新放送人に向けて、放送界の先輩である朝日放送テレビの山本晋也社長に、ご自身の経験に基づく助言や放送界の将来像などを語っていただきました。
――小さい頃は、どのようなラジオやテレビの番組を?
1956年生まれで、子どもの頃はテレビがエンターテインメントの主役でした。私が当時よく見ていたのは『ウルトラQ』(TBS系)や『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』(日本テレビ系)、そして関西人ですので、なんといっても吉本新喜劇です。お笑いはDNAに刻み込まれていますから。そして中学の頃からはラジオも随分聴きました。ラジオの深夜放送では、朝日放送の『ヤングリクエスト』ではなく、毎日放送の『ヤングタウン』を聴いていましたね(笑)。
――就職は放送局を志望?
テレビ、ラジオで育ってきた人間でしたので、放送業界に対する憧れがありました。この業界に入って何か世の中を変えたいとか、何かをしたいという志があるわけじゃなくて、当時は、マスメディアは時代の一歩先を行くイメージもありましたからね。ちなみに、私が生まれた日の翌日、朝日放送(前身のOTV)は開局したのです。不思議な縁を感じますね。
経験から伝えたいこと
――これまではどのような業務を。
入社時には現場を希望したのですが、配属になったのは営業でした。当時はタイムセールス*¹が主流でしたが、私の担当はスポットセールス*²のデスクでした。1年だけ本社にいて2年目にすぐ東京支社へ転勤になり、そこから9年間東京生活になるのですが、これが私の人生にとっては良かった。東京は規模が違うし、スピード感が違う。そこで働くうちに、東京と大阪の違いとか、大阪の良さや課題が見えてくる。私の場合は、そうやって客観的に自分の会社を見るという経験によって視野が広がり、違う景色を見ることができるようになったのです。これは大事な視点だと思います。そういうのを多感な時期の20歳代で経験できたのが大きかった。
また、希望しなかったスポットデスクもやってみたら性に合ったというか、幸運でした。スポットの仕事というのは、1日の放送枠を売って最大の売上げを上げるためにどうやるかという仕事ですので、タイムテーブルと向き合って、同じ商品でも売る人が違ったら売上げが変わってくるというのを生身で実感でき、面白かったのです。
――現場への希望は?
なくなったわけではないですが、憧れを持って入社して、現場の先輩たちを見たら本当にすごくて、「こんな甘い気持ちで俺なんかが作れるようなもんじゃないな」と思った部分もあったのです。そんなこともあって東京へ行って仕事をしてみたら、それがすごく楽しくて、土日にも会社に行きたいくらいでした。どんな仕事でも短期間でもいいですから、没頭して休むのも忘れるくらいの経験をすると、仕事についての意識が変わると思うのです。会社にはスペシャリストもゼネラリストも必要なのですが、1回どんな小さな仕事でもいいから、プロフェッショナルのようなことを突き詰めないと絶対ゼネラリストにはなれないと思います。だから、若いうちには自分の希望ではない部署に配属されるかもしれないけれど、それが管理部門であろうが営業であろうが、そこで自分にしかできないプロフェッショナルな仕事を一生懸命やれば、必ずその経験は役に立ちます。次は制作に行こうが報道に行こうが、どこでも大丈夫です。
とはいえ、私の場合は9年の東京支社の後、希望して本社に戻してもらったら、また営業でした(笑)。あまりに同じ業務が長いと良い意味でも悪い意味でも「慣れ」が生じますので、これはいけないと異動を願い出て、編成に行きました。実は営業の頃は編成のことが大嫌いで、批判ばかりしていたのです(笑)。そこに行って、気がついたら13年間も編成にいることになりました。ここで、これまでのスポット業務の経験が役に立ちました。編成というのは、制作費をどこに投入したら費用対効果で一番いいタイムテーブルになるかを考え、売り上げにつなげていく仕事ですが、これはスポット担当のときに考えていたことと一緒なんです。だから、スポットでやっていたことが編成に行ってすごく役に立った。さっきの「その仕事を一生懸命突き詰めていれば絶対にそれが将来役に立つ」というのは、そういうことです。私の場合は、たまたまスポットと編成という仕事の関連があったけれども、そうじゃないところでも、そこに集中してやった時間があったら、どこに行ってもがんばってやれると思うのです。
編成のときには、阪神タイガースの優勝監督インタビューの最中にCMを入れてしまって大騒ぎ、なんて失敗もありましたけどね(笑)。でも、そういう生の対応も含めて放送という仕事は面白いと思います。当社は「M-1グランプリ」を放送していますが、決勝は生放送なのです。スタジオにいると、当然出演者も緊張しているわけだけれど、そういう常にピンと張り詰めたような緊張感、これから生放送が始まるというようなそんな緊張感は、自分が漫才するわけじゃないですが、何とも言えないですね。
これからの放送に必要なこと
――放送の将来像をどのように考えていますか。
