同時配信は"テレビ受像機離れ"に有効か~同時/見逃し視聴サービスの利用意向に関する調査結果②

木村 幹夫
同時配信は"テレビ受像機離れ"に有効か~同時/見逃し視聴サービスの利用意向に関する調査結果②

今回は、本題であるネット同時配信のニーズについて見ていく。なお、前回の冒頭でも触れたように、インターネット調査では、一般的にテレビ視聴時間が長い70代以上が含まれないだけでなく、ネットのヘビーユーザーの含有率が世の中の平均的な水準よりも高くなるため、メディアへの接触・利用に関しては、一般的にネットに有利、テレビに不利な結果になりがちである。

わかりやすいのはテレビの普及率である。内閣府・経済社会総合研究所「消費動向調査」(2021年3月調査)によれば、カラーテレビの世帯普及率は2人以上世帯で96.2%、単身者世帯限定で87.9%であるが、2021年調査では、前回見たように全体の平均で88.3%と90%を切る水準である。他の機関による推計を見ても、現在の日本全体でのテレビの世帯普及率は90%台半ば程度と考えられるため、調査対象者世帯のテレビ普及率は、世の中の平均水準より低いと考えられる。同様に、地上波民放テレビの見逃し配信サービスの利用者が2020年から2021年の1年間でほとんど変化していないのもネットのヘビーユーザー層の特徴をかなりの程度反映していることが考えられる。今回以降の調査結果についても、そういった補正不可能なバイアスについては注意されたい。

同時配信の利用意向は6割、
性年齢による大きな差はないが......

図表5に2021年調査での民放テレビのネット同時配信利用意向に関する設問の結果を提示した。「地上波民放テレビの大部分のチャンネル・番組が、インターネット上で放送と同時に常時配信されるとともに、一定期間の見逃し配信なども含めて全て無料で利用できるサービスが利用できるようになった場合、利用したいと思いますか?」(常時同時配信と見逃し配信とのセットが前提)との設問に、60.6%が「利用してみたい」と回答した(2020年調査ではかなり異なる聞き方をしたため、直接の比較ができない)。

利用意向を性年齢別に見ると、女性では10代が高く60代が低い傾向、男性では50代が高く30代が低い傾向はあるが、年齢によるそれほど大きな違いはない。強いて言えば、女性では10代が高く20代から50代までは差がなく60代が低いのに対し、男性では30代を底として、10代と50代が最も高いU字型の構造になっている。個人視聴率調査では男性の30代は10代男女計と並んで最もテレビ視聴時間が少ない層なので意外感はないが、男女とも10代の利用意向が比較的高いのはやや意外であった。最も"テレビ離れ"が進んでいるとされる10代の民放同時配信利用意向は、他の年代よりもむしろ高いとの結果である(図中の赤は男所別の全年齢層の中でスコアが高いと言える層、青は低い層)。

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<図表5. 地上波民放同時配信の利用意向①:性年齢別クロス集計>

"テレビ受像機離れ"と"テレビ番組離れ"


当たり前のことだが、配信を測定対象としていない視聴率調査が示す"テレビ受像機離れ"と配信での視聴を含めた概念である"テレビ番組離れ"は同義ではない。10代は"テレビ受像機"にあまり接触・利用していなくても、‟テレビ番組"はネットを通じて視聴していることが推測される。図表6は前回見た地上波民放テレビ見逃し配信の利用経験を性年齢別に集計したものである。全体として女性の方が有意にスコアが高いが、図中の赤は男女別のそれぞれ‟ある"、"ない"の中で他の年齢層よりもスコアが高い層(濃い色はより高い)、青は低い層(同)を示す。男女とも若年層の方が利用経験のスコアが高い傾向が割合明確にみられる。つまり若年層には、"テレビ受像機離れ"ではあっても"テレビ番組離れ"ではない層がかなり存在し、彼らが同時配信に興味を示していることが推測される。

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<図表6. 地上波民放テレビの見逃し配信利用経験(性年齢別クロス集計)>

