"人権先進局"になるために~TBSグループの取り組み【シリーズ「人権」⑫】

井上 波
"人権先進局"になるために~TBSグループの取り組み【シリーズ「人権」⑫】

民放onlineはあらためて「人権」を考えるシリーズを展開中です。憲法学、差別表現、ビジネス上の課題、ハラスメントの訴えがあったときの企業としての対応、などを取り上げてきました。12回目は、TBSホールディングス執行役員の井上波さんに、TBSグループで実施した人権デュー・ディリジェンスなどを説明いただくととともに、社内の人権意識を高めるための取り組み「人権WEEK」を紹介いただきました。(編集広報部)


2024年1月~3月にTBS系で放送されたドラマ『不適切にもほどがある!』は、絵に描いたような"昭和のオヤジ"である主人公が、現代にタイムスリップする物語。劇中に登場する1986年の深夜番組では、ビキニを着た女性たちが踊り、MCは現代なら確実にアウトなセクハラ発言を連発する。一方、現代の情報番組のシーンでは、「髪切ったね」も「(バレンタインの)チョコを渡す相手はいるの?」もNG。OA中もずっとSNSを気にしていているプロデューサーは、MCに対して「面白くなくてもいいですから、とにかくクリーンに」と指示し、「炎上する前に謝罪して!」と繰り返す。

コンプライアンスでがんじがらめになった現代のテレビを強烈に皮肉った内容だが、決して「昔が良かった」と言っているわけではない。コンプライアンスって何なんだろう?とあらためて考えさせられるドラマだった。

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<現在のコンプライアンスのあり方を考えさせる作品も生まれた>

"人権デュー・ディリジェンス"で現実を直視

TBSグループでは2020年の秋から全社的なSDGsキャンペーン「地球を笑顔にするWEEK」を実施し、さまざまな社会課題の解決を訴えてきた。「視聴者の皆さまに行動を呼びかけるからには、自分たちの足元もしっかりと固めなくては」という考えのもと、2021年ごろから"ESG経営"を意識し始め、まずその基盤となるさまざまな方針やガイドラインの策定・見直しに着手した。その一環として2023年3月に策定したのが、事業活動における人権尊重と、そのための環境整備を目的とした「TBSグループ人権方針」「TBSグループサステナブル調達ガイドライン」だった。

その後、旧ジャニーズ事務所の性加害問題が明らかになったことをきっかけに、メディアの人権に対する姿勢に厳しい目が向けられることになる。報道機関として何よりも重要な"信頼"を揺るがす事態に、いち早く対応する必要があった。"人権"という視点で自分たちに何が足りないのか、何を是正すべきなのかを把握すること......それはいままで自分たちが後回しにしてきた、あるいは見て見ぬふりをしてきた現実と向き合う作業でもあった。

2023年11月にサステナビリティ委員会の下に「人権小委員会」を設置。TBSテレビのコンテンツ制作に関わる部門やグループ基幹各社から委員が参加し、初めてとなる「人権デュー・ディリジェンス(人権DD)」に着手した。

人権問題に詳しい外部の法律事務所の助言を受けながら、まずは各部門のリスクの洗い出しから始め、初回は一番リスクが現実化しやすいコンテンツ制作現場を対象とすることを決めた。そして24年4月、取引の多い制作会社や芸能事務所を中心としたおよそ150社を対象に、TBS側から人権侵害を受けるリスクや、逆に自分たちが侵してしまうリスクなどを問う「人権DDアンケート」を実施した。

業界ではほぼ初めての試みだけに、アンケートを送付した会社の一部には戸惑いの声もあり、私たちは当初、回答率が6割程度なら御の字だと思っていた。ところが、ふたを開けてみると、予想を大きく超える9割近くとなり、人権問題に対する危機感の高さを感じさせた。

アンケート結果をもとに、「長時間労働」「ハラスメント」「働く人に正当な報酬が支払われない」など6つの代表的なリスクがコンテンツ制作のどの段階で起きやすいかを可視化した「人権リスクマップ」を作成・公表した。

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<コンテンツ制作過程の人権リスクを可視化>

「誰ひとり取り残さない」人権環境を目指して

人権DDの実施で、コンテンツ制作現場に人権侵害のリスクが存在することがあらためて確認された。では、どうしたらリスクが現実化することを防げるのか? それは放送局だけで実現できるものではなく、コンテンツ制作パートナーの協力が不可欠だ。

私たちは「TBSグループ コンテンツ制作における人権尊重のための指針」を新たに策定し、今後取引先と共有することにした。どこにリスクが潜むかを可視化したうえで、現実化を防ぐための努力をしていくことを確認する内容になっている。

