鹿児島県では、県警の巡査長、前生活安全部長が内部文書を漏らしたとしてそれぞれ逮捕される2つの事件が2024年4月から5月にかけて発生した。第1の事件は、巡査長がウェブメディアに内部文書を提供した内部文書の漏洩。この捜査で県警は同メディアを運営する代表の自宅を家宅捜索し、その際に別の内部文書の漏洩が明るみになり、前生活安全部長が逮捕される第2の事件に至った。
これらの事件を検証し24年9月に放送したテレメンタリー2024『秩序と闇 それは犯罪か、内部告発か』(外部サイトに遷移します)で、ディレクターを務めた鹿児島放送(KKB)の横枕嘉泰氏に寄稿いただいた。(編集広報部)
※肩書等は当時のまま
「県警職員が行った犯罪行為を野川明輝本部長が隠蔽しようとした――」
耳を疑うような言葉が飛び出したのは24年6月5日、鹿児島簡易裁判所202号法廷。月刊誌の記者に捜査情報を流出させたとして国家公務員法違反(守秘義務)に問われた、鹿児島県警前生活安全部長・本田尚志被告の勾留理由開示公判だった。
今年度に入ってからこの公判に至るまでに、県警ではストーカーや盗撮など5件の不祥事が次々に発覚。地元報道はそれなりに熱を帯びてはいたが、まだその範囲でしかなかった。
しかし、本田氏の事件は、別の警察官(巡査長)による捜査情報流出事件で家宅捜索されたウェブメディアのPCから証拠物が押収された可能性があり、その捜査手法の是非を含めて一気に関心が高まった。
主な論点は3つ。①本部長による不祥事の隠蔽行為はあったのか、②公益性がある内部告発者の逮捕が適法なのか、③ウェブメディアへの家宅捜索は適法なのか――。いずれも、いち地方にとどまらず全国の刑事司法やメディアに関わる問題と判断して、テレビ朝日系ドキュメンタリー「テレメンタリー2024」への出稿が決定した。
難航する取材
「闇」にはたどり着けず
取材は難航した。当たり前だが県警は都合の悪いことは明かさない。定例会見では事前に「質問取り」を行い、それ以外の質問には答えない。情報公開請求もほぼすべて非開示決定。本部長を含めた幹部へのインタビューはすべて拒否。こうした表玄関はともかく、直当たり取材でも同様で、不祥事に関係した後に退職した元幹部は「何だぁ、お前!人権侵害だ!」と凄んでくる始末。恥ずかしい話だが社内に「ヤサ帳」(独自の住所録)もなく、ウラ事情を話してくれる県警OBですら、いちから探すことを余儀なくされた。
結論から言ってしまえば、番組は①の「県警の闇」には到底たどり着けなかった。多すぎる不祥事と複層的に絡む登場人物。既存メディアの現在地を問う必要もあり、番組の内容自体が散漫で難解になったことは否めない。
限られた情報
問い続けた情報の真贋
こうした難しい取材環境にある記者が注意を払うべきは、「その情報は正しいのか」を精査する姿勢だろう。情報が取れない状況に追い込まれた者は、得られた情報に"すがり付こう"とする。その結果、幾多の誤報が生まれ、メディアはその価値を自ら落としてきた。特に、テレビと新聞で決定的に異なるのは「画」だろう。最悪でも音声は必要となる。このハードルを越えて素材を得ることは、本件では特に難しかった。前日まではOKだった県警OB取材が急遽ダメになり、同僚記者が肩を落とすこともあった。
話を戻すと、県警と関係者の主張は真っ向から食い違っていた。貝になった県警から得られる情報は少なく、いきおい「その他の情報」で番組を構成せざるを得ない。新聞の降版時間が迫る中で、1面アタマの特ダネを打つか見送るかで心臓が締め付けられる、あの焦りや懊悩にも似た感覚を覚えていた。
もちろん、そこで"飛び降りる"ことはしなかった。他の刑事被告人や被害者・関係者らへの完オフ取材(取材相手やその発言内容を公表しない)、入手した内部文書、関係法令、それらと収録できた素材を突き合わせ、情報の真贋を選り分けていった。その手順や手法をここで明かすことはできないが、少なくとも「県警がやっていることはおかしい」と確信をもって報じることにはつながった。
番組には一定の評価
プロフェッショナルの支えも
