報道に長年携わった者として、"がく然"とした出来事がある。昨年10月31日。岸田政権発足後、すぐに行われた衆議院議員選挙の『開票速報特番』だ。各テレビ局は午後8時に投票が締め切られると、直ちに競って「政党別の獲得予測議席数」を発表。しかし今回、この数字が開票結果から大きく外れていたのだ。
しかも、"与野党対決の構図"が焦点と報道されていた選挙で、与野党第1党の自由民主党と立憲民主党の獲得予測議席数が、NHKも民放5系列も、全局がことごとく大きく外れるという事態となった。
選挙と災害が二枚看板といわれるNHKの報道。午後8時に向けたカウントダウンが終わると、ただちに自民212~253議席、立民99~141議席......と、各党の予測議席数が放送された。「自民 単独過半数 ギリギリの情勢」「立民 議席増の勢い」という表示も長い時間、テロップで流され続けた。しかし開票結果は、自民261議席と過半数を28議席上回る絶対安定多数を獲得。一方で立民は96議席と改選前の議席を13減らした。幅を持った議席予測にもかかわらず、その中には正確な数字はなかった。
なぜ、こうした予測結果になったのか。出口調査の精度の問題なのか。投票者のおよそ3分の1に及ぶ期日前投票の影響なのか。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、有権者の投票行動が急変したのか......。それとも、そもそも情勢取材の甘さなのか。報道にとって生命線である「情報の正確さ」のためにも、今後に向けたきちんとした分析や検証が必要だ。
一方で私は、午後8時に向けたカウントダウンをし、直後に"あたかも大勢が判明したか"のような劇場型の伝え方が限界にきていると感じている。
その瞬間、民意はすでに投票箱の中にある。開票が始まれば数時間で正確な大勢が判明する。なぜ各局が早さを競って、全体の議席予測を急がなければならないのか。本来は、当選当確者が一人ひとり特定され、その総和である大勢が判明していくことが原点ではないか。
のちほど具体的に述べるが、投票締め切りから大勢判明に至るまでの数時間が、いま報道にとって貴重な時間になっている。今年も、夏には参議院議員選挙が行なわれる。公共的なメディアである放送は、新たな発想で『開票速報』を見直し、もっと伝えるべきことに挑戦していってほしいと考え、この稿を進める。
出口調査は、いつから?
さて開票速報で多用される「出口調査」はいつから始まったのか。日本記者クラブの『取材ノート』に「出口調査事始め 世論調査神話を打破」という文章が記されている。書いたのは、NHKで政治部長や解説委員長などを務めた中島勝氏だ。
この記事によると、日本のメディアで最初に出口調査を実施したのはNHKで、1993年、自民党が38年ぶりに下野して細川政権ができた時の総選挙だという。当時は民放が開票速報に力を入れはじめ、いかに早く当選確実を打ち出すかの競争が熾烈になった頃だった。
それまでは、記者の取材を補うものとして、投票日の2週間前に行う世論調査に期待がかけられていた。しかし、中選挙区という複雑な選挙制度のもとで、事前の世論調査によって激戦区の結果を予測するのは困難だった。それに代わるものとして、1992年のアメリカ大統領選挙の出口調査を現地で調査し、導入を決めたという。
私は当時、NHKで政治番組を担当しており、開票速報の各党中継や政党幹部への出演交渉の取りまとめをしていた。開票日を前にして毎回、在京テレビ6社の担当者が国会記者会館に集まり、政党幹部の出演時間を調整する会議が開かれた。
大勢判明が何時頃になるのか。各局が自局の想定プログラムをもとに、党首や幹部へのインタビューの希望時間を出し合う。当然、同じ時間に複数社が競合する場合がある。そんな時は、30秒単位で時間の取り合い交渉が延々と続くことがしばしばだった。
