もう誰も傷つかないために 報道は自殺を防止する力をもつ

髙橋 聡美
もう誰も傷つかないために 報道は自殺を防止する力をもつ

2020年、自殺者数がリーマン・ショック後の09年以来11年ぶりに増加した。とりわけ女性と若者の増加が顕著で、前年比で女性が約15%、未成年が約20%の増加であった。未成年女性に至っては約44%の増加となり、リーマン・ショック後とは自殺の実態が明らかに異なっている。コロナ禍の感染への不安や自粛生活などにより、国民全体のストレスは高まったが、実は男性の自殺はむしろ減少している(前年比0.2%減)。女性と若者だけ自殺が増加していることは、何らかの原因があると考えられる。
 
厚生労働大臣指定法人いのち支える自殺対策推進センター(以下、自殺対策推進センター)は若者の増加の要因として「著名人の自殺及び自殺報道の影響」を挙げている。自殺報道の影響をウェルテル効果と言う。自殺が大きく報道されたり、自殺の記事が手に入りやすい地域ほど自殺率が上がる。また、その影響は若年層が受けやすく、後追い自殺やその報道に触れて自殺する「誘発自殺」を引き起こすことがエビデンスとして明らかになっている。

1986年に人気アイドルが自殺し、遺体の映像がテレビや雑誌に出されるなど過激な報道がなされた。この時、若者の自殺が前年より245人増加している。若者の自殺の急増について自殺対策推進センターの分析が正しいなら、日本は36年前にウェルテル効果をすでに経験しているにもかかわらず、その教訓を活かせなかったということになる。

必要な情報を見極めるべき

WHOは「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識」の中で、やってはならないこととして「目立つように配置しない」「過度に繰り返さない」「センセーショナルに表現しない」「自殺に用いた手段について明確に表現しない」「自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えない」などを挙げている。これらのガイドラインはあくまでも指針であり、法的拘束力はなく報道の自由が守られている。

昨今の自殺報道はかつてよりもかなり自主規制され、報道の最後には相談先が紹介されるなど、さまざまな配慮がなされている。しかし、著名人の自殺がニュース速報で流れ、繰り返し報道されたり、場所や手段を報じている現状もある。ニュース速報で流れると衝撃が大きくなり、繰り返し視聴することにより心理的侵襲は大きなものになる。さらに、手段や場所を報じると、憧れていた子たちはその人と同じ場所や方法で死にたいと思うようになる。もともと希死念慮のあった人は「この場所(方法)なら死ねる」という思考に至る。このように自殺報道は心理的ダメージを与えるだけではなく、自殺行動を助長するリスクを伴う。

国民の「知る権利」を守ることは民主主義の根幹をなすもので、報道や取材の規制を安易にするべきではない。しかし、自殺報道によって自殺が誘発されるなら、その報道は国民の命を脅かすものであり有害報道であると考えるべきであろう。また、故人や遺族の望まない報道は、プライバシーの侵害であり、親族でもない国民が自殺の詳細を知ることを正当化できるような公益はないと考える。

もちろん、自殺で亡くなった人のことを全く報じず、「なかった」かのようにすることは、自殺への偏見の助長にもつながるため、自殺を禁句にするという方向性も誤りであると私は考えている。事実を報じ、敬意をもって故人を悼む。それ以上の憶測や、他人が知る必要のない興味本位な報道は故人や遺族を傷つけるだけではなく、受け手側の心を傷つける。今一度、前述のWHOの手引きに立ち戻り、何が必要な情報なのか、公益となるのかを見極めていく必要があろう。

命を守るため普段から啓発を

自殺報道はこの数十年でかなり改善されたことは間違いなく、昭和にあった自殺報道のような過激な報道もないし、遺族への配慮もある。一方で、知りたくない、知る必要のない過剰な情報を視聴者に暴露し、最後に「心に悩みのある人は......」と相談先を免罪符のように示す風潮になっていることも事実である。その報道で傷つき、どこかに相談しなければならない心理状態に追い込まれるのは本末転倒であると言えよう。自殺は多くの人を傷つける。自殺が起きた後の対策(ポストベンション)で、私たちが大切にすべきことは、「もう誰もそれ以上、傷つかない」ことである。

WHOの手引きには報道に際してやってはいけないことだけではなく、やるべきことも記している。「どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること」「自殺についての迷信を拡散しないように啓発を行うこと」「ストレスや自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道すること」「自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は慎重を期すること」などである。
 
報道は人を傷つける危うさを持つが、そもそも人の命と生活を守る社会のセーフティネットであり、自殺が起きた時にそれを報じる以上に、普段から、ストレスの対処法や、自殺の要因となる悩みごと・生きづらさへのサポートの紹介などを積極的にすることが大切である。日本はG7の中で最も自殺死亡率の高い国である。この状況を改善するためにも、報道は必要不可欠な自殺予防ツールでもある。専門書を読まなくても講演会に足を運ばずとも、報道によりあらゆる人たちにメンタルヘルスの啓発が可能となる。さまざまな社会資源を報道することで、困りごとを抱えた時の対処法を具体的に知らせることもできる。

「コロナ禍での自殺の増加は自殺報道の影響だ」という自殺対策推進センターの分析は、ウェルテル効果を知りつつ自殺を食い止めることのできなかった者たちの言い訳である。自殺報道はより良くなっているが、まだ改善の途上にある。そして間違いなく、報道は自殺を防止するための大きな力をもつと確信する。

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