また、「TBSホットライン」等、既に存在していたハラスメント通報窓口に加えて、新たな外部救済窓口として「一般社団法人ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)」に入会した。

2025年6月にはアンケートに答えていただいたコンテンツ制作各社を対象に「人権DD報告会」をオンラインで実施し、人権リスクや課題について共有し議論するエンゲージメントを行った。参加者からは「局と制作会社の間で共通の認識、情報の共有、諸問題の改善に双方で取り組む姿勢が重要だとあらためて感じた」「このような報告会を定期的に行っていただくことが業界の透明性向上にも直結すると感じる」などといった感想が寄せられた。

制作会社、協力会社、派遣スタッフ、フリーランスのスタッフ、芸能事務所、出演者......コンテンツ制作に関わるすべての人が安全・安心に働ける環境を作っていくことは放送局の責務だ。課題は多いが、一歩一歩改善していければと考えている。

社内の意識向上につながった"人権WEEK"

人権小委員会ではさまざまな人権課題について、社員やスタッフの意識を高めることを目的として、2024年から「TBSグループ人権WEEK」を開催している。2025年2月に行われた第2回は、「メディアができること、わたしたちができること」をテーマに、「LGBTQ」「障がい者」「SNSと人権侵害」「マイクロアグレッション(気づかないうちに相手を傷つけてしまうこと)」など4日間で6つの講座を実施し、延べ1,000人を超える社員・スタッフとJNN各局の関係者が受講した。

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<社員やスタッフの意識を高める「TBSグループ人権WEEK」>

「オカマってなぜNG?今さら聞けない"LGBT"のこと」と題した講座には、多様性をテーマにしたキャンペーン「カラフルDAYS」を実施するなど先進的に取り組んでいる日本テレビ放送網(日テレ)から白川大介さんを講師として招いた。ゲイであることをカミングアウトしている白川さんは、多様性やジェンダー、LGBTQなどに関する報道・番組制作に当事者として携わりながら、社内横断の自主的組織「ジェンダーチーム」に立ち上げメンバーとして参加。同性パートナーシップ制度の導入を訴えて民放で初めて実現させるなど、さまざまなアクションを通して日テレのLGBTQ施策を牽引している。

講座では「好きな異性のタイプは?」など、私たちが日頃何の疑問もなく使っている表現についても取り上げられ、白川さんからは「基本的には異性愛者であることを前提にしているので、人権的にはそろそろ変えていくべきフェーズじゃないか」という問題提起があった。この講座をきっかけに、TBSグループ内でも多様性について関心を持つ社員が参加する「ボーダレス・ラボ」というグループができて、活動を開始している。

無自覚に相手を傷つける「マイクロアグレッション」をテーマにした講座では、TBSテレビの番組審議会委員でもある東京大学の田中東子教授が、

*学内の会議で女性が連続して発言し会話が一通り盛り上がった後で、ある男性出席者に「世間話はここら辺で切り上げて」と言われた
*外国にルーツがあるように見える人に対して「日本語が上手ですね」と言ってしまう

といった具体例を挙げながら、「無自覚に、あるいは偏見などによって生まれる不用意な言動が、人を傷つけ、場合によってはハラスメントにつながってしまうこともある」と述べ、日常だけでなく、コンテンツを制作する上でも注意する必要があると訴えた。

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<日本テレビ放送網の白川大介さん㊧を招いた講座>

「スマホの先にも人がいる~SNS時代にメディアはどう向き合うか」と題した講座では、「池袋暴走事故」を6年間にわたって取材してきた記者が登壇。遺族側・加害者側、双方に対してネット上などで激しい誹謗中傷があり、「多くの場合そのきっかけはメディア報道だった」と、取材し報道する上での葛藤を打ち明けた。「傷つけるのもメディア、癒すのもメディア。誹謗中傷があっても、真実を残すのがジャーナリズムの仕事。自己批判も含めて、私は報道を続けていく」という記者の言葉に、参加者からは「深く考えさせられた」という感想が寄せられた。

視聴者から信頼される放送局であるためには、社員・スタッフの人権に関する知識と意識を高めていかなくてはならない。そのためにも、こうした講座や研修を今後も積極的に行っていきたいと考えている。

ドラマ『不適切にもほどがある!』では、「何がセクハラにあたるのか?」という問いに対し、主人公が「みんな自分の娘だと思えばいい。娘に言わないことは言わない、娘にしないことはしない」と語るシーンがあった。パワハラも同じで、自分がされて嫌なことをしなければいいのだ。番組作りにおいても、取材対象者や視聴者の立場に立って考える、リスペクトを持って相手と接する、そういう当たり前のことから意識改革を始めることが求められているのではないか。

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