若年層のテレビ離れという話がよく出ますが、テレビというデバイス(テレビ受像機)を見ている若者は確かに減っているでしょうし、家にテレビがない学生とか、1人暮らしで家にテレビを置かない人もいると思います。じゃあ、私たちが作っているテレビのコンテンツを見なくなったのかといったら、そんなことはない。テレビのコンテンツを、TVerを使って外出先でスマホで見たり、タブレットで自分の部屋で見たりしている。テレビのコンテンツがつまらないから見ないわけではない。どのデバイスで見るのかは関係なくて、そのコンテンツが面白いか面白くないか、なのです。それを何で見るかという選択肢が増えただけで、テレビの未来を悲観することは全くないんじゃないかなと思っています。
だからこそ、コンテンツが重要なんです。今までテレビやラジオという「放送」という出口しかなかったところに、配信という新しいツールが出てきた。ラジオではラジコの存在は大きいですよね。スマートフォンで聴くことができるようになった。今までラジオが高年齢層化していて、お客さんが減っていくところが、若い層が聞きたくなるコンテンツさえ作ればスマホで聞いてもらえるわけです。ラジオ受信機を買ってもらわなくてもいいわけですよね、誰もが持ち歩いているわけですから。ラジオの未来はすごく明るいと思っているんです。だからこそ、ラジオは高年齢層向けのコンテンツだけではなく、何を作るか、が大切になってきます。
先ほども言いましたが、私たちが若い頃は、テレビが時代の前を走っていたのです。でも、今はもうテレビが時代の1歩先を行っているわけではない。でも、私はそれでいいと思っているんです。今まではテレビしかなかったから、テレビが1歩、2歩前を行って、それをみんなが見て、テレビは憧れる存在だった。しかし、今は前を走るんじゃなくて、並走するべきだと思います。生活者や視聴者に寄り添う。ラジオは、特にそうです。前を走るというよりも、並走してほしい。今まではテレビが先のことをやっている、教えてあげるという感じでした。でも、これからは「生活者と寄り添う」がキーワードではないでしょうか。それを、今の視聴者やリスナーはテレビやラジオに求めているんだと思います。
日本は東日本大震災という未曽有の災害を経験しました。私は、この頃から視聴者やリスナーの放送に対する意識がだんだん変わってきたと感じていて、そこから10年ちょっと経ったわけです。異常気象や気候変動の影響は大きいし、今回コロナ禍があって、ロシアのウクライナ侵攻があって、少子化はどんどん進み格差社会が広がり、年金も不安になる。こうなってくると、人々が求めるのは安定や安心ですよね。そうしたときに放送ができることは、人々に寄り添って、同じ目線で何かを伝えること。それによって生活者が幸せになるようなことを考えて、コンテンツを作ること。それはネットには難しいと思うのです。ネットは即時性とか便利なことがあるかもしれないけど、フェイクニュースもあるし、信頼度はやはりテレビ、ラジオ、新聞です。ネットと張り合う必要はない。ネットにはネットの、放送には放送の役割がある。まず自分たち放送の役割をきっちり理解して、何をすべきなのかということを分からないといけない。ローカル局は今後、収入面など大変ではあるが、生きる道というのは必ずある。ローカルにしかないものを自分たちで見つけて、それが人々の心に響くかどうかということさえ押さえていれば、出口はむしろ広がったわけだから、希望があると思っています。
放送に携わる心構え
――新放送人の皆さんに向けて。
新人の皆さんにお伝えしたいのは、テレビ、ラジオというメディアが、どれほど影響力があるか、それをまず自覚してほしいということです。影響力があるからこそ、作ったものが人を喜ばせたり、感動させたりできるのです。その影響力の裏返しに、何か間違えたことをすると、人を傷つけたりすることがある。放送というものを仕事としてやる限りは、その自覚を持ってもらいたいですね。
当たり前ですが、就職はゴールではなく、スタートです。私もいっぱい失敗しましたけど、失敗しないと、チャレンジしないと何も生まれてこないのです。失敗したくないから何もしないというのは、一番駄目なことです。常に「世の中にないものを作り出したい」という気持ちを持って取り組んでほしい。それと、何事もまず、自分で行動して確認してもらいたい。ネットでどこのラーメン屋がうまいと書いてあっても、実際に行って、味や店の雰囲気を体感して、自分の価値観で判断する。これはとても大事で、好奇心を持つということでもありますね。これはぜひ、実践してもらいたい。
放送局のコンテンツとは、番組だけではありません。イベントもあれば技術もあるし、サービスもあるし、人材もコンテンツなのです。番組だけをコンテンツと思わないでほしい。そのためには、番組を制作する部署だけでなく、経理や総務、人事などの管理部門も、全てはコンテンツのために仕事をしてほしいと思っています。新放送人の皆さんのご活躍をお祈りしています。
(3月9日、民放連にて/取材・構成=「民放online」編集長・古賀靖典)
*¹ タイムセールス=番組提供スポンサーを対象とする営業。タイムスポンサーは原則として番組内で提供社名が表示され、番組放送枠内で自社のCM(タイムCM)が放送される。基本的なセールス単位は60秒または30秒。
*² スポットセールス=番組と番組の間のステーションブレーク(SB)と称する部分には、前後の番組の提供スポンサーとの調整や番組内容に関わりなくCM(スポットCM)を放送することができる。この利点を活かして、SBの部分にCM枠(15秒単位)を自由に組み合わせてセールスを行うこと。
(参考:民放連営業委員会作成『テレビ営業の基礎知識』)