9月14日にYouTubeで公開した番組の再生回数は15万回を超え、コメント数も450に達した。ツールを入れて測定したところでは、好評約1,950に対して不評約30であり、一定の関心と評価は得られたのではないだろうか。
番組に出演した奥山俊宏・上智大学教授(元朝日新聞編集委員)やスローニュースの熊田安伸氏(元NHKネットワーク報道部統括プロデューサー)らが、素早くこの問題に反応してくれたことにも助けられた。日本記者クラブ「調査報道ゼミ」のボードメンバーとして、以前から親交があった国内有数のプロフェッショナルたちと忌憚なく速やかに意見交換できたことで、②③の論点は番組内でもかなり整理できたと考えている。
刑事司法における「報道軽視」の危機
番組からは少し離れるが、われわれ報道関係者が危惧すべきは、一連の事件でメディアが被疑者の関係先として家宅捜索を受けた事実だ。件のウェブメディアが「メディアであるか否か」を論じる社もあると聞く。しかし、個人情報保護法では「報道を業とする個人」も報道機関とされるうえ、取材対象に情報や資料提供を求める行為は正当な取材活動である点、現下の既存メディアに対する社会の視線なども踏まえれば、本件のような内部告発の受け手に足るメディアとみなし得ることは否定できまい。もしも、われわれの下に置くかのような認識があるとすれば改めるべきだろう。県警内部にさえ「よく情報収集している」「世直しメディア」と評価する声があったことも付記せねばならない。
とすれば、今回の家宅捜索を看過すべきではない。野川本部長は「報道の自由は理解している」、中野誠刑事部長は「メディアかどうかというよりも捜索先として捉えている」と開き直った。しかし、取材報道の自由は憲法21条に基づく権利として尊重され、これまで捜査権のメディアへの介入は極めて抑制的に行使されてきた。国会答弁や最高裁判例で築き上げられ守られてきたこうした姿勢が、今回いともたやすく無視されたように感じているのは私だけではないだろう。
<鹿児島県警・野川明輝本部長>
本件において裁判所が捜索差押許可状を出したことからも、法曹を含めた日本の刑事司法全体が、こうした歴史的な経緯や憲法解釈を「尊重」はおろか「理解」すらしていないのではないか、との強い懸念を抱かざるを得ない。そしてそれは、われわれが社会的な存在価値を落としていることと無縁ではないと思われる。
「現場」を得た記者として
閑話休題。番組の効果もあったのだろう。現在KKBには被害者の声が複数寄せられており、公益通報と並んで大切な、犯罪被害者対応をめぐる取材も続いている。
また、来年度以降は本田氏の初公判も開かれる。事件や災害に苦しむ方々に大変申し訳ないとは思いつつ、「現場」があることは記者にとって無二の財産と感じる。長丁場の取材となるが、現場を得た者として、同僚らと共に引き続き取材を進めていきたい。
最後に。今回、巡査長と本田氏による二つの「内部告発」があった。その受け手に、地元を含めた既存メディアが選ばれなかった事実は、悔しく情けなく、そして申し訳ない。番組内でフロントラインプレスの高田昌幸代表が語った言葉を借りれば、われわれは権力機構に「コントロール」されている。視聴者もそう感じているが故の、この有り様なのだろう。
そして本稿を読んでいるあなたも、どこか「自分には関係のない鹿児島でのこと」と捉えてはいないだろうか。決してそうではないことは、番組を見れば分かっていただけると思う。
ここで再び高田氏の言葉を引いて、結びとしたい。
「記者が取材すべきだと思います。ずっと。東京にいる記者が警察庁長官の取材をカメラなしで定期的にしていると思いますけど、長官会見にちゃんとカメラを入れて、あるいは国家公安委員長の会見で聞いて、官房長官の会見でも聞いて、明確な答えが出るまで何度も聞けばいいんですよ。それで言質をとって記録に残して刻んでいくことが取材する側として大事なことだと思います」(2024年6月24日開催のスローニュース緊急トークイベントより)
【編集広報部注】
KKBは、12月11日に『秩序と闇』ローカル拡大版(54分)を放送した。18日(水)18時から配信も予定している。同番組のウェブサイトはこちら(外部サイトに遷移します)。