TSKさんいん中央テレビ 県域越え、次のビジネスを創る~中国市場への挑戦〜

土江 基行
TSKさんいん中央テレビ 県域越え、次のビジネスを創る~中国市場への挑戦〜

「県域を越え、放送局が生き抜く活路を見出したい」
TSKさんいん中央テレビの2022年は、社長・田部長右衛門のそんな言葉で始まりました。今年1月、TSKはANAホールディングスが出資するACD社と資本・業務提携を発表。ACD社は「商売に国境をなくす」を企業コンセプトに、日本から中国に進出する企業や地方自治体などのサポートをしています。

ACD社の事業は大きく分けて3つ。グレートファイアウォールという厳しいインターネット検閲システムの壁に囲まれた中国に向け、①中国国内で容易に閲覧できるEC(電子商取引)サイトや情報発信ページをオンライン上に構築、②日本の商品を越境ECで販売 、③動画やライブコンテンツで日本の情報を発信、という3つの柱です。いわゆる越境ECである①と②は、ANAグループの物流インフラや輸出におけるノウハウが活かされ、多くのクライアントの信頼を集めるシステムができあがっています。一方で、課題となっていたのが③の「コンテンツ制作」でした。

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<資本・業務提携に関する発表会(22年1月)>

20年夏の経済産業省の発表では、19年の中国でのEC市場規模(BtoC)は200兆円を超え、2位のアメリカに3倍以上の差をつけて世界最大となっています。その急成長を支えているのが「ライブコマース」。25年にはその流通額が100兆円を超えるという試算もあります。オンライン広告の市場規模も、19年時点で、すでに日本の5倍以上で、今年にその規模は20兆円を超える見通しです。中国でのECビジネスを進めるうえで、良質な動画コンテンツの制作が欠かせなくなっています。こうした中、TSKが放送局として培ってきたコンテンツ制作のノウハウを、地上波の"県域"を越えて世界最大の市場に出していくことが資本提携の最大の狙いです。

「見づらい」が支持される!?

こうして始まった中国へのコンテンツ配信。東京・青山一丁目駅近くにオフィスを構えたACD社に現在TSKから7人が出向しています。内2人は中国人スタッフで、今回新しく採用しました。コンテンツ制作部門は日本人スタッフ3人に加え、中国人スタッフ6人で運営しています。

現在、最も注力しているのが「WeChat」と呼ばれるアプリで見ることができる動画の配信です。WeChatは日本でいう「LINE」と類似したSNSで、約13億人が登録しており、検索や動画閲覧のプラットフォームとしても使われています。ユーザーの多くが口座情報をひもづけていて、情報収集から、エンタメ、買い物まで中国の人の生活に欠かせないアプリです。そのWeChat上に「青山246放送部」というチャンネルを立ち上げ、4時間程度のライブ配信を週5日行っています。内容は、日本の伝統文化から、ファッション、食のトレンドまで幅広く、ライバー(リポーター)の2人と日中混成スタッフが全国を飛び回り、日本のいまを中国に向けて発信しています。

視聴者は「日本を知りたい」、「日本に行ってみたい」という"日本好き"が多く、視聴者とコミュニケーションをとりながら、日本を擬似体験してもらえる番組づくりを進めています。7月に「日本のまつり」を5回配信した際には、トータル視聴数が360万PVに上り、1日の視聴数でも日本発の配信では歴代トップクラスとなる154万PVを記録しました。また、ライブコマースに特化したチャンネルの育成も進めていて、毎週木曜日にはスタジオから「天猫(中国最大規模のECモール)」で商品を販売する番組も生配信しています。

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<「青山246放送部」ライブ配信の様子>

コンテンツ制作については少しずつ結果が出てきていますが、従来の地上波番組の制作では考えることのなかった価値観や判断基準が求められています。中国においてテレビよりSNSが大きな影響力を持っている背景には、中国政府が持つ情報管理への独自の考え方があると思っています。中国で暮らす人は、組織ではなく「個人が利益を目的とせず発信している情報」にこそ"リアル"を感じ、"信頼"を置きます。言い換えると、大切なことは"素人感"であり、極端に言えば「見づらい映像」「聞きづらい音」の方がむしろ信頼を集めるのです。

「見やすい・聞きやすい・分かりやすい」を重視する地上波番組とは真逆で、当初は違和感ばかりでしたが、視聴者の反応を見ていると、私たちが考える「良質でレベルの高いコンテンツ」と「中国で支持されるコンテンツ」はイコールではないと実感します。中国向けのコンテンツづくりは、私たちが「できること」の中から、何を「あえてやらないか」、それを戦略的に引き算する作業でもあります。

リスクの先にチャンスを見出す

中国向けのビジネスを考えるうえで避けては通れないことの一つに、いわゆる「チャイナリスク」があります。日本の企業や自治体が中国進出を考えるうえで最大の障壁となっているのではないでしょうか。コンテンツを作るうえで、日中関係や歴史はもちろん、中米、中台情勢などを常に意識する必要がありますし、制作のガイドラインとなる中国政府の考えを把握する難しさもあります。

一方で、プラットフォームを運営する中国の大手IT企業などは、日本をはじめ海外への進出を視野に入れていて、世界に通用するコンテンツを求めているのも事実です。私たちは、日本の放送局スタンダードの番組制作ができる集団であることをアピールしながら、関係者等と丁寧に関係構築を進めています。

また、日本のクライアントにとっても、私たちと日本国内の契約で完結できることは安心材料であり、「諦めていた」という企業から問い合わせを頂いています。「リスクを吸収できる」ノウハウをつくり、「リスクの先にチャンスを見出す」ことが私たちのビジネスの最大の付加価値になっていくと考えています。

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<青山スタジオからのライブコマース>

地方から日本全国というフィールドをさらに飛び越えて中国に発信する。ローカル局の県域を越えた取り組みの狙いのひとつは、もちろん放送外収入の確保です。広告収入だけに依存しない企業づくりを目指すうえで、商圏、事業規模ともに、地方局の従来のフレームを大きく越えていくようなビジョンを描いています。その中で、世界最大の中国EC市場はとても魅力的で、自然とメインターゲットとなっていきました。また、テレビでいう「視聴者」=「ターゲット」が世界中にいるのであれば、私たちが取り上げるべきリソースも県域に縛られる必要がなくなっています。

一方で、企業としての根っこは地域にあると考えています。TSKの経営理念「人・地・想」。"地"はもちろん、地域の"地"です。「放送エリアである島根・鳥取を敬い、想い、地域の為に全力で汗をかく」は経営の3本柱のひとつです。地方には、これまでに培われてきた文化や歴史、環境など、「日本の財産」がまだまだ眠っています。これらを大きな市場と結びつけていくことで、地方に大きなビジネスチャンスを作っていきたいと考えています。実際に、地方の工芸品や酒など、日本国内でも知られていない産品が中国で人気を集めている様子を目の当たりにすると、ビジネスの可能性を感じるとともに、海外の消費者の琴線に触れるような発信がいかに大切かを痛感します。その発信こそがテレビ局の得意とする分野でもあり、私たちに勝機があるビジネスだと考えています。

「少子高齢化」「都市部への一極集中」など、地方をめぐってはネガティブな表現が使われがちですが、越境ビジネスの現場では地方の可能性を日々感じています。地方の強みを具現化して表に出す。そうやって地域の未来を創る一助を担うことが地方局の使命でもあり、生き残る道でもあると考えています。

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