こうした中で、出口調査の導入により、開票当日の特番の進行が読みやすくなったことを実感した。大勢判明の内容と時間が読めてくると、次の動き方が見えてくる。その時、新たに焦点となりそうな政治家へのインタビュー交渉や、翌日以降の報道番組の取材をいち早く始めることにも役立った。1993年の総選挙は、38年ぶりの政権交代という結果ともなり、出口調査は有権者の投票行動の分析にも大きな力を発揮した。
当初は、候補者の当確判定の有力な判断材料として使われた出口調査だが、その後、当選者1人を決める小選挙区制度に変わったこともあり、精度が上がり、開票日の午後8時に選挙の大勢を確定的に伝える報道へと変質してきた。
だれのための「政治的公平」なのか
「選挙になると、どのチャンネルを見ても同じ政治家が出ていて、同じ話を繰り返すばかり」「政治家がそれぞれ自分の主張を一方的にしゃべるだけで、違いがわからない」......。選挙番組に対して、視聴者からは放送局の"横並び報道"への不満をよく耳にする。
「なぜ、これほどまでにテレビの選挙番組はつまらないのか」(『GALAC』/2022年2月号)を寄稿した専修大学の山田健太教授はその原因を、放送に対して強まる「政府・政党からのプレッシャー」と、放送局自らの「客観報道という名の中庸報道至上主義の呪縛」にあるとしている。その結果、すべての放送人が選挙報道はがんじがらめで自由がないと思い、行動しているのではないかと指摘する。
私は、放送に対して「政治的公平」を求める主張が以前にも増して、選ばれる側の政党や候補者から強まっていることに危惧を感じている。そのため、回数や時間、画角までも形式的な公平さが優先され、なかなか選挙の本質が伝わらない。本来は、選ぶ側の有権者が判断するための公平、公正の確保が何よりも大切ではないのか。
まずは開票速報に"新たな発想"を
選挙期間中は放送法に公職選挙法の規定も加わり、とりわけ「政治的公平さ」を優先せざるを得ない難しい面がある。だからこそ、投票が締め切られ、選挙の大勢が判明するまでの開票速報の時間は、厳格な「政治的公平さ」から離れ、新たな挑戦ができる貴重な場だと思う。
視聴者の開票速報の見方も変わりつつある。放送ではデータ放送はあるものの、視聴者がいま知りたい個別のニーズには十分に応えられない。しかし、ネットを使えば、全国各選挙区の最新の詳しい得票状況や当選当確者、さらには出口調査の結果までさまざまな情報が、いつでも知りたい時にスマホやパソコンを通じて得られる。
こうした時代の開票速報では、放送は何を伝えるべきなのか。各局が横並びで、議席予測にこだわって放送することではないと思う。ライブ感あるメリハリの効いた速報や中継を大事にしながら、各局の持ち味を生かした新たな発想で選挙や政治を正面からとらえ、多彩な報道で競い合っていくことが放送の活性化につながるのではないか。
たとえば、「公平性」が前面に出た、通りいっぺんの激戦区リポートではなく、選挙の深層を描くインサイド報道。争点の徹底検証や調査報道。選挙をめぐる徹底討論。初めて選挙権を行使した18歳をWEBでつなぎ、本音で語り合うコーナーなど......、多様なアプローチが考えられると思う。
社会生活を営んでいくためには、政治と無縁ではいられない。多彩な報道を通じて、視聴者に政治や選挙に新たな眼をむけてもらう必要があるのではないか。
かつては、テレビの討論番組が政治を動かすといわれた時代があった。いまは、SNSを中心にネット全盛の時代。真偽が入り交じった大量の情報が飛び交い、社会や世論の分断が進む。さまざまな課題解決のためには、対話と協調が求められる時代だ。こうした中で、放送が公共的なメディアとして、どう役割を果たせるのかが問われている。まずは、横並び意識を排した新たな発想で、開票速報特番は何を伝えるべきかを考えるところから始めたらどうか。