民放onlineは、シリーズ企画「制作ノートから」を2024年2月から掲載しています。第9回はBS朝日の篠原弘光プロデューサーに、この10月に放送40周年を迎えた『カーグラフィックTV』について執筆いただきました。作り手の思いに触れ、番組の魅力を違った角度から楽しむ一助にしていただければ何よりです。(編集広報部)
孤高の世界観を映像と音で表現
1984年10月に地上波のテレビ朝日でスタートし、2001年にBS朝日に移行、今年で40周年を迎えた自動車情報番組『カーグラフィックTV』(木、23:00~23:30)。自動車評論家の第一人者である故・小林彰太郎さんが創刊し、60年以上の歴史を誇る日本の代表的な自動車雑誌『カーグラフィック』。美しいデザインと写真、公正な評論で構成されるその孤高の世界感を映像で表現する番組として始まりました。番組制作を長く担っていただいたウインズモーメント社から、2023年の10月に雑誌を編集・発行するカーグラフィック社に変わって現在に至っています。
出演者は、番組開始1年後から今もMCを担当していただいている音楽プロデューサーの松任谷正隆さん。そして番組の立ち上げからかかわり、当時は雑誌の編集部員だった自動車評論家の田辺憲一さん。この2人の忖度のない乗車レビューとトークを楽しみに見てこられた方も多いかと思います。現在は、雑誌の副編集長の中村昌弘さんや加藤哲也代表をはじめ雑誌編集部のOBなど回ごとに交代で出演いただく形になっています。
私が番組のプロデューサーになったのは2015年7月から。まだほんの10年ですが、洋楽に興味を持ち始め熱心に聴いていた中高生の頃に、テレビ朝日の『ベストヒットUSA』を見て、次にそのまま始まる『カーグラフィックTV』を見ていました。そんな記憶の方も多いのではないでしょうか。男の子は子どもの頃、最初に乗り物に興味を持ち、機械を意のままに操りたいという欲望とともに、その後も車はずっと憧れのものになっていくかと思います。あの土曜の深夜に、少し夜更かししながら見た詩的な美しい世界観に影響され、車好きになった一人です。今ではその両番組がBS朝日の木曜夜に続けて放送されている、というのも感慨深いですね。
松任谷さんや中村さんが、1回分の収録で毎回1~2台の車を試乗して、その"インプレッション"と呼んでいる、車の感想・批評を、過去に乗った前モデルや競合車などと比較して語っています。私などにはとてもできない芸当で、その感性・記憶力・知識、そして言葉の表現力に本当に驚かされます。新しく出た、気になるあの車どうなんだろう? 車を買おうと思っているけど、どれがいいのかな? そんな思いでご覧になっている視聴者にとって、忖度のない批評が番組を見ていただける軸なのではないかと思っています。
松任谷正隆さん
「夢のような出演依頼から、
あっという間の40年でした」
本誌への寄稿にあたって、松任谷さんに次のようなコメントをいただきました。
「番組への出演依頼が来たときのことはすごく覚えています。夢のような話だと思ったから。最初の顔合わせのときに小林彰太郎さんが僕の隣におすわりになり、その瞬間に僕はバケツで水を被ったみたいな汗をかき、紅茶が一口も飲めなかったというのを覚えています。いや、緊張しましたね。自分の結婚式よりも、今まで自分が出たどのステージよりもあの瞬間が一番緊張しました(笑)」
「40年はあっという間でしたが、思えばいろいろありました。最初の海外ロケなど思い出はいっぱいあるんですけど、この番組が始まって車の仕事をするようになり、日本自動車ジャーナリスト協会にも所属して、日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員にもなれました。全部この番組のおかげだと思っています」
24年1月の放送からオープニングも一新して、松任谷さん作曲の3代目のオープニング曲になっています。イタリア語の歌詞がつくオペラ調の曲もお楽しみください。
40周年で特別企画 豪華なゲスト陣
番組では、40周年のアニバーサリー企画として24年1月から年間にわたり月に1回、クルマを愛する各界の有名人をゲストに招き、愛車を紹介してもらいつつ、松任谷さんと同乗し、クルマとのかかわり方やこだわりなどトークに花を咲かせるスペシャルプログラムを放送しています。
