フェイクニュースをめぐる議論の現在地~米国を中心にみる主流メディアの責任

田代 範子
フェイクニュースをめぐる議論の現在地~米国を中心にみる主流メディアの責任

これまでフェイクニュース*¹ の元凶といえばソーシャルメディアというのが定説だった。その責任の大きさはもちろん否定できないものの、最近では主流メディアや政治家らが発信・拡散したものも多いということがわかってきた。また、各方面での研究・調査により、政治的なフェイクニュースは、「無知」ではなく「偏向」に起因しており、リテラシー教育の効果が限定的であること、科学的なフェイクニュースについては、「削除」ではなく、正しい知識を持った人々の「集合知」によって回復がなされるような情報環境の構築が望まれることなど、新たな知見ももたらされている。

むろん、世界的にみれば、社会の体制や発展段階によって、IT企業に期待される役割は全く異なる。ここでは、国民の分断が特に顕著な米国を例に、フェイクニュースをめぐる議論を整理し、主流メディアの役割と責任を再確認する。


2024年、アメリカ内戦突入のシナリオ」――22年1月25日付ニューズウィーク日本版に掲載された記事のタイトルだ。24年の次期大統領選挙の結果次第では、21年1月6日に発生した連邦議会議事堂襲撃事件の比ではない大規模な暴動が起こる可能性を指摘したものだ*²

昨年の暴動前の数週間は特に、Twitterを中心とするソーシャルメディア上で、トランプ支持者が同氏主催の集会「アメリカを救え」に銃を持参して参加するよう呼びかけるなど、不穏なやり取りが続いていた。トランプ氏が主張する選挙不正をめぐるフェイクニュースの広がりがベースにあったことは言うまでもない。コンサルティング会社Yonderは、プラットフォーム上で367,000件以上の「内戦(Civil War)」に言及した投稿を確認したという。

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<図表1 トランプ氏が集会で演説した直後、
ツイート数が爆発的に増加している(出所 Record by Vox)>

16年の大統領選挙を契機に注目を集めたフェイクニュースは、今秋の中間選挙への影響やCovid-19、気候温暖化などについての非科学的見解の流布により、改めて問題視されている。世論を操作し、市民社会を揺るがすものとして、その"原発地"であるソーシャルメディアがやり玉に挙げられ、GAFAなどこれを運営する巨大IT企業は対応を迫られてきた。しかし最近では、IT企業は責任を負わされすぎているとして、広くメディア・エコシステム全体の問題として捉えなおしを図る動きがある。情報の流れを具体的に分析すると、政府・政治家、さらには影響力の大きな主流メディアなどが原発地であったり、拡散に寄与したケースが少なくないという。

超党派のシンクタンクITIF(情報技術・イノベーション財団)は、米国のテレビ、ケーブルテレビ、その他の主要な報道機関が、有害な誤報のスーパースプレッダーとして機能した「マイケル・ブラウン射殺事件」などの10例を挙げた。さらに、トランプ前大統領による選挙不正の主張は、主流メディアの報道によって拡散されたとしている。

リテラシー教育に過度な期待はできない

NPRPBS NewsHour、マリスト大学が2020年1月に実施した調査では、フェイクニュースの責任を主に誰が負うべきかについて、メディアが39%IT企業18%、政府15%、一般市民12%と、メディアに責任を帰す回答が最も多く、その他は分散する結果となった。回答には党派性があり、共和党支持者の54%は主にメディアに責任があると回答したのに対し、民主党支持者は29%にとどまっている。

Pew Research Center2021年7月末~8月上旬に実施した調査では、成人の半数近く(48%)がコンテンツへのアクセスや公開の自由を多少損ねても、フェイクニュースを規制する措置を取るべきと回答しており、2018年の39%から9ポイント増加している。また59%がIT企業はフェイクニュースに対応すべきと回答し、フェイクニュースを容認してでも情報の自由を優先すべきとする見解(39%)を大きく上回っている。政府の役割についての見解には党派的な分断があり、民主党支持者の65%は規制すべきとしているのに対し、共和党支持者の70%が情報の自由を優先すべきとしている。これは共和党支持者の6割、民主党支持者の57%が規制に反対していた2018年の調査とは趣を異にする結果だ。

異なる2つの調査を単純に対比することはできないが、主流メディアへの不信感が強い共和党支持者は、ソーシャルメディアでの情報流通の自由度を尊重する傾向があると受け止めることができる。これはほとんどの主流メディアは民主党の世界観に沿ったニュース記事を扱っているからだとの指摘もある。つまり、政治的なフェイクニュースが共有される動機は、「政治的偏向」であり、「無知」ではないということだ。これはリテラシー教育やファクトチェックの効果に過度な期待はできないということでもある。IT企業の問題ばかりではなく、社会を分断する要因や政治家の責任に目を向け、数十年にわたる不平等や疎外感の拡大に対処する政策を探る困難な道のりの中に、フェイクニュース問題の解決策があるというのだ。

ただし、オックスフォード大学の研究で、米国ではTwitterで多様な情報に触れなかった人でも、テレビなど主流メディアのニュースを通じて反対意見に触れることがあるという結果が出ており、Twitterのデータだけに基づく分析ではなく、エコシステム全体における情報の流れを踏まえなければ、実態を見誤る可能性もある。やはりここでもテレビなど主流メディアの影響力の強さが改めて確認された形だ。

