社会科授業に置きましたが、情報の単元として、総合学習・探求の基礎として、道徳や国語の延長としてなど、さまざまな教科のニーズに合わせて当てはめることができます。また、偽情報だと突き止めたら流れるアナウンサーのニュース速報場面、役者を起用してドラマ仕立てで撮影した警察の会見や犯人逮捕のシーンなど、テレビならではの映像演出も好評でした。

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<実際の報道フロアでニュース速報を撮影=㊧、犯人逮捕のシーンのロケ風景=㊨>

授業を実施した先生たちからは、「こちらが求めている言葉が子どもたちからバンバン出てくる」「これは教師には絶対に作れない授業だ」とありがたいコメントをいただいています。一方、子どもたちの感想で特に嬉しかったのが、「ホントに取材しているみたいだった」「再現度高い!」という声でした。学校のネット環境への負荷や開発コストなども勘案して採用したシンプルなアドベンチャーゲーム形式でしたが、一周回って今の子たちには目新しく、想像力で余白を埋めて架空の町を歩き回ってくれているようです。

今年6月にリリースして以来、都内はもとより名古屋・大阪・福岡など大都市を中心に各地の学校から(中には海外の日本人学校からも)多数のお申込みをいただいており、この情報リテラシーゲーム教材の展開は順調に滑り出しております。今後は、全国1万9千の小学校すべてでこの教材を使っていただくことが大目標です。そしてそれは、明日の社会をより良くするための苗を植える仕事、われわれマスコミがやるべき取り組みだと信じています。

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