これまで東儀秀樹さん、吉田匠さん、横山剣さん(クレイジーケンバンド)、光石研さん、後藤淳平さん(ジャルジャル)、荻野目洋子さん、高島礼子さん、片岡愛之助さん、大倉士門さん、武田修宏さん、つまみ枝豆さんにおいでいただき、12月26日は谷原章介さんが出演予定です(写真㊦/松任谷正隆さんと、1枚目上から東儀さん、吉田さん、横山さん、光石さん/2枚目上から後藤さん、荻野目さん、高島さん、片岡さん/3枚目上から大倉さん、武田さん、枝豆さん、谷原さん)。
この企画は25年3月まで続けますので、さらに3人、お楽しみにしてください。意外にも? クルマ以外のことのトークの方が多いかもしれません(笑)。
プロフェッショナルなスタッフの"こだわり"
この番組の特徴として、耽美的な映像の世界観とそれに調和する音楽があるかと思います。
30数年間この番組を撮り続けているチーフカメラマンの平松伸浩さん。番組が醸す映像美の世界はこの方のおかげです。
「30数年前からずっとやっているのは、現場でのフィルターワークです。晴れた日の雲の輪郭をはっきりさせて空の青はより鮮やかに、曇った日も黒い雲のディティールを見せて、その環境の中に毎回変わる車たちを写りが綺麗に見える角度において撮影します。また、カメラがゆっくりと動いていくことでボディーの艶が変わったり高級感や重厚感が出て、大人の視聴者の皆さんに楽しんでもらえるのではないかと思います」
運転中の車を前や後ろから撮影するためには、一緒に移動するカメラを積んだ特殊なカメラカーが必須です。ご自身もスーパー耐久などに出ている現役レーサーでもあるカメラカーのドライバー塩谷烈州さん。
「車だけではなく、背景や光の当たり方まで、平松カメラマンが求めていることを瞬時に判断して車とカメラカーの間隔や位置取りを決めて運転しています。車はフランスロケの際に現地カメラマンが使っていたクライスラー・ボイジャーを参考にして、同じ車種で作ったもの。もう3代目で各車30万km近く箱根の上り下りで走っています。最近はカメラの防振技術も進んでいますが、昔は振動との戦いでした。いかに速く軽やかに走行しかつ優美な姿を撮れるか、運転技術が問われます」
<番組が醸し出す映像美に不可欠なカメラカー
(クライスラーのボイジャーと日産のステージア)>
そして、30数年、この番組の映像に音楽をつける音響効果を担当している中田圭三さん。番組で使っていたあの曲は何ですか? と問い合わせがくることもしばしばです。あのオシャレな選曲は番組の世界観を支える大きな柱です。
「あまり知られていない曲をつけて反響があると嬉しいですね。選曲は、フランス車ならフレンチポップとか、歌入りは洋楽のみ、インストゥルメンタルは和洋問わずで、フェラーリだと決めている曲があったりします。クリス・レアやライ・クーダーとか。逆に特徴がない車だと少し苦労します。今はインターネットで曲も選べるけど、昔は週3回タワーレコードに行くなどして選んでいました。レコードに針を何度も落として、どこからどこまで使おうかなと考えたり......」
そして、番組開始時にはまだ生まれていなかった演出のサカモトユウタさん。この番組をやりたくて転職し念願の担当になり、ADから始まり、今や見事に全てを仕切ってくれています。
「美しい映像と音楽がこの番組の"肝"なので、それが活きるように心地よい"間"を意識して編集しています。"呼吸するような情緒的な編集"が番組当初からの特徴かな、と。現場ではどれだけ気持ちを込めて撮影できるか。極論すれば美しいクルマの映像は編集しなくてもずっと見ていられるので。新オープニング映像は、40周年ということで"40"がつくクルマを集めようと話していたら本当にF40とGT40が集まりました!」
フェラーリF40、フォードGT40など登場するオープニング映像も松任谷さんの曲とともにお楽しみください。
来年秋には放送2,000回
2025年秋には、放送2,000回を迎える予定です。
24年4月に40周年を記念して番組史上初の公開収録を行ったのですが、この2,000回でも特別な企画も考えていきますのでお楽しみに。
この40年、車社会もさまざまな変遷がありました。番組では海外のレースや各国のモーターショー、そして新しいクルマの動静を忖度なく真摯に伝えてきたと思います。次の50周年を目指して、これからも自動車とそれにまつわる文化を伝え続けていきたいと思います。