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<図表2 Twitterで共有されるフェイクニュースの数は、
一般にイメージされるほど多くない。
ただし、民主党支持者に比べ、
共和党支持者によるフェイクニュースの共有が圧倒的に多いことがわかる。
(出所:ブルッキングス研究所「Tech STREAM」>

知識へのアクセスの民主化と
科学コミュニケーターの役割

一方、科学的なフェイクニュースについては、これまでと違った対処法が推奨されている。

英王立学会(Royal Society)は今年1月発表した報告書で、政府やIT企業は、暴力や人種差別、児童虐待等を煽動する違法コンテンツは削除するべきだが、科学的なフェイクニュースについては、ファクトチェックラベルの付与、収益化の防止、アルゴリズムによる規制などにより抑制すべきと提言した。削除によってフェイクニュースを主なプラットフォームから排除することはこれらへの対処をより困難にするだけであり、正しい情報を持った人々が不正確な情報を指摘し、修正するWikipediaのようなあり方――つまり、「集合知(Collective intelligence)」による「集合的回復力(Collective Resilience)」を持ったオンライン情報環境を構築することが不可欠だと提言した。そこには「新たなエビデンスの発見により常に自己修正を重ねてきた」科学者の矜持が感じられる。研究情報に誰でもアクセスできるよう「知識へのアクセスの民主化」を進めるとともに、研究者、公共放送局や大学広報などが科学コミュニケーターとして、いかに正しい情報を市民社会に伝えていくかについても今後の検討課題としている。

ビジネスモデルの観点から主流メディアの問題を指摘する声もある。ある市民団体によるとFoxニュースでは5日間で250件超の新型コロナウイルス関連のフェイクニュースが確認された。そのFoxニュースはほとんどの場合、多くのチャンネルをパッケージ化したバンドルに組み込まれている。実際、Foxニュースを視聴しているのは契約者の14%であるにもかかわらず、18億ドルもの再送信料をケーブルプロバイダーから受け取っている。すべてのケーブルテレビ加入者はFox Newsを受信するために月平均1.72ドルを支払っていることになる。これは加入者の31%が定期的に視聴しているDisney傘下のFXには、同0.81ドルしか支払っていない計算になることと対比すると、違和感が残る。

何千万人もの米国人が見もしないチャンネルに契約料を支払うという時代遅れのビジネスモデルのおかげで、フェイクニュースの発信源が巨額の利益を得ており、こうした"助成金"を断つことが必要だという。さらに同じことがストリーミングサービスでも起こり始めていることが危惧されている。

公共財としてのメディアを守る

フェイクニュース対策としては現状、IT企業の規制、ファクトチェックやメディアリテラシー教育、そしてジャーナリズムへの支援が解決策として挙げられている。米国ではIT企業による市場寡占やユーザーのプライバシー保護に関しては議会で取り上げられているものの、コンテンツ規制にかかわる通信品位法230条をめぐる議論は進んでいない。一方、税額控除や被雇用者の給与を補助する法案、メディアがIT企業とコンテンツ使用料について一致団結して交渉することを反トラスト法の適用除外とする法案など、資金面でメディアを支援し、質の高いジャーナリズムを維持することで、フェイクニュースに対処しようという動きはいくつか出ている。

スイスでは、IT企業との競争やコロナ禍の影響で厳しい状況にある民間の報道機関に政府の助成金を投入し、報道の質と多様性を確保しようとする法案が議会を通過し、2月13日に国民投票*³が行われた。直前の調査では賛否が拮抗していたが、特定の経済分野を市場の地殻変動から守るのは国家の役割ではないとして反対する保守派の運動もあって、賛成45.4%、反対54.6%で否決された。成立すれば、今後7年間は1億5,000万フラン(約190億円)の助成金が支給されることになっていた。結果的に成立しなかったものの、そこには政府の関与への懸念より、公共財としてのメディアを守ろうという意識の高まりがみられる。

主流メディアの責任が問われるということは、その影響力の大きさと表裏一体の関係にある。フェアネスドクトリン(公平原則)が廃止された米国で党派性を強めたメディアだが、同じく党派的に分断された視聴者とのエコーチェンバーに陥れば、「内戦」の現実味が増すことは間違いない。


*¹ フェイクニュースの類型化は研究主体や目的によってさまざまであるが、ここでは「disinformation(偽情報)」「misinformation(誤情報)」を含め、フェイクニュースで統一している。

*² 同記事は、「気に入らない選挙結果への異議申し立てには暴力も辞さないといった風潮の高まり、共和党支持者の銃所有率の高さ、保守派が多数を占める最高裁で銃をどこにでも持ち歩ける権利が認められる判決が出る可能性」ほかを分断の要因として分析したものであり、フェイクニュースとの関連を中心に論じられたものではない。

*³ 国民投票は動物実験の禁止、たばこ広告を青少年の目に触れない場所に限定する規制案などについても賛否が問われ、たばこ広告規制については成立している。


主な参考資料
The Online Information EnvironmentThe Royal Society 2022.1
・Disinfo Wars: Fixing the Media's Fake News Problem(The Reboot 2021.4.5)
Thanks To Crappy Cable Channel Bundles, Non-Watchers Hugely Subsidize Tucker Carlson And Fox News Culture Tech Dirt 2021.4.29
How partisan polarization drives the spread of fake newsBrookings 2021.5.13
・たばこ広告規制可決、動物実験禁止は大差否決 スイス国民投票(SWI swissinfo.ch 2022.2.13)

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