次に、図表7は同時配信の利用意向と見逃し配信利用経験、見逃し配信視聴時間量、配信経路・デバイスを問わないテレビ番組の視聴時間量とのクロス集計を行ったものである。見逃し配信の利用経験は同時配信の利用意向にかなりのプラス影響を与えていることがうかがわれる。同様に、見逃し配信を週1時間以上視聴する人は、それ以下の人に比べて同時配信の利用意向が多いことがわかる。見逃し配信だけでなくテレビ受像機での通常の放送の視聴や動画配信等でのオンデマンド視聴を含む配信経路・デバイスを問わないテレビ番組視聴時間量との関係はさらに明確である。明らかにテレビ番組の視聴時間が多い層の方が同時配信の利用意向スコアが高い。

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<図表7. 地上波民放同時配信の利用意向②:ネット配信利用とのクロス集計>

以上みてきたことをまとめると以下のようになる。
・民放テレビ常時同時配信を利用してみたいとの回答は約6割。女性全体と男女10代に利用意向者が多い傾向があるが、性年齢によるそれほど大きな違いはない。
・同時配信利用意向には、見逃し配信利用経験の有無が大きな影響を与えていることがうかがわれる。また、デバイス・経路を問わないテレビ番組視聴時間量が多い層に利用意向表明者が多い。

同時配信はテレビ視聴の
メインストリームにはならない

同時配信(と見逃し配信を組み合わせた)サービスは、既にテレビ番組をネット上で視聴している人から利用し始めることが想定される。見逃し配信やオンデマンド配信とは明らかに親和性が高いので、英国などで放送のネット配信プラットフォームの一部が提供しているような、同時配信とオンデマンド配信を組み合わせて同一のEPG上に過去(オンデマンド・見逃し)から現在(オンエア中)、未来(視聴予約)まで表示して、時間制約から離れてタイムマシン型で視聴できる仕組みが有効と考えられる。

ただし、見逃し配信視聴やオンデマンド視聴の経験がない人を引き付ける効果は不明である。前回見た調査結果では、民放の見逃し配信を見た経験がない回答者は6割存在する。現在まだ多数派と考えられるこうした人の大部分は、テレビ番組の視聴に関しては今後とも変わらずテレビ受像機でのリアルタイム視聴とDVRでのタイムシフト視聴だけに留まる可能性がある。同時配信は、仮にそれが全局全番組の常時同時配信と見逃し配信の組み合わせで、さらに従来型のテレビ視聴よりも使い勝手が良いサービスになったとしても、提供されるコンテンツ、サービス自体は同じであり、テレビの視聴者がわざわざ配信に移行するインセンティブに乏しいからである。中身が同じなら、慣れ親しんだ視聴形態を維持する視聴者は、今回の調査では少数派と考えられるネットをあまり使わない人や高齢者を中心に多いだろう。BBCによる常時同時配信が始まって既に15年近くが経過した英国でも、iPlayerへのアクセスの約8割はオンデマンド視聴であり、ライブ視聴は2割程度に過ぎず、傾向としても上昇ではなく完全に頭打ちである("BBC iPlayer Performance Report"より)。日本でもNHKプラスの登録数、利用数はかなり伸び悩んでいるとされる。

また同時配信は、調査結果でもみたようにテレビ番組を配信で見る‟テレビ受信機離れ"にはある程度の効果が期待できるが、もともとテレビ番組自体を見ない‟テレビ番組離れ"には効果があまり期待できないと考えられる。テレビ番組自体への関心が薄い層を引き込むには、デバイスや配信手段あるいはユーザーインターフェースではなく、番組の内容そのものでの対応が必要になる。
 
次回は、同時配信がどのような場所でどのような利用のされ方をするのか? についての調査結果を、以前実施した欧米での調査結果も参照しながら紹介する。よく言われるように、同時配信は移動中や外出先で、もっぱらスマホで利用されるものなのだろうか? 調査結果は、そのような"思い込み"を否定している。

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