【「地方の時代」映像祭2021グランプリ】 岡山放送「忘れてはいけないこと~認知症受刑者が問いかけるもの」 塀の中の現実伝える

岸下 恵介
【「地方の時代」映像祭2021グランプリ】 岡山放送「忘れてはいけないこと~認知症受刑者が問いかけるもの」 塀の中の現実伝える

「前へ進め!」。刑務官の威勢のいい声が塀の中に響く。岡山市中心部から車で30分ほど離れた場所にある岡山刑務所。受刑者の数は400人余りだ。初犯で刑期10年以上の男性受刑者が収容されていて、半数以上が無期懲役。人命を奪った生命・身体犯が大半を占める。

岡山放送では2005年に受刑者の過剰収容問題、刑務官不足問題、17年に受刑者の高齢化問題を取材するなど、ローカルメディアとして地域の刑務所を取り上げてきた。私は20年4月から夕方ニュースのメインキャスターを務めるようになり、各所へあいさつ回りを行う中で岡山刑務所を訪ねると、当時の刑務所長が施設内を案内してくれた。

ある刑務作業を行う工場では、受刑者は1階で作業を行い、2階で昼食を取るが、高齢受刑者は階段を上ることができないため、1階の倉庫で昼食を取っているという。また、廊下を歩くと、高齢受刑者が使う車いすや手押し車が並べられていた。そして、刑務所内を行進する高齢受刑者の数は、私が以前ニュース特集で見た時と比べて明らかに増えていた。高齢化が深刻になっていて、その対応として11月に養護工場を整備すると聞き、取材を始めた。

高齢化で増える認知症受刑者

養護工場では20人ほどの受刑者が刑務作業にあたる。椅子に座ることが難しい受刑者は座椅子に座り、緩衝材作りやフルーツの保護ネット作りといった軽作業を行う。工場内は余分な空席が準備され、今後の高齢化を見越しているという。中にはトイレや入浴の際に介助が必要な受刑者もいて、衛生係に指名された受刑者が手助けをする。60代の受刑者が80代の受刑者を介護する老老介護も見られ、一般社会と同様の問題が塀の中にも存在していた。

認知症予備軍の受刑者は、簡単な刑務作業でも途中でやり方が分からなくなってしまい、その都度、担当刑務官が指導していた。また、刑務所内で勤務する看護師は「少し認知症になっている受刑者から、どのようなことに困っているのかを聞き出すのが大変だ」と話す。そんな中で、養護工場にも通えない高齢受刑者は病棟で生活していると聞いた。取材を進めると、さらに驚きの実態が隠れていた。

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<最高齢受刑者へのインタビューシーン>

「何で岡山刑務所に来ることになったんですか?」。私が病棟に入る受刑者に質問を投げ掛けた。その受刑者は「分からんのです。覚えてないんです」と答えた。殺人の罪で無期懲役の80代の受刑者だった。医師から認知症の診断を受けているという。刑務所は自分の犯した罪と向き合い、罪を償う場であり、社会復帰のための更生の場でもある。認知症受刑者へのインタビューを通じて、刑務所の存在意義が根幹から揺るがされていると感じた。刑務所は認知症受刑者とどう向き合っているのか、引き続き取材を進めることになった。

岡山刑務所には認知症受刑者が約20人いて、年々増加傾向にあるという。法務省が全国の刑務所で行った認知症を調べる簡易検査では、約14%にその疑いがあることが判明した。実に1,300人が認知症の可能性があるという結果だ。厳罰化で有期懲役刑の上限が20年から30年に引き上げられ、無期懲役の受刑者が仮釈放されるには、事実上、最低30年は服役しなければならない中、受刑者の高齢化が進み、認知症の受刑者が増えているのは必然のように感じる。今、刑務所や受刑者に関わるそれぞれの立場の人がこの問題をどう捉えているのか。私は声を拾う作業に入った。

地域に埋もれた問題 映像や言葉で提起

番組では、殺人事件の被害者遺族のほか、更生保護施設の職員、介護福祉士などを多角的に取材し、問題提起した。被害者遺族は「刑務所内での手厚い処遇に憤りを感じるが、人間である以上、認知症受刑者に厳しい処遇を与えるべきではない。諦めるしかない」と率直に答えてくれた。更生保護施設の職員は「出所した高齢者は社会で居場所がなく、処遇にも限度がある。働ける高齢者には就労支援し、介助が必要な高齢者には介助をするといったような専門の施設を、刑務所の横に作ってもよいのではないか」と話した。介護福祉士は「要介護の人が3人生きていくために税金が2,000万円以上かかる。凶悪犯だけど、要介護認定された受刑者は人を殺すことができない人間だから、仮釈放で塀の外に出して介護施設でうまく対応すればよいのではないか」と提言した。

「刑務所は社会の鏡」「刑務所は社会の縮図」とも言われるが、今、塀の中で進行する問題をどう捉えるかは、それぞれの立場によって考えや感じ方は異なるだろう。今回、普段目にすることのない塀の中の現実を、映像で伝えることに意義があったと感じている。今後、刑務所に限らず、地方で埋もれている社会問題と向き合い、映像や自分の言葉をとおして伝えていきたい。

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