民放のオリピックデジタル配信サービスは、2008年に誕生した「gorin.jp」を旗艦サービスとして、ユーザーのみなさまにオリンピックの隅々まで楽しんでもらうべくサービスを展開。2018年の平昌大会で初めて民放公式テレビ配信サービス「TVer」でもオリンピックコンテンツを一部掲載するようになった。以降、東京大会・北京大会を経て徐々にTVerでのコンテンツ量や情報量を増やし、今回のパリ大会ではgorin.jpを閉鎖。オリンピックの配信はTVerに集約することになった。より広く、わかりやすい場で、ユーザーに多くのオリンピックコンテンツを楽しんでもらうためだ。
パリ大会は、海外開催大会史上最多のメダル獲得に代表されるように、日本選手団の大活躍があり、TVerでのオリンピック展開も大成功を収めることができた。ユーザー数も、配信コンテンツの再生数も目標を大幅に超えた。3週間弱の大会で、総再生数は1億1,000万回。微力ながらも、多くの方々にオリンピックの魅力をお届けする一助になれたことをうれしく思っている。個人的には、女子サーブル団体・江村美咲選手や、レスリングフリースタイル女子50キロ級・須崎優衣選手らの敗戦から立ち直って勝ち取った銅メダルの美しさが印象に残った。
どのようなコンテンツを、どのようなサービスに乗せるのか議論を始めたのは2022年秋で、実際に具体的なデザインに着手したのは2023年の夏から。そこからインフラ、アプリ、ウェブ、配信設計、セキュリティ――など、開発に関わった人数は50人を超えた。大会中の運用は、ライブ配信のオペレーション、ハイライト動画の制作、動画の入稿やコンテンツ配置などの運用、SNS投稿――など、常時20~30人程度が稼働した。
パリ大会のサービス設計を考えたときに、最も悩ましかったことは時差の問題だ。過去3大会はアジアで開催されたため、時差がある大会は2016年のリオ大会以来となる。この8年間でライブ配信は一層身近なものになり、SNSの動画切り抜きで最新情報に触れ、それをもって完結する体験も当たり前になるなど、ユーザーの志向や生活習慣も変わった。リオ大会で実施したライブ配信とパリ大会とでは、システムもユーザーの視聴態度も異なり、リオ大会の実績で効果は予測できない。メインイベントたるメダルセッションが深夜に及ぶ大会において、ユーザーがどのようにライブ配信を利用するかが未知数だった。
地上波で放送される注目競技は、テレビで視聴し、ライブ配信のニーズは地上波での放送がないものに集まると考えた。例えば、海外のトッププレーヤーのファンが日本にも多くいて、かつオリンピックにそのスーパースターたちが集まるバスケットボールやテニスのような競技だ。東京大会では、自転車のロードレースが非常に多く視聴された実績もあった。こうした、さまざまな競技のそれぞれのファンに楽しんでもらえる工夫が必要だった。
<自転車競技ロードレースの画面キャプチャ>
今回、ライブコンテンツを探す機能としても「今配信しているもの」がわかりやすい画面、競技別で探せる画面、日別で探せる画面などを用意した。こうした見せ方が、100点満点の出来だったとは思わないが、一定の貢献はできたと思う。放送されない競技のライブコンテンツの積み重ねで、今大会ではライブ・ハイライト合わせて前述のとおり1億回を超える再生数を記録することができた。母国開催で大いに注目された東京大会をはるかに超える数字だった。また、今大会最も視聴されたライブ配信のランキングで、午前4時に始まるイベントであるにもかかわらずバスケットボール男子決勝(アメリカvsフランス)は全体の5位にランクインした。
一方で誤算もあった。時差がある大会では「寝ている間に起きたこと」が存在する。朝起きて、日本人のメダル獲得や、センセーショナルな世界記録の情報を知る方々も多いだろう。そうした方々には、TVerでハイライト動画を楽しんでもらいたいと考えていた。それらは一定のニーズがあったが、「ダイジェストではなくフルマッチを見たい」という声が予想以上に多かった。過去の大会で、フルマッチのVODを掲載していたことはあったが、それほど視聴されず、ニーズがないものだと思っていた。だが、それはリアルタイムで大会を体験できるからこそのニーズだったのだ。コアな競技ファンに楽しんでもらいたいという検討をしながら、時差がある大会でのフルマッチについてもう少し想定をするべきだった。フルマッチをアーカイブする機能として、ライブ配信したコンテンツをライブ終了後もDVR(=Degital Video Recorder、追っかけ再生と同義)で再生できる機能はあったが、技術・運用上の制約でごく一部のコンテンツしかアーカイブできず、期待に応えられなかったことは大きな反省点だ。
次回の夏季大会は2028年にロサンゼルスで行われる。パリ大会では深夜未明に行われたメインイベントが、ロスでは昼前に行われることになる。通勤中のライブ配信や、昼休みのハイライト動画の需要は一層増えるだろう。野球とソフトボールが競技に復帰することもあり、今大会以上の注目が期待できる。それに十分耐えうる、ユーザーのニーズを的確に捉えたサービスを今後も展開していきたい。