ハラスメント発生時に求められる企業の実務対応【シリーズ「人権」⑩】

高仲 幸雄
ハラスメント発生時に求められる企業の実務対応【シリーズ「人権」⑩】

民放onlineはあらためて「人権」を考えるシリーズを展開中です。憲法学、差別表現、映画界における対応、ビジネス上の課題、性的マイノリティへの対応、リスペクト・トレーニングなどを取り上げてきました。10回目は、ハラスメントの訴えがあったときに企業としてどのように対応したらよいのか、実務的な面を中心に弁護士の高仲幸雄さんに解説いただきました。(編集広報部)


企業においてハラスメント対策が重要であることは、いまさら言うまでもない。しかし、実際にハラスメントの問題が発生した場面では、初動対応の間違いや長時間の会議と書類作成で対応に遅れが発生することがある。本稿では、ハラスメントで求められる実務対応を述べる。

1.ハラスメント発生時の初期対応の注意点

(1)現場報告を鵜呑みにしないこと

ハラスメントの問題は以下のような法的問題に発展する可能性があり、企業の名誉・信用に与える影響も大きいので正確な状況把握が必須である。

ハラスメントの法的問題★★.jpg

しかし、ハラスメントは「現場の不祥事」という側面もあり、担当者の報告にはバイアスがかかっていたり、提出資料でも取捨選択されていることがある。ハラスメントの報告では、一方的な印象操作や「検討中」「手配中」等として重要情報が隠されていないかに注意する必要がある。抽象論や感情論で議論を進めないためには、ハラスメントの対象事実を以下の観点から整理することが必要である。

事実の整理★★.jpg

(2)調査担当者に必要なサポートを行うこと

ハラスメントの事案では被害者・加害者のプライバシーに配慮が必要であり、情報管理や検討メンバーの人選には注意を要する。特に重要なのは調査担当者の人選である。理想論でいえば、専門家の意見も踏まえながら短期間で集中的な作業ができる優秀な人物ということになる。また、重大事案では関係部署や専門家との連携を行う必要があり、報告・調整の作業も多くなるので、社内で相応のポジションとネットワークが必要である。

もっとも、そのような人物は限定されるだろうし、仮にいたとしても他の重要案件も抱えているだろうから、割ける労力は限られる。そのため、調査担当者をサポートし、ヒアリングや調査等の業務に注力できる体制を整備することが必要である。そうしないと、肝心の調査が不十分になったり、対応ミスが起きたりする可能性がある。

場合によっては、弁護士等の専門家に作業の一部を外注する方法もある。例えば、将来のトラブルを見据えた関係者の報告書や加害者に交付する懲戒処分通知書、社内外への公表文章の起案などを依頼できれば負担は相当軽減されるだろう。重大事案では「お墨付き」をもらうための専門家だけでなく、調査担当者が必要な具体的なアドバイスや意見をもらえる専門家も重要になる。

(3)親会社の対応・関与は初期段階で検討しておく

親会社がグループ会社向けに相談窓口等を設けている場合、子会社のハラスメント事案でも親会社としての対応義務が問題とされることがある。実務では、この点を述べた最高裁判決(最高裁一小平30.2.15判決)の枠組みをベースとしつつ、子会社に対応を任せるか、親会社として積極的に介入するかを検討することになる。ハラスメント調査の最終段階になって、親会社の対応・関与の方法が変わると関係者からの不信感を招く危険があり、初期段階で検討しておくべきである。

2.ハラスメントの相談・調査における注意点

(1)ハラスメントの認定・判断が困難なケースを想定する

ハラスメントの中でも問題となることが多いのはセクハラとパワハラである。いずれの場合でも、被害者・加害者双方の言い分をしっかり聞く必要があるが、ポイントは具体的行為ごとの検討と時系列からみた行動・記憶の合理性である。事実認定には証拠評価のスキルや経験則が必要な場面もあり、重大事案ではあらかじめ弁護士等の専門家に意見を確認できる体制にすべきである。

実務では、証拠が不足していてハラスメントの事実が「あった」とも「なかった」とも認定できない場合がある。このように「ハラスメントの事実が認定できない」というケースがあることはあらかじめ調査関係者の共通認識にしておかないと、証拠に基づかない強引な事実認定や判断を招くことがある。

(2)被害者対応では質問事項や対応事項を事前に検討しておく

ハラスメントの被害を申告する相談者(被害者)からのヒアリングは、調査担当者による何気ない言葉でも感情を害してしまうことがあるので、事前準備が重要になる。

また、被害者からは、ハラスメントの被害事実のほか、調査結果のフィードバックや加害者からの謝罪文の提出要請、加害者との接触禁止の要望等が出ることがある。これらの要望については、事前に対応方法を検討しておかないと、不用意な発言や安易な約束をしてしまう可能性があるので注意を要する。また、被害者からの抽象的な要望段階で対応や検討を約束すると、過度の期待や配慮要求につながる可能性もあるので、要望は具体化してから検討する必要がある。

(3)セクハラ調査における留意点

セクハラは密室で行われることが多いうえ、過去の恋愛関係が絡む場合もあり、認定が難しいケースも多い。もっとも、近時はLINEやメール等のほか録音記録が保存されている場合がある。早期に客観的な記録がどの程度あるのかを確認しておくことが重要である。

宴会の2次会等でセクハラがあった場合などでは、「業務の延長か」や「個人的な恋愛(不倫)関係か」が論点となることがあるが、資料がそろっていない調査の初期段階で議論すべきではない。調査途中で周辺事情が分かることも多く、当初の判断に引きずられ、正確な事実調査や判断の支障になるからである。

「取引先の担当者」がセクハラの加害者・被害者となることもあり、その場合の調査では会社間での役割分担が必要になる(下図参照)。

会社間での役割分担★.jpg

被害者側が報復を懸念して調査協力に懸念を示している場合は、加害者から接触禁止の誓約書を提出させるなど、被害者側に安心感を持たせたうえで調査協力を求めることがある。

なお、取引先の被害者から積極的な処罰を望まない意向が示されることがあるが、報復や紛争に巻き込まれることへの懸念によることも多いので、加害者に対する懲戒処分を安易に軽減すべきではなかろう(この点で参考にすべき判例として最高裁三小平30.11.6判決がある)。

(4)パワハラ調査における留意点

パワハラは暴力・暴言など明らかに違法・不相当な行為もあるが、被害の申告・相談によっては、上司や職場に対する不快感を"パワハラ"と述べている場合もある。業務上の正当な注意・指導はパワハラではない点は調査関係者の共通認識にしておく必要がある。他方で、正当な注意・指導だからといって免罪符ではなく、注意・指導が度を超えていて行き過ぎがあればパワハラの問題になる。これらの点は調査の初動で共通認識にしないと、印象論や会議の雰囲気で結論を決めがちなので注意を要する。

3.実効的なハラスメント研修のために

ハラスメントの予防・再発防止策として社内でハラスメント研修を実施することがある。実効的なハラスメント研修のためには、過去の社内トラブルを踏まえ、具体的な事例・視点を盛り込む必要がある。

受講者に「その程度は分かっている」と思われるような一般的な内容では、注意喚起にはならないし、予防・再発防止の効果も期待し難い。セクハラの場合、加害者は自分が「嫌われている」などとは思ってもいないことが多く、"相手が嫌がったらセクハラ"などという一般的な内容では注意喚起にはならない。パワハラでは、仕事で成果を出し、ストレス耐性がある人物が加害者になることが多く、注意・指導の内容自体は的を射ていることも多い。また、注意された被害者側に落ち度や問題があるケースもあり、加害者が一方的に悪いとは言い切れない場合もある。そのため、パワハラ研修ではパワハラの法的責任やNG言動だけでなく、適切な注意・指導の方法や問題社員への対応方法も盛り込むべきである。

なお、ハラスメントの被害者は、最初は上司等に相談することが多いが、上司個人で対応すると、企業としての対応なのか、個人的な対応なのか不明確になる。ハラスメント窓口や人事部等の正式な相談ルートで対応すべきであることを管理職向けのハラスメント研修の中に盛り込んでおくべきである。

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